グローバルリーダーの育成とグローバル教育  

  1.グローバルリーダーの育成
  2.企業の人事部門と大学教育
  3.グローバル教育
1.グローバルリーダーの育成
 マッキンゼーの人材育成、採用マネージャーだった伊賀泰代さんの「採用基準」(ダイヤモンド社、2012年)という本の表紙には「地頭よりも論理的思考力よりも大事なもの」というコピーが載っている。このコピーに魅かれて本を買った。要するに、伊賀さんは、グローバル人材よりも、グローバルリーダーになれる人を採用し育てたいというのである。グローバル人材は現地の人で良いという。そして、この日本では、グローバルリーダーが圧倒的に不足しているという。必要なのは海外で雇った現地社員を率いて、開発、営業、マーケティングなどの事業オペレーションを海外でも回していけるリーダーであり、海外で買収や提携した企業の社員とともに、事業企画や問題解決のプロセスを率いていけるリーダーなのだという。
 事業の難局を乗りきるためには、何でもそつなくこなせる優等生型の「バランス人材」でなくて何かの点で突出した能力を持っている「スパイク人材」が必要だという。スパイク型の人材は一人で仕事をすると必ずしもうまくいかないが、それは組み合わせの妙で何とかなる。どのような観点から人材を評価するかが面白かった。
 ①洞察力 ②行動力 ③コミュニケーション能力 ④分析力 ⑤交渉力 の5分野の能力から判断するらしい。そういえば、冷戦を終結させた米国のレーガン大統領のことを思い出した。彼はグレート・コミュニケーターといわれていた。
もちろん、チームとして成果を出すためには、リーダーが必要であり、リーダーシップとは、「目標を掲げ、先頭を走り、決め、伝えること」だという。リーダーは組織の和よりも、成果を出すことにこだわる。管理職でも、コーディネーターでも、雑用係でもないのがリーダーだ。集団で何かの目標に向かって努力し、問題が起こった時にどういうことが起きるのかを経験として知っていることが重要だという。企業において、大学の団体スポーツ経験者の人気が高いのはそうしたことかもしれない。
2.企業の人事部門と大学教育
 企業の人事部門における包括的な問題の全体像を提示したのは、伊東朋子さんの「大転換する人材マネジメント」(東洋経済、2012年)という本だった。人事部門には、ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチ教授によれば、
 ①戦略を実現する 
 ②生産性の高いインフラを築く
 ③従業員のコミットメントと能力を向上させる 
 ④変革された組織を生み出す
という4つの役割があるという。そして人事が変われば企業も変わるという。人事部門が企業のイノベーションを推進するパートナーとなり、優れたリーダーを育成するためには、次の7つの能力を持つことが必要だという。
 ①ビジネスを知ること(当たり前のことだが、戦略的な課題は企業によって異なる)
 ②信頼関係構築(関係者から信頼されるだけでなく、誠実であり、機密を守ることが重要)
 ③説得力・判断力を高めるための努力(人事は従業員のキャリアを預かっているので、人事権がなくても、影響力があることは皆が知っている。だから、絶対に権限ではなく自分自身の説得力(技術マネジメントや戦略分析立案の手法、ファシリテイタ-としての能力などが必要)
 ④ボイス・オブ・リーズン(理性の声として、時には上に向かって言いにくいことを直言したり、苦言すること。上層部が把握しきれない組織の闇を手遅れにならない前に上に伝えること。ただ、それには相当の覚悟が必要であり、首になった時のこと考えて他社でも通用する専門性を磨くこと)
 ⑤多言語力(あらゆる階層、文化、背景を持つ相手とコミュニケーションする力、英語が万能ではなく、相手の言葉でコミュニケーションをとることが重要)
 ⑥クリティカル・ディスタンスと顧客志向のバランス(適時適切にサービスを提供するだけでなく、時に顧客に対して彼らと違った視点で意見が言えるような距離感)
 ⑦志を同じくする専門家とのネットワーク(人事の勉強会や土日に大学院に通うことなどを通じて人脈を作る)
 さて、社会における大学の役割には、研究と教育の2つがある。これを企業社会に置き換えてみると、研究開発部門と人材育成部門に当たると考えて良いのではないだろうか。研究開発部門は大学院で、人材育成部門は学部レベルの役割と大雑把に考えても良いと思う。「学部」は、ウルリッチ教授のいう4つの役割を国際社会、日本社会の中で果たさなくてはならない。少し言葉を変えると、ピッタリとしてくる。
 ①国際社会や日本社会の課題の解決を図る(戦略の実現) 
 ②生産性の高い社会インフラとしての人材を育てる 
 ③学生の国際社会や日本社会へのコミットメントと能力を向上させる
 ④徐々にではあっても社会を変革する。
