タタール、ロシア、イスラーム、そして日本

1.タタール、ロシア、イスラーム
 司馬遼太郎さん(1923年‐1996年)と井筒俊彦先生(1914年-1993年)の対談を読んでいたら、井筒先生が大学の助手をしているときに、最近クリミヤのニュースに出てくるタタール人から、アラビヤ語とイスラム教を習ったという話が出ていた。帝政ロシアが倒れた後、日本に逃れてきた白系ロシア人はほとんど、このタタールの人々だった。
 チンギス・ハーン帝国からわかれたきキプチャク・ハーン国のグループがボルガの中流で遊牧をしていて、16世紀後半にロシアのイワン雷帝に植民地化されたが、ロシア帝国末期にはボルシェビキを嫌い日本に来た人たちだという。混血はしているもののトルコ語方言を話すアジア系で、ロシア語も上手かったという。井筒先生の最初のアラビア語の先生はトルコを中心に往年のイスラム帝国を再建しようとしていたパン・イスラミズム運動の領袖だったという。井筒先生は、アラビア人よりもアラビア語ができるトルコ人から古典アラビアを習ったのだった。
 2人目の先生は、世界周遊に来たイスラーム世界で有名なムーサー先生からアラビア語学、アラビア文法学を習ったという。そしてある時「何かを勉強したいのなら、その学問の基礎テキストを全部頭に入れて、そのうえで自分の意見を縦横無尽に働かせるようでないと学者じゃない」と教えられたという。事実、彼は、コーランマホメット言行録、神学、哲学、法学、詩学、韻律学、文法学はもちろん、ほとんどのテキストは全部頭に暗記していて、600ページくらいのアラビア語の本を1週間で暗記してしまっていたという。イスラームの学者は、古来そうしていたという。
 大川周明(1886年-1957年)は「これからの日本はイスラームをやらなければ話にならない。」というのが持論だったという。オランダの「イスラミカ」と「アラビカ」という、イスラームの研究文献とアラビア語の基本テキストの全てを東亜経済調査局の図書室に集めて、語学の天才、井筒先生に読ませて、整理しカタログをつくらせていたという。
 1928年(昭和13年)5月に代々木上原の東京モスクができた理由は、関岡英之さんの「帝国陸軍 見果てぬ防共回廊」(祥伝社)を読めば事情が分かるはずというところで、自分の勉強は止まっている。満州、モンゴル、ウィグルの独立運動を支援して「防共回廊」をつくるという世界戦略だったという。その「イスラームを制する者は中国、ソ連を制する」という考え方は今でも国際関係論としては一面の事実かもしれない。いち早くアフガンの地政学的重要性を指摘していたのは大川周明だった。
 井筒先生は、「ギリシア以東」のギリシア、中近東、インド、中国、日本の哲学全般を見渡す哲学を作りたいと考えられていたようだ。空海真言密教プラトンイデア哲学などによって解明される部分があり、イランのイスラームシーア派ゾロアスター教の影響を受けているという。
 草柳大蔵さんの「満鉄調査部」(朝日新聞)に出ていたことを少しまとめておく。
 戦前、満鉄は大連本社に調査部を置く一方、東京本社に東亜経済調査局を1908年(明治41年)9月に置いていた。東亜経済調査局を東京に置いたのは、「資料蒐集(収集)、人材網羅、社会貢献」のためだという。大川周明は1919年(大正8年)に東亜経済調査局に入社した。入社前は、インド哲学に没頭し、英国のインド植民地支配の内容に義憤を感じ東印度会社を調査していたという。1925年に特許植民会社制度研究で博士号をとった。
 またロシア調査の拠点は満鉄のハルピン事務所だった。満鉄のロシア調査は精密そのものだったという。シベリアの森林資源ならば、森林の位置、気の種類、成長速度、伐採方法、搬出ルート、そこに生息する動物の種類と行動まで調べられていたという。文献でも「労農露国研究叢書」全6巻を昭和元年に「労農露国調査資料」全36巻を昭和2年に、「ロシア経済叢書」全91巻を昭和8年に、更に不定期で「露文翻訳調査資料」が、ロシア語の原典から翻訳、作成、刊行されている。定期刊行物として「ハルピン事務所調査時報」が大正15年末まで出ていた。これは今でも貴重な資料とされているらしい。
2.そして日本
 ロシアは、クリミヤの住民投票の結果を受けて、クリミヤをロシアに編入した。同時にその他のウクライナ編入しないことを明らかにした。欧米は一様に制裁を強化したというが、振り上げたコブシをどう下すのかに困っているようだ。
 アジアに飛び火する可能性も否定出来ないのに、国連憲章の中核となっている集団的自衛権の行使の是非について与党の自民党が神学論争をしている。それよりは領域警備法の成立を優先させて、南西諸島の飛行場の防衛と迎撃ミサイルの準備を始めるべきだろう。米国が弾丸を2発持っていたとしても、その1発を尖閣諸島のために発射することはないと割り切って軍備の拡張と兵員の増強の準備した方が良い。中国に力による現状変更が可能だと誤解させてはいけないからだ。
 同時にロシアをこれ以上孤立させてはいけない。官房長官は「G7のなかの一つとして足並みをそろえしっかり対応する。同時に、日ロ投資フォーラムは、民間主体の会合であり、経済や文化交流は妨げるべきでない」と語ったという。