静岡県政を考える

  1. 1票の格差はこれでいいのだろうか
  2. 大きな行政改革と県会議員の仕事
     2-1 「東部政令市」という思考実験
     2-2 3つの政令市ができると県政が変わる
  3.地方自治のデザイン
                  3-1 地方財政と市町村の規模とタイプ
     3-2 舵をきるためのリーダーシップと合意の形成
  4.「伊豆は一つ」の実現

 

1.1票の格差はこれでいいのだろうか
 4月7日が4年に一度の県議会議員選挙だそうだ。伊東では定数1議席に、3人の候補が立候補されるという。これを機に普段はあまり考えることのない静岡県政を考えることにしたい。

 県会議員の定数は69人、静岡県の人口は外国人住民も会わせて373万人(平成30年4月)。有権者数は平成31年1月26日現在3,087,536人だそうだ。つまり44,747人の有権者に対して一人県会議員が選ばれることになる。だが個別に見ると市町村別に一票の格差が生じていて、それが存外大きい。

 一人当たり有権者数の試算(〇で囲んだ数字が議員定数
下田市賀茂郡   57,127 ①   
伊東市       60,928 ①
熱海市       33,611 ①
伊豆市       27,436 ①
伊豆の国市     41,352 ①
函南町       32,013 ①
三島市       92,227 ② 46,114
清水町・長泉町   61,119 ①
裾野市       42,931 ①
御殿場市小山町  87,710 ② 43,855
沼津市       166,405     ④ 41,601
富士市        209,600    ④ 52,400
富士宮市       110,215 ② 55,108
静岡市葵区       214,720 ⑤ 42,944
静岡市駿河区    175,867 ④ 43,967
静岡市清水区    202,821 ④ 50,705
焼津市       115,148 ② 57,574
藤枝市       121,392 ③ 40,464
牧之原市・吉田町    61,485 ①
島田市川根本町   88,738 ② 44,369
御前崎市       27,019 ① 
菊川市        37,435 ①
掛川市        94,877 ② 47,439
袋井市・森町     84,585 ② 42,293
磐田市         136,435 ③ 45,478
浜松市中区       194,043 ④ 48,511
浜松市東区       105,650 ② 52,825
浜松市西区      90,506 ② 45,253
浜松市南区      83,431 ② 41,716
浜松市北区      77,341 ② 38,671
浜松市浜北区     79,373 ② 39,687
浜松市天竜区     25,812 ①
湖西市        48,129 ①

 伊豆だけで見ても、清水町・長泉町選挙区と伊東市選挙区の1票の重さは、伊豆市選挙区の0.45人分の重さしかない。国会議員選挙の1票の最大格差は2倍以内であるべきという原則から外れている。国会議員選挙と県会議員選挙の1票の格差の在り方に本質的違いはあるのだろうか。

 

2. 大きな行政改革と県会議員の仕事
2-1 「東部政令市」という思考実験
 昨年12月18日、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が、新たな制度として、東京・神奈川・千葉・埼玉という東京圏を除く「中枢中核都市」を82市選んだ。いわば地方創世の拠点である。静岡県からは政令指定都市である浜松市静岡市のほかに、富士市沼津市が選ばれた。選ばれた市は、ワクワクする生活ができる地方経済の中枢・中核として投資が喚起され、①中央省庁横断的な個別チームによる支援、②交付税の上乗せが期待できることとなった。結構なことだ。
だが伊豆はそれとは別の道を歩まなければならない。

 富士市沼津市は、隣町であり、ともに工業都市であり、少し前まで人口規模がほぼ同じだった。大きな決断ができれば、静岡と清水のように合併して政令指定都市となってもおかしくなかった。だがそこを地盤とする有力な国会議員がいたうえに、同じ規模だったことが、かえって自然な発展を妨げていたと思う。
 有権者数でみてみたい。(カッコ内は人口,〇の中は小選挙区の区分)

政令指定都市 浜松市 656千人(805千人)
政令指定都市 静岡市 593千人(704千人)
*********************
         富士宮市110千人(133千人) ④
中枢中核都市 富士市 210千人(254千人) ⑤
               御殿場市 72千人( 88 千人) ⑤
       裾野市  43千人( 52千人) ⑤
       小山町 16千人( 19千人) ⑤
中枢中核都市 沼津市 166千人(197千人) ⑥
*********************
    小計      617千人(743千人)

      長泉町  35千人( 43千人) ⑥
   清水町  26千人( 33千人)⑥    
 
       三島市  92千人(111千人) ⑤
       函南町  32千人( 38千人) ⑤
       伊豆の国市41千人 ( 49千人) ⑤⑥
 (上記、3市町村の合計規模はほぼ沼津市と同じ)

 長泉町、清水町がこの「東部政令市」に加われば、地図の形の上からはスッキリするかもしれない。そうなると人口でも浜松市に匹敵する規模となる。衆議院議員を選ぶ第5区と第6区の不自然な区割りは、そうした意味からも1日も早く解消しておきたいのである。
 もちろん都市の合併は人口規模だけで行うわけではないが、政治家個々人の選挙区事情で、都市の在り方を決めるべきではないことはハッキリしている。

 政治家の方々、そして政治家を選ぶ県民の皆様には、それぞれの都市や街としての長期の発展可能性を見据えた「思考実験」をしていただきたいのである。

2-2 3つの政令市ができると県政が変わる
 3つの政令市ができると県政は、確かに変わりそうだ。今まで、県の施設を作るのは当たり前のように、浜松市静岡市だったり、両市の中間地点につくらた。静岡市には静岡県立大学があるが、浜松市には公立とはいうものの、県が設置者となっている公立静岡文化芸術大学がある。県立のエコパ・スタジアムは袋井市にあり、静岡空港島田市牧之原市にまたがっている。
 
