足元の国際情勢と日本外交の動き

 朝日新聞は9月11日になって謝罪記者会見を開いた。紺屋の白袴とはよく言ったものだ。福島原発に関する吉田調書の誤報取消と謝罪に加えて、付け足しのように慰安婦問題の誤報取消への謝罪が行われた。どちらも誤報ではなくて、事実としては捏造である。責任追及には慣れていても、責任をとることには慣れていないのだろう。第三者委員会による事実の検証と抜本的な改善策の実施を約し、その後の社長辞任を示唆した。日増しに大きくなっている朝日新聞への批判と購読部数の減少がこの日の謝罪の表明となったという。原発事故の吉田調書について言えば、撤退については本人の言葉で明確に否定しているのに、なぜ反対の報道をしたのか疑問である。それだけでも酷いことだが、慰安婦問題については更に酷い。広義の強制性があったことは依然として否定しないまま、吉田証言の嘘に全ての責任を負わせたいようだ。テレビ朝日報道ステーションの謝罪報道も、慰安婦問題を人権の問題にすり替えようとする意図が濃厚である。ただ同時に朝日新聞が財政的に弱ると、ニューヨーク・タイムスのように中国マネーが動いてくると懸念する人がいる。
 朝日新聞グループの責任追及とは別個に、事実について欧米や世界の誤解を解かなければならない。日本政策研究センターから西岡力教授の「慰安婦問題」についての事実を明らかにした反論書が英語と日本語でダウンロードできる。朝日新聞の問題を離れて、戸塚、高木、福島といった日弁連や「人権派」の弁護士の活動もきちんと検証されなければならないだろう。
   http://www.seisaku-center.net/sites/default/files/uploaded/The%20Comfort%20Women%20Issue-03.pdf


(1)タイの東西に大アジア回廊
 9月の初めにインドのモディ首相が来日された。安倍首相とは相互にツイッターでフォローし、メッセージを交わす仲だという。現実的な行政手腕と身ぎれいなことで人気がある政治家である。中国に気は使うが中国の反感を恐れない政治家だという。日本の政府とは、ガンジス川の浄化や医薬産業の技術移転、原子力飛行艇についての協議しているという。州の首相として実績を積んだインド西部のグジャラート州は、インド国内で最も工業生産が盛んな州であり、国内総生産の4割を占める。石油・化学、鉱工業、船舶解体、自動車、繊維などの工業地帯であり、インドの石油化学製品の約7割、医薬品の約4割が同省で生産されている。世界のインド商人はグジャラート出身の人がほとんどだという。
 内閣改造と党役員の人事のあと、安倍首相はバングラデシュスリランカを外遊された。バングラデシュでは、ベンガル湾沿海部の日系企業向け経済特区の整備、電力や鉄道などインフラ整備で、来年度から毎年1千億円以上、4〜5年で計6千億円規模の支援を約束した。首都ダッカ港湾都市チッタゴン、南東部のマタバリを結ぶ一帯のインフラが整備される。バングラデシュ安全保障理事会非常任理事国への立候補を取りやめ日本に譲ってくれたようだ。スリランカでは巡視艇の供与を要請されたことが報じられている。
 今回訪問したバングラデシュスリランカに、いま日本としては同じように多額の経済支援をしているインド、ミャンマーベトナムを加えると、タイの東西にアラビア海南シナ海、南アジアと東南アジアを結ぶ「大アジア回廊」とでも称すべき一つの新たな経済発展地域が出来つつあることが確認される。
(2)東アジアの混乱
 中国では、例年8月の北載河(ホクタイガ)に、共産党大幹部が集まり人事や政策の大筋が決定される。習近平主席は彼の意に反対する長老を今年の会議に出席させないまま、10月から習近平グループが軍の実権を握る人事を決めたという。それで他のグループが納得するのだろうか。ベトナム沖の南シナの石油掘削リグは取り払われたことは、石油利権に関する実権も彼が握ったことを意味するのかもしれない。だからと言って中国の本質が変わったわけではない。
