シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル構想案の再浮上

 安倍・プーチン会談の目玉として、日ロ協力で、シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル案が浮上しているという。喜ばしいことだ。かねて日ロ関係の新展開と日本の経済政策として、「宗谷トンネル」を検討すべきと考えてきた。長文だが、2014年2月のブログから関連部分に小見出しを付け直して再掲したい。

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1.シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル構想
 答えはプーチン大統領の過去の発言の中にあった。かつて日本と韓国を地下トンネルで結ぶ計画があることを紹介した際に「ロシアと日本を結ぶ鉄道トンネルを作る方が両国にプラスになる」とプーチン大統領が言ったという。
 宗谷岬とサハリンの最南端の岬の間の宗谷海峡の距離は43km、最深部の水深は70mである。サハリンと大陸との間の間宮海峡は距離は7.3km、最浅部は8mと冬の間は凍結して徒歩で横断することも可能だという。そこにトンネルや橋が建設され鉄道が整備されると、バイカル・アムール鉄道、シベリア鉄道を通じて日本はユーラシア大陸と一体になり、将来的には、東京発・モスクワ経由・ロンドン行の列車が走る状況がくれば、全く新しい日本とロシアの関係が生まれる。そのためにも平和条約を並行して交渉する必要があるというのが自分の考えだ。日韓トンネルの場合、九州と対馬の距離は132km、対馬と韓国は距離50km、最深部の水深は220mであり、物理的条件だけ考えてもその建設は難しい。
 ロシアの大都市はシベリア鉄道沿線にある。もし北海道とサハリンがシベリア鉄道がつながれば両国の国民の交流は日常的なものになりお互いに今まで以上に無関心ではいられない。さらに日本にとっては、ロシアの極東管区・シベリア管区の資源開発が身近なものとなる。モンゴル、カザフスタンといった中央アジアの国々、コーカサス諸国を経由してトルコやサウジアラビアといった中東の国々、ウクライナベラルーシを経由してヨーロッパ諸国と地続きになる。
2.宗谷トンネルのイメージ
 宗谷トンネルのプロジェクトのイメージはどのようなものになるのだろうか。最も参考になるのは、やはり英仏海峡トンネルではないだろうか。イギリスのフォークストン とフランスのカレーを結ぶトンネルの運営はユーロトンネル社が行っている。トンネル内を通過する列車は、ユーロスター、車運搬用シャトル列車と貨物列車である。海底中心部分で交差する直径7.6メートルのレールトンネル2本と、その真中にある4.8メートルのサービストンネルの3本のトンネルからなる。3本のトンネルをつなぐ連絡通路が各所に設けられる。2本のレールトンネルにはさらに列車の風圧を逃がすためのダクトが複数設けられている。トンネルを通過する列車を運行する会社は、ユーロトンネル社に対して線路使用料を支払う。線路使用料の額は、2008年以降は貨物列車1本あたりの平均で3,000ポンドまたは4,500ユーロだという。トンネルに着工してから4.5年で貫通。鉄道開業は更にそれから4年程かかり、建設費用は1.8兆円だった。おおむね20年前なので今ならば倍の3.6兆円だろうか。トンネルの距離が1割増しなので4兆円、間宮海峡の橋や周辺整備まで含めると5兆円のプロジェクトとなるとおいても良いかもしれない。  
 青函トンネル   全長 53.85    海底部長 23.3km 水深140m、海底からの深さ 100m
 英仏海峡トンネル 全長 50.5km    海底部長 37.9km  水深 60m 海底からの深さ 40m
 宗谷トンネル   全長 55km前後か  海底部長 43km   水深 70m 海底からの深さ N.A(地質次第)
 もちろん詳細は専門家が調査検討しなければわからない。地質によっては少し長めのルートなる場合もあるだろう。
3.シベリヤ鉄道延伸と太平洋の架け橋
 宗谷トンネルができれば、それを通してシベリア鉄道旭川、さらには苫小牧まで延伸するというのはどうだろうか。ロシアの規格に合わせて1520mmのレイルゲージの鉄道を引くのである。そしてそこで日本の規格の鉄道に載せ替えたり、船に載せ替えるのはどうだろう。日本では鉄道のレイルゲージが狭いために普及しなかった、トラクターから切り離したトレーラーを列車にそのまま積載するピギーバック輸送も、再び始まるだろう。韓国の釜山やウラジオストクを経由しないで荷物、コンテナ、台車をハンドリングし、更にロシアと共同で通関業務を行えば時間は短縮する。