 東部政令市が出来れば今度は東部も県に対する交渉力が格段に改善される。公共投資の候補地になるかもしれない。日本屈指の観光地である「富士・箱根・伊豆」は、静岡県の東部と神奈川県の西部にまたがっている。浜松市静岡市に景色の良いところはあるが「富士・箱根・伊豆」とは較べるべくもない。かつて我が国が産んだ屈指の観光プロデュサーである「西武の堤、東急の五島」が競合した地域である。

 県議会の見え方も変わってくる。68人いる県会議員のうち42人が政令市の選出となる。
 県会議員定数        有権者数(人口)
15人 政令指定都市 浜松市 656千人(805千人)
13人 政令指定都市 静岡市 593千人(704千人)
14人 東部政令市       678千人(819千人)
富士宮市富士市沼津市御殿場市裾野市長泉町・清水町・小山町) 

 では他の地域選出の県会議員はどうなるのだろうか。26人が、非政令市の選出の議員となる。
 県会議員定数    有権者数(人口)
10人 えんしゅう地域 428千人(535千人)
湖西市御前崎市菊川市掛川市袋井市・森町・磐田市
8人 すんしゅう地域  387千人(468千人)
 焼津市藤枝市牧之原市・吉田町・島田市川根本町
8人 ずしゅう地域  345千人(400千人)
 三島市函南町伊豆の国市下田市賀茂郡伊東市熱海市伊豆市

 ここにおいて気が付くことがある。政令市の権限は、県とほぼ同等であるため、県立高校と県警以外のことは、ほとんど政令市の内部で話が済んでしまうのである。県立高校や県警は行政委員会の所管事項であり、委員会トップの人事以外はほとんど知事は口をはさめない。それゆえに全てが利権目的とは言わないが、大型プロジェクトの獲得ばかりに注力する政令市選出の県会議員がいても不思議とは思わない。

 県知事と政令市の市長の性格や相性、考え方の違いによって、県庁所在地の政令市に主導権争いが起こり、二重投資や二重行政の弊害が起こりがちなのは静岡市だけに限らない。

 大阪府大阪市はその弊害が最も大きかったため「大阪都構想」による改革が唱えられた。川勝知事が「県都構想」を唱えられたのもそのためだろう。

 これから日本の人口が減少していくことを考えると、国・道府県・市町村という三層制行政組織を簡素化し二層制にしていくことは、大きな行政改革となるかもしれない。

 だが二層制についてはもう一つそれを実現する方法がある。県庁を三分割し、①浜松市+えんしゅう地域、②静岡市+すんしゅう地域、③東部政令市+ずしゅう地域に統合する方法である。

 大きな行政改革について、県会議員候補の方々の見解を伺いたい。

 

3.地方自治のデザイン
3-1 地方財政と市町村の規模とタイプ
 少し静岡県政から離れて、地方財政と市町村の規模とタイプをみてみよう。

 まず税金。これも地方税のことばかり見ているとよくわからない。いろいろな名前のついた税金があるが、税金がかけられる対象は所得・消費・資産しかない。どの税をとっても日本全国税率が同じなので、どうしても都会に税金が集まってしまう。
 
 ナショナル・ミニマムを実現するために、あらかじめ国税として集めた税金の一部を、地方税の不足分を補うために地方交付税として足りない地域に配分する。
 配布の前提として、様々な規模とタイプの地方毎に行政需要を算定しなければならない。必要額を簡便に算定するため、行政費用の人口当たりの原単位を総務省で定めている。人口にこの原単位を乗ずれば、基準財政需要額が算定できる。
 
 この必要額を上回って地方税や収入がある地方を交付税の不交付団体と言い、その数が少ないことからプラチナ・チケットの自治体と言われる。大きな法人が集中している東京都や、大きな設備を持つ工場の固定資産税が期待できる自治体、原子力発電所やビール工場が立地する自治体は財政に余力があり、ナショナル・ミニマムに上乗せした行政サービスを提供することもある。それに加えて、都会へのアクセスがよいならば、かなり人気が集まる場合がある。

 こうした地方財源を均てん化する仕組みを、誇り高き自治省(現、総務省)の人たちは「世界に冠たる地方財政制度」と呼んでいた。ドイツのように街の規模が平均化されている国とは違って、日本の市町村は様々で、均てん化が難しいからだ。

 この基準財政額の算出方法を使って、一人当たりの行政需要額を市町村毎に計算しグラフ化してみると、3300の市町村が「U字カーブ」をなしていることを発見されたのは、関西学院出身の中井英雄先生(近畿大学教授を経て、現在、大阪経済法科大学教授)だった。
 横軸に人口をとり、縦軸に1人当たり行政需要額をとってみると、行政需要額が最も少ないのは人口30-40万人の街だった。それより人口が少なくても多くても、過疎と過密によって1人当たりの行政需要額が上がることを明らかにされたのは1988年のご著書だった。

 1989年1月から始まった「平成」という時代は今年の4月末で終わるが、この30年間に地方分権化と市町村合併が進み、3300弱あった市町村が1700程になった。
 田舎には過疎の村があっても当然と考える人が多いと思うが、米国には過疎の村はなく、ゴースト・タウンがあるだけだ。過密な地域は税率が上がり、お金持ちが新しい街をつくって逃げ出してしまう。全国一律の税率と地方交付税制度によって過疎と過密が支えられているのである。地方交付税制度によって、いつまで過疎と過密の街を支えるべきなのだろうか、コンパクトシティが唱えられているのも同じ理由である。

 どんなに優れた制度も、長く同じ制度でやっているとマンネリ化と弊害が出てくる。あえて例外を作り、地方を活性化しようとしたのが「ふるさと納税」制度だった。その制度にしても、amazonの金券を返礼金に使い実質3割以上の減税を行う自治体が出てくると「世界に冠たる地方財政制度」まで壊しかねなくなって、新年度から規制が厳しくなるようだ。

