日本の防衛 漂流と進捗

1.内外の混乱
 東日本大震災から11ヶ月が経つ。やっと10年間という期限付きの復興省ができた。ニュースでは、寒さや就職活動もあって復興ボランティアが不足していると報じられている。徐々にボランティアベースでない仕事に移行しなければ、物事が進まない時期になっているのではないのだろうか。全体の進捗をまとめて分析して問題を設定し仕事を切り分ける人がいないのではないか。
 国会では、増税のための長期の年金試算を出す出さないでもめている。民主党の試算なるモノが出てきたが、政府の試算ではないという。どうして国会で議論しないのか一般人にはわからない。また来週も議論のタタキ台として別の試算も出すという。時間が経つにつれて問題が複雑化し、新しい問題と仕事が増えていく。それでは何も決まらない。
 中東情勢が緊張の度合いを強めている。米軍がイラクから撤退すると人口比率もあって、イラクでのシーア派の勢力が強くなり、イランの影響力が強くなるという。レバノンの急進的なシーア派組織ヒズボラは、反欧米、反イスラエルであり、イラン型の国家樹立を目標としているという。シリアとイランの支持を受けている。イスラエルは、大統領選挙の年ならばこそ、米国のイランへの介入を期待しているのかもしれない。
 1979年の宗教革命以前は、イランは中東で最も米国よりの国だった。2001年の9.11事件の前はハタミ―大統領が米国との関係改善を求めていたが、クリントン大統領が拒否していた。9.11事件以後は、イランでもイスラム主義の昂揚があり保守派の力が強くなった。2005年にテヘラン市長から大統領となったアフマディネジャドは、ホメイニ原理主義者といわれ、挑発的な言葉で平和的な核開発の必要性を論じている。ただ彼自身はテヘラン近郊の村の鍛冶屋の息子で500年続いたユダヤ人の家庭に生まれたいう。
 米国はイランへの経済封鎖で圧力を増しながら、ホルムズ海峡が封鎖されたら軍事介入するという。米国の東海岸では、イラン上陸を念頭に置いた米軍2万人に英仏オランダ軍それぞれ数百人を含んだ合同上陸演習が行われている。面白い顔ぶれだと思ったが、エクソンモービルロイヤル・ダッチ・シェル、BP、シェブロントタルコノコフィリップスなどのスーパーメジャーの母国だった。東シナ海では、中国が日中境界線よりやや内側の自国のEEZ内で新たな海底油田の試掘を始めたという。

2.普天間の固定化のなかでの漂流
 沖縄防衛局長の更迭は中止となった。防衛大臣の人選は多くの人が感じているように適切ではないのだろう。選んだ首相の責任が問われるべきと思う。
 米国はしびれをきらせ、沖縄海兵隊のグアム移転計画の見直しを始めた。これだけノロマな国を相手にすれば仕方がない。海兵隊8000人の移転計画のうち、4700人を先にグアムに移し、残りをハワイやオーストラリア、あるいはフィリピンや岩国に分散配置したいとのことだ。米国の新国防戦略と国防費削減を踏まえたものだと考えられる。
 普天間移転は今回の再編計画から切り離すとのことだが、政府は埋立許可を県知事から国に移す特別措置法は考えないとしているので、県知事や地元が反対し続けているかぎり辺野古への移設は進まない。パッケージとなっていた嘉手納より南の施設や区域返還なども見直される可能性がある。
 しかし米国海兵隊の関係だけで考えれば、米国側の問題は小さくなった。17000名の海兵隊が9000名になるという計画が、先行して12300名となった。米国側が解決すべきグアムのインフラの問題は解消した。フィリピンへの再配置は、フィリピン政府が決めることだが、南シナ海バシー海峡に備える施策として理解できる。岩国への配置は日本側の検討経緯も踏まえた移転経費獲得のための方便とみることも可能だが、岩国からの方が韓国に近いのも事実である。
 沖縄の基地の問題に限らず、ボールはずっと日本側にあり、防衛問題で明確な方針を打ち出せない限り、日本の漂流と混迷が続かざるを得ない。日米が辺野古移転に合意してから長い時間が経ち、米軍の考え方も安全保障環境も誰が見ても変化した。 中国の軍拡を考えれば、沖縄の米軍が削減されている分以上に自衛隊を増強しなければならなくなったとみる。しかし自民党も、民主党も、それを支える国民も、見て見ない振りをする「ダチョウの平和」を続け、大きな舵をきることなく漂流を続けてきた。そうした日本を覚醒させたのが、尖閣諸島における漁船体当たり事件である。
 今月になって、米軍の太平洋軍司令官は、「ホルムズ海峡に自衛艦を」と言っていることが新聞の隅に小さく報じられている。日本には集団的自衛権があり、集団的自衛権があるにもかかわらず、それを行使しないというのは、どう考えても、日米安全保障条約の枠組みを不安定にする。日本は日本の領域で米軍が攻撃されたら、全力でこれを防御し、攻撃してくる相手と戦うべきである。
 ホルムズ海峡を通って日本に来る石油と天然ガスの比率を考えればホルムズ海峡の重要性は良くわかるが、日本は、中東で戦争が起こるたびに、購入した石油資産の権利を手放してきた。アラブやペルシアの人々やユダヤの人々とともに、トルコやクルドの人々とも仲良く過ごしたいというのが日本である。それ故にこそ、多くの国民の反対を乗り越えて、原子力を含めた科学技術を全力で磨いていかなければならないと信ずる。
 それでは全ての戦いを共同して戦わない日本がどのように自衛隊を進化させ、日米同盟を深化させていけるのかというのが本稿のテーマである。 