 そして「学部の教職員」は社会の変革を推進する非営利組織である大学が優れたリーダーを育成するためには、7つの能力が必要だということになるのではないだろうか。
 ①社会の現実を把握すること(戦略的課題は社会によって異なる)
 ②信頼関係構築
 ③説得力・判断力を高めるための努力(技術マネジメント、戦略分析立案の手法、ファシリテイタ-としての能力)
 ④ボイス・オブ・リーズン(時には社会に直言し苦言すること)
 ⑤多言語力(あらゆる階層、文化、背景を持つ相手とコミュニケーションする力、英語力、相手の言葉で話す能力)
 ⑥適時適切に教育サービスを提供するだけでなく、時に社会に意見が言える距離感
 ⑦志を同じくする専門家とのネットワークをつくる(学会、審議会での活動)
 様々な大学の授業のカリキュラムやプログラムを実行する中で、大学生の①洞察力 ②行動力 ③コミュニケーション能力 ④分析力 ⑤交渉力を磨き、「目標を掲げ、先頭を走り、決め、伝える」リーダーとフォロワーを育成するのである。そうした意味からすれば、大学と社会人の教育を一気通貫で考えることが必要だと思われる。
4.グローバル教育
 福原正大氏が書いた「世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方」を読むと、欧米のトップ・スクールでは、哲学や思想を通して「考える力」を鍛える授業が行われているという。哲学的な認識を磨き、きちんとした国家観を教え、自由と平等の限界を見極め、経済の本質と仕組みを考えさせて、科学技術と自然に対する観方を養い、文明と人間の営みを洞察し、答えの出ない問題に答えを出す訓練するという。要は自分の頭で考えるという訓練を徹底している訳だ。それは理想と現実の差は様々あれど、大学本来の教育であることは間違いがない。
 しかし、そうした旧来のやり方だけでは、グローバルリーダーを育てるには、どうも十分ではないらしいというのが、自分の観察と仮説だ。もっとグローバルリーダーの質と量を充実しなければならないのである。英語教育の充実も必要だろう。だからと言って、それがグローバル化ではないと思う。英語を母国語とする国の大学でもグローバルな企業でも、グローバル教育の新しいプログラムが開発されているからである。
 米国で社会人向けのグローバルリーダーの教育に従事してきた渥美育子さんは、彼女の「世界で戦える人材の条件」(PHPビジネス新書)という本の中で、世界の大企業が「国際化」ではなくて「グローバル化」に向かって動き出したのは、1990年代となってからであり、欧米の一流ビジネススクールも、新しいコースを作ろうと動き出しているという。彼女の会社の競合だった会社には、IBMのグローバル教育を担当するオランダのトロンペナールス・ハムデンターナ−(「異文化の波」白桃書房はこの会社の人が書いている)がある。
 以下、渥美さんの考え方を、私なりに要約する。
①グローバル経営は、個々の国々における一般的なビジネス経験の集積である。政治・経済・社会を踏まえた、その国の人たちの感じ方・考え方の特徴でありそれを知っておくことでビジネスを円滑に進めることができる。
②一つの事件に対して、各国別にどういう影響が起こるのかをケースで学ぶことも必要になる。ただ個別の国々のビジネス習慣や時間感覚を知っただけではグローバルにビジネスを運営することはできない。例えば、エネルギーなら、エネルギー、医療ならば医療関連市場で、世界全体で何が起きているのか全体的に把握してみる視点が重要だ。
③更に、国際的な独禁法、税制、知的所有権などの法制度の世界的な動きも意識しておかなければならない。その上で日本の法制度や経済の動向などを説明分析できることが必要になる。そうした幹部社員が増えてくれば、グローバルな環境において、より素早く、効率的、効果的な意思決定が可能となる。
④世界は、法律とルールが重視される国、人間関係が重視される国、宗教が重視される国、重視されるものが2つ以上ある国といった4つの国に大別できるが、それぞれに国柄がある。国別に個々に、同調できやすい要因と、反発を引き起こしやすい要因を意識的な座標軸として認識することによって、ここの地理・歴史・文化の上にたったグローバル経営が可能になる。渥美さんの本の管末に付いた国別の「文化地図」はグローバル教育のスタート台として興味深い。
 頭の中に世界地図を描き、世界の人々の心を掴んで、率いていけるリーダーや考え方をどれだけ生み出せるかが、これからの大学の競争なのかもしれない。
 人に迷惑をかけない。自分のことは自分でする。弱い者いじめはしない。現実主義で対応する。言ったことは守る。人のために働く。監視がなくても手を抜かない。済んだことは水に流す。日本の良さを守る。そのうえで洞察力、行動力、コミュニケーション能力、分析力、交渉力にあふれる人材を育てれば、日本は世界に貢献できる。