 衆議院の現在の小選挙区制が検討されていたのも、ちょうど1990年前後だったと記憶している。「300」小選挙区が基本だった。それは、なぜ「200」あるいは「400」ではなかったのだろうか。その合理的理由を調べていた時に見つけたのが中井先生の考え方だった。人口1億2千万人を300で割ると人口40万人となったからだ。
 ただ現実的に考えれば、当時の衆議院議員の数があって、それを小選挙区比例区に分けたというのが事実に近いかもしれない。当時の中選挙区制では同じ党の議員が複数選挙に出てくるために選挙に今とはケタ違いにお金がかかった。そのお金を調達するための不正も多かった。今はむしろ小選挙区制の問題点を論ずる識者が多いが、物事は直線的には改革できないということかもしれない。

 よく選挙で「県とのパイプとなります。県知事を紹介します。県の役人を紹介します」という事を売り物にする県会議員候補がいるが、県庁のある街でそういうことを言ったら笑われるのではないか。伊豆選出の県会議員の評価も静岡市で政治とは関係のない仕事をしている時に聞きたくなくとも自然に耳にしてしまうことが多かった。過去には、利権ばかり追いかけていると評判の県会議員もいた。日産のゴーン問題に限らず、悪事は一人ではできないからである。
 そうしたことを超えて、同僚の県会議員や県知事、さらには県の職員を説得できる議員であってほしいと願うのは私だけだろうか。議員は一人ではなかなか仕事ができないからだ。キチンとした問題設定と政策議論をお願いしたい。

3-2 舵をきるためのリーダーシップと合意の形成
 1999年(平成11年)、2011年(平成23年)と2度にわたる地方分権一括法の成立によって、我が国の国と地方の関係は大きく変わり、従来の上下主従の関係から対等協力の関係になり、地方自治体の国に対する意識は大きく変わったとされている。
 
 高齢化、少子化に伴って今後の地方の行政需要は大きく変化する。集落の人口流出が進む中で、上下水道などのインフラの維持管理、公共施設の老朽化への対応、所有者不明土地・空き家の急増、子どもの減少に伴う教育環境の変化が予想されるのである。

 ピンとこない方も多いと思う。赤ちゃんの出生数でみてみよう。2018年、伊東市で生まれた赤ちゃんの人数は270名だった。15年ほど前の2000-2004年の半分位である。
   伊東市における出生数の推移
2000-2004年 607、565、609、542、568、
2005-2009年 466、473、470、449、439、
2010-2014年 431.444、373、428、367、
2015-2018年 336、331、325、270、

 様々な考えがあるのは承知しているが、小学校・中学校と長ずるに従って、学校の規模が大きくならないと社会に巣立つ訓練にならないし、課外活動の文化部や運動部の種類も限られてしまう。1学年300名ならば、全市に学バスシステムを導入し市内で1中学という考え方もあるだろう。或いは中等学校(中高一貫校)として2校にするという考えもあるのではないか。急激な生徒数の減少に制度仕組みが追いついていかないのである。そんなことが様々な分野で起きるのである。

 このまま成り行きで行くと、日本の人口が11,100万人となる2040年には人口規模で1万人未満の市町村が600ヶできるという。1700ある市町村の1/3が人口1万人を切るのである。行政資源が限られていく中で、全ての住民が満足するような施策はどんどん困難となる。物事の仕組みや制度を変えるのは通常以上の知恵と体力そして想像力がいる。

 そして今まで以上に議会の合意形成機能が重要になってくる。多くの変革を必要とするのは先に高齢化と少子化が始まっている地方からなのである。他人の意見を聞くことは大事だが、ボトムアップだけでは道を拓けない。

4.「伊豆は一つ」の実現
 自分は、地方自治制度の最大の論点は都道府県制度にあると考えている。静岡県を例にとれば、浜松、静岡という政令市がある。浜松市静岡市の市長は県知事とほぼ同等の権限と責任がある。政令市において、県知事は、県立高校と警察署長の人事、港湾管理を担当しているだけである。そのため県と市の二重行政の弊害が起きがちである。川勝知事は、今でも、静岡市の政治に口をはさみたくて仕方がないように見える。伊豆の人間からすれば、どこか変だ。ジオパークで浮かれている場合ではない。
 
 問題なのは県会議員さんたちを選ぶ制度である。県政全体を論じる視野をもった議員が選ばれにくいのである。それは個人の問題ではなくて、市町村別に県会議員を選出することになっているためだ。参議院議員を除いて県全体を選挙区としている政治家は、県知事しかいない。
 そのため、県知事選は知名度の戦いとなり、よほどのことがない限り「お殿様の政治」が続く。「伊豆は一つ」を実現するためには、せめて伊豆全体を選挙区として県会議員を選ぶべきだろう。そうなれば、付随的に様々な変化が生まれてくるはずだ。人口減少を前提とすると、国・都道府県・市町村という3層制の役所の世界を、もっと簡素に身近にしていかなければならない。

 アジアで初めてノーベル文学賞をとったタゴールは国家衰退の原因を「哲学なき政治、感性なき理性、労働なき富」だと考えていた。グローバリズムと金融セクターの肥大化が各国で引き起こしている問題をみると、その意味するところに驚かされる。
 タゴール流に考えると、地方衰退の原因は「計画なき行政、議論なき議会、戦略なき補助金バラマキ」にある。
 それでは地方が発展するわけがない。「計画なき行政」といわれると役所の人はムッと来るだろう。だが市町村の固有名詞の地名を変えれば、どこでも通用する基本計画や基本構想で良いのだろうか。総花的で百科事典のような計画では、何をやりたいのかさっぱり分からない。そんなものを計画やビジョンと呼んではいけない。立てた計画はすぐに倉庫に放り込み飾ってしまう。
 
