「イノシカチョウ」と「笹に蝶」

 山陽新幹線で姫路・相生を過ぎると岡山県備前市に入る。山間の農業・漁業と焼物の街だ。その備前市が深刻化する鳥獣被害に対して、10月に「シカ・イノシシ課」を新設したという。従来からの猟友会への資材提供や補助金支給に加え、シカやイノシシを活用した料理、革製品の開発などを検討するという。捕獲頭数が急増しているという。今年は異常気象が連鎖しているような気がするが、山にも異変が起きているのかもしれない。
 フランスでは狩猟によって捕獲された鳥獣の料理を「ジビエ」と言う。マガモ、アヒル、ヤマウズラ、キジ、ヤマシギ、ウサギ、シカ、イノシシの料理だ。親しいシェフに聞くと、時にその獲物を持ってきてくれる人はいるが、食材として使えるものは少ないという。銃弾のあたるところによって可食部分が損傷したり、内臓が飛び散って味が悪くなったり、血抜きや解体といった処理が適切に行われていないと食べられないという。ジビエも獲ってすぐに食べるのではなく、数日をかけて熟成させてから料理したいという。赤身の牛肉をおいしくするために熟成させるという知恵もジビエから始まったらしい。加えて、いつも食材として手に入らないとメニューには加えにくいという。本場でも、牧場などで半ば養殖されたり、放牧されたものもジビエとして流通するという。むしろそうなるぐらいでなければ、名物にはならないのかもしれない。
 「イノシシ」と「シカ」とくれば花札である。任天堂の資料によると、花札の歴史は安土・桃山時代の「天正かるた」、江戸時代上期の「ウンスンカルタ」から、江戸時代中期に今の花札ができたらしい。12か月の折々の花が4枚ずつ48枚だ。この枚数はポルトガルのトランプの影響だという。自分は明治生まれの曾祖母に教わったが、子供たちには教える機会がなかった。もう何年もやっていないので忘れかけているが、1月 松、2月 梅、3月 桜、4月 藤、5月 菖蒲、6月 牡丹、7月 萩、8月 芒(すすき)、9月 菊、10月 紅葉、11月 柳、12月 桐である。個人的には旧暦のほうがぴったりとした季節だと思うがどうだろうか。さて「イノシカチョウ(猪鹿蝶)」は、「萩に猪」「紅葉に鹿」「牡丹に蝶」という3枚の札を揃えると役〈得点)になるのである。
 しかし改めて、花札の絵柄と12か月を眺めると、自分には一つだけ違和感があるのが牡丹である。「花の王」とも美人の代名詞でもあるので花札に入るところまでは当然だが、何故それが6月なのだろうか。花の時期が合わないのではないか。これが「笹」に変われば、日本の自然の特徴をよく表している。旧暦6月に笹、タナバタの笹、「笹に蝶」、着物の柄になるくらいだから悪くない。寒冷地の森林には伐採あとは笹になる場合が多いし、ブナ林の下生えにも笹が生える。そのため、日本の植林は、どうしても間伐が必要な大量密植した人工林を志向する。ドイツでは1930年代に人工造林をやめて植林は全部天然更新になったが、日本では上手くいかないのである。
 ところが困ったことがある。竹や笹の花は枯れる前に50−60年に一度しか咲かない上に、その花が咲いて実がなると、その実の栄養価が高く、ネズミが大発生する。しかし翌年は餌がなくて、ネズミは里に降りてきて、人間と競合する。もしかしたらイノシシやシカにも、そうした現象が起きているのかもしれない。昔ならば飢饉である。竹や笹の花が咲くと、食物が無くなり人々は泥を食べるといわれてきたという。そうだとすれば、勝手な思い込みだが、笹を牡丹の花に変えたのも当然かもしれない。季節外れでも、牡丹は牡丹である。