 11月のAPECでの日中首脳会談の開催も決まったという。日本国内の報道を見ると、中国は福田元首相公明党を初めてとする親中派を総動員して日本の態度を軟化させようとしている。ただ日本企業のから独占禁止法違反で違反金を取り出すようでは、ほうっておいても日本企業は撤退するだろう。中国の経済停滞は明らかだが、欧州勢の進出によって経済が何とか保っているのではないか。大気汚染の除去に日本の技術援助が必要だという人もいるが、もともと日本から輸出されたプラントに付いていた脱硫装置を転売していた国に援助をしても意味がない。中国を攻撃しようという国はないので、軍事支出を削減し、環境のために投資すれば良いだけである。
 韓国メディアは日本の朝日新聞誤報取消がどのような意味を持つかはっきり理解していないようだ。韓国政府はそれ以上に理解していないように見える。9月11日の朝日新聞の謝罪と社長の辞意を、韓国メディアはいつもと違って速報しなかった。もうすぐ2週間たつだが、韓国大統領の発言はまだ変わってこない。日本にいる韓国系の人々の民団新聞は、2015年の日韓修好50周年をお祝いムードで迎え、2018年平昌と2020年東京のオリンピックをともに成功させようと言い出した。その意図するところは、準備が進んでいない平昌オリンピックのお金を日本に出させたいのだと解説する人がいる。あれだけ国際的に日本を貶める活動をされたら、お金を出すどころか、韓国とはもっと距離を置くべきと思う日本人が多くなっても不思議ではない。東京都知事が、韓国大統領に頭を下げただけで、彼に対する期待は霧散してしまった。安倍首相をはじめとする政府高官は、日韓は価値観を共有する国だと言っているが、どこに共通の価値観があるのだろうか。森元総理がアジア大会の開会式に出席する際に、韓国大統領と会談するという。態度を軟化させているのだろうけれど、何処から話を始めるのだろうか。
 今月は拉致問題に関する北朝鮮の回答が予定されていたが時期的には遅れている。北朝鮮は土壇場で日本政府に様々な要求をしているようだが、詳細は分らない。米国が北朝鮮接触を始めたという情報がある。一筋縄ではいかないことは覚悟の上だ。拉致被害者17人と特定失踪者883人合わせて900名のうち何人が帰って来るのだろうか。
 渡航禁止措置の緩和を受けて朝鮮総連の指導者が北朝鮮に入った。北朝鮮政府ととともに対日戦略を練っているのだろう。北がはっきりとした成果を出さないならば、彼らの再入国を当面の間、留保すれば良いという人がいる。拉致した日本人を何処かに収容して住まわせている北朝鮮当局は、何人、何処に収容しているかは特別委員会を作らなくとも知っているはずだ。日本に対してすぐに拉致被害者全員の報告ができるはずだという人が多い。
 900人の人質全員が帰って来たと分れば、米国と連携しつつも北朝鮮と国交正常化交渉を始めることを、多くの日本国民は納得するだろう。今度は、核とミサイルに資金が回らないようにしなければならない。日本におけるパチンコ産業の規模は一説に23兆円の売上があるという。10%の経常利益として年間2兆3千億円の利益となる。そのオーナーの95%が在日の人で、残りは日本に帰化した人だという。北朝鮮への送金が制限される前までは、その中から毎年1800−2000億円もの資金が北朝鮮に送られていたという。規制緩和をしても、彼らの送金を復活させてはいけない。日本では本来、法律で禁止されているはずの非公営ギャンブルが堂々と運営されていること自体が、未だに戦後史の大きなタブーの一つである。
(3)ロシアとヨーロッパ