 その結果が土地を買うだけ、建物を建てるだけの「行き当たりバッタリの行政」になり、私利私欲を図る政治家と見て見ぬふりをする職員を生み出した。川勝県知事は、かつて「今ある県議会は、職業政治屋の方がやっている。権力欲と金銭欲しかなく、見るからに表情が腐っている」と言っていた。言われて黙っている政党や県会議員はよほど後ろ暗いことがあるのか、人間ができているのかのどちらかである。
 同時に川勝さんのそうした傲慢な態度が県庁職員をして委縮させ、市町村との関係を悪化させている直接の原因に他ならない。それは県政の停滞と閉塞を招いている。川勝さんのスピーチは面白いとの評判だが、巧言令色、鮮なきかな仁である。メガソーラー一つをとっても、最初と最後で言っていることが全く違う。

 県会議員候補殿たちに明らかにしてほしいことは、やや厳しいことかもしれないが、第一義的には、県政全般に臨む考え方や、伊豆全体をどうするかのビジョンの表明であって、地元の街の経済振興策ではない。交通や通信機能が進んだ現在、県議会においてその個人の見識・発言・行動において尊敬され存在感を増していただくことが重要なのである。下から見ているとよくわかるが、国や県とのパイプがどうのこうのという人に限って、静岡や永田町で尊敬されている人は少ない。

 基礎的自治体である市町村にも、それとは別個のかつて経験したことのない大小さまざまな波が押し寄せていて、今までのやり方や経験が役に立たない。県はそれに対してどう認識し有効な対策を立てることができるのだろうか。
 平均寿命が延びて、以前は15-20年だと思われた年金生活が、30-40年になる。18歳人口が2018年の120万人から10年間で2割のペースで減少していく。2025年には団塊の世代700万人が75歳の後期高齢者となり、75歳以上人口が2200万人になること。その時65歳以上人口は3700万人となり人口の30%を占めてる。高齢化と少子化の影響がこれから数年のうちに今まで以上に切実となる。「高齢化先進都市」である地方の街において、日本を先取りしたもっと活発な議論と施策の形成は基礎的自治体に任せるしかないのである。

 待機児童の解消、学童保育の充実も大事だが、そこから更に進んで学バスの運行による小中学校の統廃合と特区制度等を利用した小中学校教育充実ができれば、そのこと自体が教育熱心な新たな住民を獲得する手段となりうるだろう。

 国語教育・語学教育・自然教育・スポーツ教育・音楽教育の専門家は結構身近にいるのである。年齢に関係なく学び、希望すれば、その能力に応じて社会に貢献し、収入を得る仕組みの整備することが必要だ。それには教育分野でも情報公開が必要だ。文部省の見解を伝えるだけの県の教育委員会はいらない。市立の学校なのだから、市の教育長がもっと学校経営の前面に出るべきと思うのは私だけだろうか。

 健康分野では、医師会、歯科医師会、薬剤師会、介護の専門家の協力を得ながら、予防医学・栄養管理・運動管理等の充実を図り、地域医療構想、地域包括ケアの充実を図るべきと思われる。伊豆においては、北里柴三郎先生以来の温泉療法も観光資源ともなりうると思う。東大が戦前、温泉研究所を作ろうとしたのは伊東である。加えて音楽・美術療法の充実が、文化の振興を幅広く、奥深いものとするだろう。

 プライバシーを確保したうえで、市民7万人の医療情報、健康情報、食事の情報が統一的に集積されれば、そのデータ自体が、大きな意味を持つことになる。大学や企業と提携し、そのデータの解析センターや、ソフトウェアの開発部隊を誘致することも可能かもしれない。それを核としてダイビングやサーフィンを楽しみながら知的な活動に従事できるリゾート・オフィスの整備を始めたらどうだろう。そこまでいけば、優れた小中学校があることが移住の条件となる。

 伊東ミュージカル劇団のテーマ曲に「幸せを運ぶ船」(羽毛田佳明作詞、西山淑子作曲)という曲がある。基礎的自治体である市町村が、人々の「幸せを運ぶ船」になれるかどうかは、個々の選挙の結果次第である。          

                                     

疾風怒濤の2019年が始まった

 2月24日に「天皇陛下御在位三十年記念式典」、4月30日に「退位礼正殿の儀」が行われ、5月1日に皇太子殿下が第126代天皇に即位される。そして、新しい元号となるが、新しき御代に幸多かれと願う。だが2019年が始まって3週間がたっただけだが、浅学菲才の身にも内外情勢は疾風怒濤の時代に入ったかのように感じられる。

 個人的に、昨年最も驚いた事件は、障がい者の雇用義務を中央官庁自身が全く守ってなかったことだ。最も腹が立ったのは、外国人労働者の受入れ拡大、いわゆる移民法案可決である。今のまま移民を入れれば、賃金が上がらないだけでなく、犯罪が増加すると思うからだ。国会での議論がお粗末だったことを否定する人はいないだろう。毎月勤労統計の不適正集計の問題も酷い。2004年からもう15年も不適正な集計を続けてきたようだ。経済政策議論のベースとなるものだけにその影響は修正金額以上に大きい。もっと労働者に目を向けた政策への転換が必要だと思う。事業範囲が大きすぎる厚生労働省の再分割も考えるべきかもしれない。

 1月に通常国会召集され、4月に統一地方選挙が行われる。5月に即位改元があり、6月末に大阪でG20首脳会合が開かれる。この首脳会合にロシアのプーチン大統領が来日される。1月に入ってからのロシア側のメディアも使った交渉態度を見ると、北方領土交渉で何らかの合意がなされる可能性が大きいのではないか。ロシアのシベリア・極東地域は人口が少なく、中国の人口圧力を受けている。石油価格は下落し経済は落ち込みがちである。シベリア鉄道の先に日本があれば沿線にも人が集まりやすくなるのではないか。少なくとも2島が返還され、大胆な経済協力が打ち出されるはずだ。それができれば、7月21日に衆参同日選挙となるとみた。憲法改正の発議に向けての活動はいずれにしても、その後となるだろう。