 例えば、現在、極東からモスクワまで、スエズ運河を使って船を使い、ヨーロッパの主要港で積み替えると40日ほどかかるという。しかしシベリア・ランド・ブリッジ、今の言葉でいえばTSR(トランス・シベリア鉄道)ならば、ウラジオストクの港までの海路と通関で14日で、専用のブロックトレインで10−11日で計24-25日ほどだという。これを大幅に短縮できるのではないだろうか。
 また貨物の西行と東行のバランスを改善して、日本向けのロシア、ヨーロッパ、更には中央アジアの荷物をこれで運べば、コンテナを「空」で東行させる比率が低減できる。人口50万人弱のサハリンだけで考えると間宮海峡に架橋することすら経済的ではないという。大統領も含めて宗谷トンネルについてのロシア側の期待は大きいようだ。
 その上で決断してから8‐10年かかるトンネルの掘削に合わせて、シベリヤ鉄道の高速化と運賃引き下げを図るための新たな鉄道システムを両国の技術者で検討したらどうであろうか。高速化による時間短縮と低価格化は広大なロシアの経済を一体化する。速度の異なる列車が同じ線路上にあると、当前のことだが、その運用は難しくなる。新幹線やリニアの技術を踏まえてロシアの交通と物流を一新することが経済の活性化に資すると思えてならない。極東とモスクワの間の1万kmに10日かかるとすると時速40-50km、時速200kmならば2-3日である。また時速500kmのリニアモターカーは、日本よりも、国土が広大な米国やロシアにこそ、ふさわしい技術だと思えてならない。ボストンとニューヨークの間をリニアで結ぶ検討と同様に、モスクワとサンクトペテルブルグ間の検討があっても良いのではないだろうか。
 そうした技術と事業の上にベーリング海峡トンネルができれば、それが、ロシアと米国、カナダの文字通りの太平洋の懸け橋となる可能性がうまれてくるのではないだろうか。
4.日本の新たな地平 第四の矢
 宗谷トンネルがつくられ、間宮海峡に架橋されると、日本は、ロシアの極東、シベリアとつながり、ユーラシア大陸の国家の一つとなる。そうすると日本人の意識が変わるというのが、経済的な利益以上に大きい。イルクーツク周辺のモンゴルやブリヤートの人々と会えば、お互いの風貌が似ているので、驚く人々も多いだろう。シベリア鉄道が高速化されれば、鉄道沿線で、ロシアの人々だけでなく、モンゴルや、中央アジア、中東、ヨーロッパの人とも、もっと交流が盛んになるだろう。ちょっと敷居の高かったロシアの街が身近になり、人が集まる。その土地の風物・情報がわかれば、新たな産業機会を見つけ、ロシア語を学び、ロシアの法律を学ぶ、ロシアの人々とともに働く人も増えるだろう。
 ロシアの極東の経済市場は小さく、労働力も不足していた。物流の大動脈が整備されれば、季節の限られた北極海航路の整備開発よりも効果が大きいのではないだろうか。おそらく当初は、石油・ガス、石炭、海産物、金、ダイヤモンドに加えて、ウドカン銅山などの資源開発が進むのだろう。発電能力やインフラが整備されてくれば、精錬などの事業も立ち上がってくるだろう。
 世界は穏やかに見えてやや波乱含みな様相を呈している。シェール・ガスやシェール・オイルの生産が急増し、EU諸国はロシア・ガスの値下げを迫り、中国もロシアの石油を買いたたいている。天然ガスについては中国の新疆での生産が増大し、中央アジアからの輸入も大幅に増えている。ロシアは原油天然ガスの生産量で世界1位・2位を争う資源大国であり、国家歳入の50%を原油天然ガスに依存しており、また輸出比率では原油天然ガスが70%を占めている。原油価格や天然ガス価格が下落すれば、ロシアが苦境にたつだろう。しかし同時にロシアは教育水準が高い科学技術の国であり、難しい問題ほど解決するのが得意だと言われている。日本の技術や資本と組み合わせれば、新たな技術革新と産業を生み出せるかもしれない。
 シュンペーターは技術革新には5つの種類があるという。①新しい財貨の生産 ②新しい生産方法の導入 ③新しい販売先の開拓 ④新しい仕入先の獲得 ⑤新しい組織の実現
 宗谷トンネルをつくり、物流の大動脈が整備されれば、この5つの技術革新をそれぞれ実現する可能性がある。その意味ではこのプロジェクトは、アベノミクス第四の矢となる可能性を秘めている。
 むしろ、こうしたプロジェクトを実施するために、1日も早く北方領土の問題を解決し平和条約を結ぶべきだと思えてならない。