 この秋から冬にかけての最大の課題は、なんといってもロシアのプーチン大統領の日本訪問である。9月9-10日にモスクワで日露フォーラムが開かれ、首相の親書を持って森元首相が訪露した。日露首脳会談の実現に当たっては、ウクライナ情勢が大きなカギを握っている。日本のメディアではウクライナNATOに入り、EUの一員になるといわれているが、はたしてそうか。ロシアからの経済支援、エネルギー支援なしにウクライナは経済的に自立することは難しいのではないか。冷戦の復活をヨーロッパもロシアも望んでいるとは思えないし、それによる経済の停滞感が出ている。そうだとすれば、ロシアも含めて経済が成り立ち、ともに繁栄する道があるはずである。
 停戦合意が成立したというが、足元では双方の制裁合戦の様相を呈している。日本の外務大臣はドイツに行って、情報の収集を図っていたようだ。ただ日露間の平和条約を未だに結んでいない日本は、ロシアとしっかりと対話を続けていく必要がある。
 同時に世界のエネルギー需給に変化が起きていることにも着目しなければならない。世界経済の停滞によって、石油の減産をサウジアラビアが始めた。天然ガスの世界では供給が多すぎて、米国国内のガス価格が下落し、ヨーロッパの3分の1、日本の5分の1になっているという。シェールガスの採算をとるために、米国は「輸出先」を探しているという人もいる。
(4)米国
 米国はシリア国内でも、ISISを空爆をするという。しかし一方で、ISISを空爆した米軍は「空爆してもISISの勢いは衰えない。ISISは空爆で潰せない。今後もISISの伸張は続くだろう」としている。
 ISISについて変な情報も出ている。エドワード・スノーデンは「ISISのバグダディはモサドとCIAとMI6が育てたエージェントだ」「イスラエルは、ISISとイランを戦わせ、スンニとシーアの両方を消耗させて弱体化する策のためにISISを作った」と言い、イスラエルのネタニヤフ首相は、公式な発言として「イスラエルや米国は、ISISとイランとの戦いを傍観し、両者が弱体化するのを待つべきだ」と述べているという。イランの諜報機関の幹部も「ISISは、イスラム教のイメージを悪化させる目的で、敵方(米イスラエル)のシンクタンクによって考案された組織」であり、米国には「ISISは、イラクを永久に混乱させるための米軍の道具だ」と言っている教授もいる。そこまで行くと、世界に自前の情報網がないと分らない。
 米国の安全保障を考えれば、中東と欧州とアジアで同時に3つの問題に対処するわけにはいかないだろう。その意味ではこの秋の日米ガイドラインの調整の行方が注目される。アジアの安全保障にとって最も大切なことは、ロシアを中国側に追いやってはならないことということだ。そこに日米共通の利益があることはハッキリしていると思う。
 ただオバマ政権は、中国との協調、ロシアとの対抗を意識しているようだ。チベットやウィグルで起きていることが、米国の価値観に合うとは思わないが、米国は伝統的に中国に騙されやすい国である。最近出たフォーリン・アフェアーズ誌にミアシャイマー教授が論文が書いていて、西側が攻勢をかけて、ロシアの恐怖心を煽ったことが、今回のウクライナ紛争を引き起こした原因であることを明らかにしていた。「合法的に選ばれたウクライナの前大統領をいびり倒し、最後は、アラブの革命のように武器を持つ街頭デモによって追い出した。これがプーチンにレッドラインを超えたと判断させた。プーチンは、西側が非合法で来るなら、こちらも非合法で対抗すると決意した」とみている識者もいる。自分も同様の見方だ。
 しかしこのところの米軍全体を見れば、毎年5兆円規模の予算の削減に対応し、軍事技術の発展もあるが、現実にはアジアシフトは行われずに、海空重視、米国回帰、中南米重視に動いていた。
 いずれにしても韓国や日本における米国の兵力の削減は、誰が米国大統領となっても、準備しなければならない事態である。日本について言えば、自衛隊の戦闘能力、技量は比較的高いものの、安全保障法制、交戦規程の準備、情報収集機関の整備と人材の育成、国民全体としての軍事常識の教育など、まだまだ普通の国になるためには準備を急がなければならないことが多い。