 既に与党は勝ちすぎているが、野党は四分五裂し良い材料がない。筋の悪いモリカケ固執した報いだと思う。しかしそれでも与党が議席を減らせば、安倍首相の交代は避けられないだろう。そうだとすると10月に消費税率の引上げは、どんな対策をとっても経済に影響が出ることから、依然として引上げが延期される可能性があると考える。

 目を世界に向ければ、リーマンショック級の経済危機の可能性は、既に幾つかあると思う。第一は、米中関係である。貿易摩擦、米中冷戦との報道が目につくが、それ以前に、中国経済の不振は顕著だ。「一帯一路」は新たな植民地政策だとの批判がある。土地取引の停止、株取引の停止、企業ごとの共産党支配の強化は、破たんの表面化を防いでいるが、国家に支配された企業が、自由主義経済で好き勝手に行動していること自体が脅威に他ならない。月の裏面への人工衛星の着陸成功は、かつてのソ連スプートニク・ショックを思い出させた。100万人を超えるウィグル人を職業訓練という名のもとに収容所に入れているという事実は、改めてチベット侵攻の歴史や天安門事件を思い出させる。

 安倍首相は新年早々、オランダと英国に行かれたが、3月末にはブレグジットがあり、英国がEUから離脱する。このままいくとEUとの合意が成立しないかもしれない。しかしヨーロッパ最大の不安は、実はドイツ銀行とドイツ自体だと思う。中国に大きく融資していることに加えて、ドイツ銀行の株式が中国に保有されているからだ。
 EUでは、財政・政治・金融政策などが統合されることなく共通通貨が導入されたため、国内におけるデフレや失業などの痛みを為替レートによって調整することが出来ないという本質的な問題がある。競争力をもつドイツ経済の独り勝ちが続き、イタリア、ポルトガルギリシャなどの周縁国経済の弱体化が固定化してしまった。ドイツは、脱退しない限り、それらの国々を助けなければならない。ドイツ政府の健全財政とは、政府の借金を銀行に押し付けて、健全に見せかけていただけだと言われている。ドイツは昨年末の時点で中国の通信機器メーカー、ファーウェイ排除を宣言しなかった。

 朝鮮半島情勢は、韓国の対北融和路線で変質し米国の圧力も利かなくなりつつあるとみた。日本では、今度のレーダー照射問題、「応募工」問題で韓国と話し合いをしても無駄だと多くの日本国民が実感した。彼らと話す必要はないと思うが、これから設定される米朝交渉の過程で、拉致被害者救出のためどこかのタイミングで日朝対話に踏み切る必要があろう。

 こうした中で、9月10月のラグビーワールドカップを行い、オリンピック・パラリンピックの準備をすることになる。まさに疾風怒涛の2019年が始まった。

朝鮮別荘主人と韓国の混乱

 かつて伊東にあった木造旅館の絵葉書の写真展があった。その中にカタナヤ旅館の絵葉書も何枚かあった。現在は目白にある飯田高遠堂という刀剣屋さんが経営していた旅館だった。

 その前身は「朝鮮別荘」と呼ばれていた。朝鮮別荘の主人は李完用(1856年7月17日 - 1926年2月12日)だった。李完用は、学部大臣、総理大臣を歴任し、伊籐博文公とともに、梨本宮家から嫁がれた方子妃殿下のご主人となった李垠殿下のご養育係を務められていた。晩年は、朝鮮貴族会の会長となった侯爵李完用である。
 伊東との縁は、李垠殿下の別荘が三島の楽寿園だったこと、暴漢に襲われた傷の治療に、日本の別府や修善寺、伊東を温泉療養にまわり、伊東が気に入ったからだった。翌年に別荘を建てたことが分かっている。
 学部大臣として保護条約にサインし、総理大臣として併合条約にサインしたことで、現在の韓国では、極悪人代表となっている。それだけではなく、2005年にはその子孫も、子孫であることだけを理由に、財産を没収された。

