人材育成と行動面接

 思うところあって、昨年の半ばから、人事の本を集中的に読んでいた。やや古い本だが、人事コンサルタントの伊東朋子さんが、2008年7月に幻冬舎メディアコンサルティングから出された「科学的手法で絶対に成功する採用面接」が個人的にはとても面白かった。もうすぐ就職活動の面接のシーズンが始まるので書いておく。
 ここ10年間に最も進化した経営学の分野は人事論の分野ではないだろうか。タレント・マネジメント、コンピテンシー・マネジメントなどという舌をかみそうな言葉が増えている。大企業において、リーダー人材が質量ともに不足しているという話が下々まで聞こえてくる。人事部や総務部は歴史の古い部だけあって前からなんとなく重々しい存在だったが、「人事が変わらなければ組織は変わらない」、「企業間競争の勝敗は、優れた人材の獲得と育成にある」とまで言われるようになったのは、21世紀に入ってではないだろうか。
 大学における「人材育成」の本も比較的よく読んでいる方だと思うが、企業における「人材育成」の考え方と内容には当然ながら差がある。「知識・教養・語学力」も大事だが、実社会においては「人柄・経験・能力」も前面に出てくるからだ。
 大学と実社会を結ぶ制度として、就職活動があり、採用面接がある。ともすると、企業の人事部は入社人数の確保に追われ、3年で退社したり余剰人員となる人を誤って採用することもあるだろう。それはお互いにとって不幸だ。優れた人材を獲得するためには、まず誰が優れているのかを、面接を通じて見抜かなければならない、それには科学的な方法があるというのが、伊東さんの本の内容だ。
 考えてみれば、マネジメントにおいて、新しい仕事の担当者を決めるときに、「第一印象や明るさ、元気、醸し出す雰囲気、自分との共通点、将来の夢を熱く語れること」は普通は、担当者を選択する理由にはならない。常日ごろ見ている「仕事の進め方、問題解決の仕方、対人関係構築の仕方、行動様式」を判断材料にする。それを入社面接でも実践すべきという考え方なのだそうだ。応募者の「行動した事実」を重視する行動面接は、従来の漠然とした人柄面接よりも、よく能力と適性を見抜くことができるという。
 たとえば、過去に営業経験が全くない学生の「営業力」をどう見抜くのかというと、「過去にどのように他人を説得したか」、「仲間に自分の考えを売り込んだり、影響を与えるためにどのように行動したのか」という質問が有効だという。考え方はいくらでも脚色できるが、どう行動したかという事実はなかなか脚色できないからだ。
 面接の役割を、「人柄の選択」から「能力の選択」に変えていくべきだというのが彼女の主張だ。そして行動に焦点をあてて行動情報を聞き出すという。行動情報は「STAR」つまりSituation/Task状況・役割、Acion行動、Result結果という点から把握していくのがコツだという。
 企業の組織・業種・規模によっても求められる能力は異なる。日本の会社でジョブディスクリプションがきちんとできている所は少ないかもしれない。ただ職場でどのような能力が必要とされているのかが判れば、それは採用計画にも、教育計画にも結び付けることができる。
 学生の採用の場合は、成長の伸びしろ、つまり継続的学習能力も重要だという。それは好奇心の強さに比例しているらしい。また「執着性」つまり、やりきる力は能力開発では身に付きにくいモノだという。様々な環境への「適応能力」と合わせて評価する必要があるという。かなり専門的な能力評価の知識が必要なのかもしれない。
そうはいっても、世の中の変化や必要によって、将来必要とされる人物像は現在とは違うかもしれない。とりあえずのターゲットは会社の中長期計画を踏まえて5年後にどんな人材が必要とるかを分析すべきという。東京オリンピックの時にどのような能力の人が必要になるか、今から準備を始めるべきかもしれない。
 次世代リーダーの発掘・育成に関しては、実際のオフィスと同じような執務室を用意し、そこで、マネジメント・シミュレーション課題を幾つかこなす中で、候補者の反応や行動を観察し評価するという会社もあるようだ。ちょうど、航空機パイロットの訓練を運転シミュレーターでやるような話だと想像した。組織の運営や対応能力の判断をシミュレーションで観察し評価するのだという。それにお金をかけても、変なリーダーを選ぶよりは、はるかに益しということなのだろう。政治家バージョンもあれば、御国のためになるかもしれない。
 ひるがえって大学サイドでは、数年後に必要とされる能力を想定し、大学のカリキュラムを再編成し、リーダーシップのある、好奇心あふれる学生を一人でも多く生み出す仕掛けをどう構築するかが、大学本来の競争なのではないだろうか。