3.エネルギー危機の一つの見方
 1950年頃、世界の石油は、アメリカとイギリスとオランダの3か国が動かしていた。原油生産の9割、石油精製の7割、石油製品の7割5分は彼らが扱っていた。1990年になると、彼らの扱い高は、原油生産の1割5分、石油精製は3割弱、販売量は4割弱となっていた。
 その原因は産油国による国有化だった。OPECの設立を呼びかけたのは、イラクだった。ベネズエラ以外はすべてイスラム教の国だった。その後の参加国もナイジェリア(イスラム教5割、キリスト教4割)以外はすべてイスラム国家かイスラム教徒が多い国だった。(自衛隊PKOに行く南スーダンキリスト教徒中心の国で、北はアラブ系の国である)
 1967年の第三次中東戦争の中心はイラクで、その後1972年ー1975年に、ソ連の軍事力をバックに石油会社が国有化され石油価格が上昇した。その収入でイラクはシリアに軍事援助をし、シリアにイスラエルを攻撃させたのが第4次中東戦争である。その時、OPECは、米国の友好国には禁油とし日本は狂乱物価と陥ったのが、第一次石油危機である。国際石油資本が衰退したもう一つの理由は、ソ連などの共産圏の石油が大量に出回ったことも大きいという。
 日本はこうしたエネルギー危機に、省エネと技術開発、原子力発電の技術を開発することでそれらの危機を乗り越えてきた。今ではソ連の戦略を破たんさせた陰の主役は日本だと主張する人もいる。

4.民主党政権下における進捗と地政学
 外交安全保障政策においては迷走、混迷、停滞が続いている民主党政権ではあるが、幾つかの点においては明確な実績を残した。2010年6月に防衛省与那国島の上空を通過する「防空識別圏」の境界線を、ようやく領空(領土から12海里)の2海里西側へ半円状に拡大した。2008年以来、与那国島から要望が出ていた自衛隊の基地の整備が本決まりになった。これは中国の調査船に島民が感じた現実の危機感が背景となっている。2012年末にF35の導入が正式に決まったが、同時に武器輸出三原則も緩和された。国際共同開発・共同生産への参加と人道目的での装備品供与が解禁となった。F35自体が多国籍な国際共同開発製品であり、日本がミサイル防衛として米国と共同開発しているモノを欧州でも使いたいという要望が米国から出ていたことが背景にある。
 この政権の最大の成果は、中国や朝鮮について左派の言っていたことはほとんど誤りであることをはっきりと証明したことだ。個人同士の付き合いは別として、国家間においては相互の理解と敬意がなければ友好は成り立たないと実感させられた。むしろ伝統的な戦争学の一部をなす地政学的な「海洋国家」と「大陸国家」の見方がかなり有効であることが確認できた。地政学の文献から、2種類の国家像を抽出してみると興味深い。
 「海洋国家」の関心は交易地と商圏にある。交易が公正かつ公平に行なわれ航海の安全が得られる限り、軍事力の行使に訴える必要もなければ領地をもつ必要もない。海洋国家は交易地の拡大を追求する。大陸国家に対する政策は勢力均衡であり、大陸に強大な国家を作らせないことである。海洋国家が植民地をもてば、基地と制海権を確保すれば目的を達成できるので、植民地自体の内政や産業には介入せず、植民地の外交・軍事権のみを支配することになる。
 「大陸国家」は生存に必要な資源を大地から獲得する。より多くの資源を獲得するためには領土の拡大を追求することとなる。大陸国家の戦争目的は、相手国の軍隊を倒し、敵国を占領することである。大陸に強大な国家が出現して通商が統制されると、実質的に朝貢貿易化すると、海洋国家にとっては脅威である。大陸国家が海洋に進出すると、そのメンタリティから、たちまち交易所周辺の地域を占領しようとする。
 中国が日本各地に巨大な領事館を建設しようとし、尖閣諸島をはじめとする南西諸島を占領しようとするのは、力によって領土は大きくなったり、小さくなったりするのが当然という、典型的な大陸国家の行動特性を持っていると考えることができる。