 しかし彼は元々、単なる親日派という分類に入るような人物ではなかった。科挙に合格し朝鮮李王朝の高級官僚となった彼は、日清戦争(1894年7月-95年3月)の前に、朝鮮が、珍しく宗主国「清」に逆らって米国に開設した公使館に派遣されていた外交官だった。
 おそらく李王朝の外交顧問の米国人、元宣教師のホーレス・アレンと行動を共にしていたと思われる。李王朝は、米国を頼って清と日本から国を守ろうとした。
 日清戦争の戦闘では、海でも陸でも日本軍の圧倒的勝利だった。日本の勝利を背景に、朝鮮ではクーデタがおき、1894年7月、親日派金弘集内閣が成立し、内務(衙門)、外務、財政(度支)、軍務、学務、公務、農商務の8つ新行政機関がおかれ、年号も李朝創建の1392年を元年とする朝鮮歴となり、両班、中人、平民、奴婢の身分が廃止され、未亡人の再婚が許され、刑罰の連座制がなくなった。両班階級だけが持っていた租税及び兵役免除の特権も消えた。銀本位制に移行し貨幣価値が安定するとともに、国家財政と王室財政が分離された。軍国機務処(枢密院)は1か月で200以上の改革案を議決した。そして1895年1月には近代化のシンボルとなる朝鮮史上初の憲法「洪範十四条」が公布された。そのまま進めば、名実ともに朝鮮は近代化された独立国となるはずだった。
 しかしこうした改革は、あらゆるところで守旧派の抵抗にあった。その中心、閔氏一族の怒りはすごかった。ロシア、フランス、ドイツの三国干渉が成功すると、朝鮮では親露派がにわかに力を増した。
 列強同士の牽制によって独立維持を目指そうと帝政ロシアに接近したグループがあった。李完用は親露派のリーダーだった。当時のロシア公使ウェーベルは親露派に資金と武器を供給するとともに、才色兼備のロシア公使夫人は、国政を左右していた閔妃に取り入った。そして従来、親日派とされた朴泳孝まで親露派に取り込まれた。
 そこで日本の全権公使は井上馨から三浦悟楼に変わり、三浦公使は韓国皇帝の実父大院君が閔妃を嫌っているのに目を付け、1895年10月8日、大院君が宮中に乗り込むのを支援したのだった。大院君は、部下に閔妃を殺害し、自分の実子の光武帝を叱り再び親日派の内閣を作ったのだった。閔妃に直接手を出したのは日本人なのか韓国人なのか、はっきりしていない。
 翌年の1896年に今度は親露派が高宗をロシア公使館に移して政権を奪取し、李完用外務大臣となった。高宗はロシア公使館において1年あまり政務を執り行なった。ところが今度はロシアはすぐにロシア将校によって韓国軍を訓練する計画を持ち出した。李完用はその意味と将来を考え要求を断ったが、内閣の多数が、ロシア公使の圧力に押され、数を減らしてロシア将校を受け入れることを認めたため、直ちに外相を辞し野に下った。
 ロシアについて付言すれば、1898年2月には露韓銀行を設立させたが、1898年3月、清国と旅順港・大連湾租借に関する条約を結び、遼東半島不凍港を手に入れると、韓国への関心を失った。1898年3月には韓国から全てのロシアの軍事・民事顧問が撤退し4月には露韓銀行も閉鎖された。ロシアにとっては、単独では採算に乗りにくいシベリア鉄道の出口が必要なのである。それは今も基本的に変わらない。
 時がたって、日露戦争の後、1905年、李完用保護国の条約に同意したのは、もう韓国には、日本以外に頼るところがないことを知っていたからだと思われる。米国は他の西洋諸国に先駆けて在ソウルの公使館を閉鎖しその業務を東京に移した。
 李完用は、おそらく日本語を理解していたと思われるが、日本語を使ったという記録はない。しかし、統合後、総督府で働いていた多くの日本人の部下から尊敬されていた。1926年に亡くなった時には、国葬ではないのに、ソウルで数キロの葬列が続いたという。1934年の小松緑の本には「逆境の英雄」と書かれている。
 韓国の混乱のニュースを見るたびに、上海で暗殺された金玉均と、この朝鮮別荘主人 李完用を思う。

トランプ氏が大統領に選ばれた晩に

 米国のメディアの多くがヒラリー氏支持だったということもあって、日本のメディアは「今後、一様にどうなるのか、不安だ」と報じている。株価も大きく下げた。
 地上波のテレビのニュースでは木村太郎氏の米国選挙レポートだけが、わずかに真実を掘り起こしていた。また日本のwebでは数名の識者だけがトランプ氏が強いといっていた。今回の選挙が特殊だと感じたのは、通常の米国選挙だったらそれぞれの支持者は候補者のポスターを自分の家の庭に掲示するのに、トランプ氏の支持者は家の中にポスターを張っていることだった。また支持率の高いはずのヒラリー氏の選挙集会に人が入っていない事実だった。
 最も不可解だったのはFBI長官による選挙直前のヒラリー氏のメールの捜査の再開宣言だった。イスラム過激派とつながるサウジのお金持ちをスポンサーとする出版社を家業とする家庭出身のフーマ・アベディンというヒラリー氏の第一の側近の女性の夫の奇妙な性癖の捜査から始まった。だがその内実は、無法な多国籍主義者と素朴なアメリカの「深刻な内戦だった」ことが、西村さんと藤井さんの解説で初めて分かった。「元国務副長官の国を救う戦い」を検索するともっといかがわしい所業が告発されている。
 ヒラリー氏が弁護士時代から江沢民派とズブズブだったことは知っていたが、クリントン家は、最近カタールや中東諸国からもかなりの献金を受けていたという。
 ひるがえって、日本の大手メディアは何をしていたのだろう。また国連総会の時に、ヒラリー候補と安倍首相を面談させたのは誰なのか。大いに国益を損ねたといわなければならない。
 これから日本は、引き続きグローバリズムとの折り合いをつけつつ、アジアにおける拡張主義と同時に、経済破綻と難民発生のリスクに、法制度も含めて備えなければならない。
 トランプ新大統領は、日本に軍事負担の増大を求めているが、「米軍を傭兵として扱うことは失礼だ」との論理だけで米国が納得することはないと思う。EUも含めて、少なくもGDP比2%の標準的な軍事負担が求められるだろう。だが、同時にトランプ新大統領の誕生で、ロシアとの平和条約の締結と経済協力の道が開けてきたのではないか。

シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル構想案の再浮上

 安倍・プーチン会談の目玉として、日ロ協力で、シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル案が浮上しているという。喜ばしいことだ。かねて日ロ関係の新展開と日本の経済政策として、「宗谷トンネル」を検討すべきと考えてきた。長文だが、2014年2月のブログから関連部分に小見出しを付け直して再掲したい。

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1.シベリア鉄道延伸・宗谷トンネル構想
 答えはプーチン大統領の過去の発言の中にあった。かつて日本と韓国を地下トンネルで結ぶ計画があることを紹介した際に「ロシアと日本を結ぶ鉄道トンネルを作る方が両国にプラスになる」とプーチン大統領が言ったという。
 宗谷岬とサハリンの最南端の岬の間の宗谷海峡の距離は43km、最深部の水深は70mである。サハリンと大陸との間の間宮海峡は距離は7.3km、最浅部は8mと冬の間は凍結して徒歩で横断することも可能だという。そこにトンネルや橋が建設され鉄道が整備されると、バイカル・アムール鉄道、シベリア鉄道を通じて日本はユーラシア大陸と一体になり、将来的には、東京発・モスクワ経由・ロンドン行の列車が走る状況がくれば、全く新しい日本とロシアの関係が生まれる。そのためにも平和条約を並行して交渉する必要があるというのが自分の考えだ。日韓トンネルの場合、九州と対馬の距離は132km、対馬と韓国は距離50km、最深部の水深は220mであり、物理的条件だけ考えてもその建設は難しい。
 ロシアの大都市はシベリア鉄道沿線にある。もし北海道とサハリンがシベリア鉄道がつながれば両国の国民の交流は日常的なものになりお互いに今まで以上に無関心ではいられない。さらに日本にとっては、ロシアの極東管区・シベリア管区の資源開発が身近なものとなる。モンゴル、カザフスタンといった中央アジアの国々、コーカサス諸国を経由してトルコやサウジアラビアといった中東の国々、ウクライナベラルーシを経由してヨーロッパ諸国と地続きになる。
2.宗谷トンネルのイメージ
 宗谷トンネルのプロジェクトのイメージはどのようなものになるのだろうか。最も参考になるのは、やはり英仏海峡トンネルではないだろうか。イギリスのフォークストン とフランスのカレーを結ぶトンネルの運営はユーロトンネル社が行っている。トンネル内を通過する列車は、ユーロスター、車運搬用シャトル列車と貨物列車である。海底中心部分で交差する直径7.6メートルのレールトンネル2本と、その真中にある4.8メートルのサービストンネルの3本のトンネルからなる。3本のトンネルをつなぐ連絡通路が各所に設けられる。2本のレールトンネルにはさらに列車の風圧を逃がすためのダクトが複数設けられている。トンネルを通過する列車を運行する会社は、ユーロトンネル社に対して線路使用料を支払う。線路使用料の額は、2008年以降は貨物列車1本あたりの平均で3,000ポンドまたは4,500ユーロだという。トンネルに着工してから4.5年で貫通。鉄道開業は更にそれから4年程かかり、建設費用は1.8兆円だった。おおむね20年前なので今ならば倍の3.6兆円だろうか。トンネルの距離が1割増しなので4兆円、間宮海峡の橋や周辺整備まで含めると5兆円のプロジェクトとなるとおいても良いかもしれない。  
 青函トンネル   全長 53.85    海底部長 23.3km 水深140m、海底からの深さ 100m
 英仏海峡トンネル 全長 50.5km    海底部長 37.9km  水深 60m 海底からの深さ 40m
 宗谷トンネル   全長 55km前後か  海底部長 43km   水深 70m 海底からの深さ N.A(地質次第)
 もちろん詳細は専門家が調査検討しなければわからない。地質によっては少し長めのルートなる場合もあるだろう。
3.シベリヤ鉄道延伸と太平洋の架け橋
 宗谷トンネルができれば、それを通してシベリア鉄道旭川、さらには苫小牧まで延伸するというのはどうだろうか。ロシアの規格に合わせて1520mmのレイルゲージの鉄道を引くのである。そしてそこで日本の規格の鉄道に載せ替えたり、船に載せ替えるのはどうだろう。日本では鉄道のレイルゲージが狭いために普及しなかった、トラクターから切り離したトレーラーを列車にそのまま積載するピギーバック輸送も、再び始まるだろう。韓国の釜山やウラジオストクを経由しないで荷物、コンテナ、台車をハンドリングし、更にロシアと共同で通関業務を行えば時間は短縮する。
 例えば、現在、極東からモスクワまで、スエズ運河を使って船を使い、ヨーロッパの主要港で積み替えると40日ほどかかるという。しかしシベリア・ランド・ブリッジ、今の言葉でいえばTSR(トランス・シベリア鉄道)ならば、ウラジオストクの港までの海路と通関で14日で、専用のブロックトレインで10−11日で計24-25日ほどだという。これを大幅に短縮できるのではないだろうか。
 また貨物の西行と東行のバランスを改善して、日本向けのロシア、ヨーロッパ、更には中央アジアの荷物をこれで運べば、コンテナを「空」で東行させる比率が低減できる。人口50万人弱のサハリンだけで考えると間宮海峡に架橋することすら経済的ではないという。大統領も含めて宗谷トンネルについてのロシア側の期待は大きいようだ。
 その上で決断してから8‐10年かかるトンネルの掘削に合わせて、シベリヤ鉄道の高速化と運賃引き下げを図るための新たな鉄道システムを両国の技術者で検討したらどうであろうか。高速化による時間短縮と低価格化は広大なロシアの経済を一体化する。速度の異なる列車が同じ線路上にあると、当前のことだが、その運用は難しくなる。新幹線やリニアの技術を踏まえてロシアの交通と物流を一新することが経済の活性化に資すると思えてならない。極東とモスクワの間の1万kmに10日かかるとすると時速40-50km、時速200kmならば2-3日である。また時速500kmのリニアモターカーは、日本よりも、国土が広大な米国やロシアにこそ、ふさわしい技術だと思えてならない。ボストンとニューヨークの間をリニアで結ぶ検討と同様に、モスクワとサンクトペテルブルグ間の検討があっても良いのではないだろうか。
 そうした技術と事業の上にベーリング海峡トンネルができれば、それが、ロシアと米国、カナダの文字通りの太平洋の懸け橋となる可能性がうまれてくるのではないだろうか。
4.日本の新たな地平 第四の矢
 宗谷トンネルがつくられ、間宮海峡に架橋されると、日本は、ロシアの極東、シベリアとつながり、ユーラシア大陸の国家の一つとなる。そうすると日本人の意識が変わるというのが、経済的な利益以上に大きい。イルクーツク周辺のモンゴルやブリヤートの人々と会えば、お互いの風貌が似ているので、驚く人々も多いだろう。シベリア鉄道が高速化されれば、鉄道沿線で、ロシアの人々だけでなく、モンゴルや、中央アジア、中東、ヨーロッパの人とも、もっと交流が盛んになるだろう。ちょっと敷居の高かったロシアの街が身近になり、人が集まる。その土地の風物・情報がわかれば、新たな産業機会を見つけ、ロシア語を学び、ロシアの法律を学ぶ、ロシアの人々とともに働く人も増えるだろう。
 ロシアの極東の経済市場は小さく、労働力も不足していた。物流の大動脈が整備されれば、季節の限られた北極海航路の整備開発よりも効果が大きいのではないだろうか。おそらく当初は、石油・ガス、石炭、海産物、金、ダイヤモンドに加えて、ウドカン銅山などの資源開発が進むのだろう。発電能力やインフラが整備されてくれば、精錬などの事業も立ち上がってくるだろう。
 世界は穏やかに見えてやや波乱含みな様相を呈している。シェール・ガスやシェール・オイルの生産が急増し、EU諸国はロシア・ガスの値下げを迫り、中国もロシアの石油を買いたたいている。天然ガスについては中国の新疆での生産が増大し、中央アジアからの輸入も大幅に増えている。ロシアは原油天然ガスの生産量で世界1位・2位を争う資源大国であり、国家歳入の50%を原油天然ガスに依存しており、また輸出比率では原油天然ガスが70%を占めている。原油価格や天然ガス価格が下落すれば、ロシアが苦境にたつだろう。しかし同時にロシアは教育水準が高い科学技術の国であり、難しい問題ほど解決するのが得意だと言われている。日本の技術や資本と組み合わせれば、新たな技術革新と産業を生み出せるかもしれない。
 シュンペーターは技術革新には5つの種類があるという。①新しい財貨の生産 ②新しい生産方法の導入 ③新しい販売先の開拓 ④新しい仕入先の獲得 ⑤新しい組織の実現
 宗谷トンネルをつくり、物流の大動脈が整備されれば、この5つの技術革新をそれぞれ実現する可能性がある。その意味ではこのプロジェクトは、アベノミクス第四の矢となる可能性を秘めている。
 むしろ、こうしたプロジェクトを実施するために、1日も早く北方領土の問題を解決し平和条約を結ぶべきだと思えてならない。

日本とバングラデシュの絆

 バングラデシュダッカで起きたテロ事件で7人の邦人がなくなった。バングラデシュとは「ベンガル人の国」という意味だという。
 ベンガル人には、世界的に有名な人が3人いる。ギタンジャリを書き1913年にアジアで初めてノーベル賞をとったタゴール。インド独立のためのインド国民軍の指揮を執り、最後は台湾の航空機事故で亡くなり、東京のお寺に眠るチャンドラ・ボース。そして東京裁判のパール判事である。自分も含めて、彼らを無条件で尊敬する日本人は多い。インドの3人と覚えている人もいると思われるが、インド人であり、ベンガル人だったのである。
 第二次大戦後、インド帝国は、1947年にインドとパキスタンが分離独立し、1948年にミャンマースリランカが独立し消滅した。そして1971年に、ウルドゥー語パキスタンベンガル語バングラデシュ(東パキスタン)に分かれたのだった。そしてバングラデシュは緑に赤の日の丸を国旗にした。数年前から人件費が高騰し反日感情を煽る中国から、多くの日系企業が移転集積する国の一つとなった。
 多くのメディアは今回のテロ事件とイスラム国との関係をしきりに解説しているが、すっきりしない分析が多い。今後も本当の原因まで行きつくかどうかはわからない。そうした場合、国際関係においては結果から逆に原因を推論すべきと教わった。単なる過激派の場合もあるだろうが、ダッカの大学には多くのマオイストがいたことが気になっている。
 大事なことは、これを機に日本とバングラデシュの絆をもっと強く太いものにすることだ。

時論 2016年6月

 英国がEU離脱を決めた。英国のことばかりメディアは報じているが、忘れてはならないのが、EUの事実上の盟主であるドイツのドイツ銀行自体が中国経済にお金を貸しすぎて危機にあることだ。
 報道管制がひかれているが、中国経済の投資過剰と混乱は明らかだ。数万人規模のゴーストタウンを国内だけでなくアフリカにまで作っている。世界各地での中国新幹線計画の破たんが報じられている。中国の鉄鋼生産設備は、国内需要を除いても4億トン過剰だという。日本の粗鋼生産量が各社合わせて年間1億トンなので、その規模は想像を絶する。そうした製鉄所のための鉄鉱石と石炭を買ってもらっていたオーストラリアに親中派が多くても不思議はない。
 安全保障に目を移せば、中国は、国内の矛盾から目をそらすために南シナ海東シナ海、インド国境と各地で武力衝突を求めているように見える。それはこれから暫く続くだろう。「航行の自由」作戦にヨーロッパも参加をと主張したのはフランスだったと思う。南太平洋の仏領タヒチニューカレドニアが心配なのだろう。あまり知られてないが銅鉱山があり仏海軍が駐在している。
 ロシアの極東地域でも中国人が農地を求めて進出していて、人口希薄なロシアは脅威を感じているはずだ。日本がロシアのシベリア・極東開発に協力する中で、北方領土問題が解決され平和条約が締結されれば、ルトワック先生、ミアシャイマー先生ならずとも「日本はやるべきことを着実に実行している」と見る人もあるだろう。
 個人的にはシベリア鉄道を延伸し、宗谷トンネルを作り、旭川・苫小牧と引いて来れば、大きな経済効果があると思う。ガスのパイプラインを引ければ、その分のコストダウンだけでなく、釣り上げられていた中東諸国からのエネルギー調達コストを引き下げることになるだろう。
 様々な国々と平和的に交流を深めることには大賛成だが、相手に喧嘩を仕掛けられないだけの抑止力を持つべきと考える。信頼醸成措置や話し合いましょうといっても相手がいうことを聞かない。
 安全保障の観点から見れば、防衛的な行動を支える法律に不備があり、立法府の怠慢が続いている。また内政を見ても時々奇異なことが起こる。ヘイトスピーチ解消法は理念法だと説明されていたが、拡大解釈されて言論が事前に弾圧される事態となった。都知事はやめたが、今でも定員未達の韓国学校に都心の真ん中の新たな土地をなぜ提供しようとしたのかは解明されなければならない。新たに選ばれる議員の方々にお願いしたいことだ。