2013年9月 長期政権への胎動

1.2020年東京オリンピック開催の報を受けて
 2020年に東京でオリンピックが開かれることとなった。ソチの冬季オリンピック、3年後のリオデジャネイロ・オリンピックの準備の遅れが報じられていることが、安定感のある東京を選ばせたのかもしれない。
 日本の最終プレゼンテーションの中継をテレビで見ていたが、関係者のスピーチとともに、三笠宮妃殿下のスピーチと安倍首相の原子力災害の質問への答え方が印象的だった。外務大臣、文部大臣に加え、森首相もブエノスアイレスに行かれていたようだ。
 オリンピック開催が決定して以来、日本は久方ぶりに国民的な国家目標を持つこととなった。老若男女を問わず日本全体が再び動き出した感がある。この秋に、消費税の問題をうまく処理できれば、この政権は長期政権となるのではないかと思えてならない。国民は久方ぶりに登場した安心できる政権の心地よさを味わっている。
 安倍首相は、ロシアのサンクトペテルブルグG20を途中で切り上げてのIOC総会参加だった。ロシアでは、シリア問題で対立する米露首脳と個別に会談をされた。中国・韓国の首脳とは、初めての立話をしたという。しかし中国・韓国は、依然として日本が非を認めるまで首脳会談を開かないとしている。そんなものは、どこにもないことを国民は知っている。それならそれで、彼らを相手にする必要がないと思っている日本人が多いことに両国は気が付いていない。
 ロシアでは麻生財務大臣が、インドと日本が500億ドルの通貨スワップ枠設定で合意したという。インドやブラジルなどの他の新興国の経済も急速に悪化しているようだ。ロシアもその例外ではない。「Voice of Russia」を見ると、ロシアは安倍政権に対して一貫して好意的なスタンスである。北方領土交渉とともにシベリアの地域開発やエネルギー開発を考えているのだろう。
2.中国
 中国では共産党内部での権力闘争が始まっている。胡錦濤政権において「中央政法委」を取り仕切っていた政治局常務委員の周永康氏が薄煕来事件に連座し既に軟禁されているようだ。周永康氏が掌握していた石油化学関連の利権の争奪もかかっているという。加えて、バブルの崩壊と貧富の差に起因する社会不安、チベット、ウィグルの民族問題も顕在化している。権力自体の腐敗は著しくエリートほど巨額の預金とともに家族一族を海外に移している。
 中国に進出している日本企業は、中国経済の減速、日中関係の悪化、人件費の高騰などを理由にASEAN諸国へ移転しつつある。 特に製造業は東南アジアを重視し、中国での活動は小売りサービスが中心となりつつある。駐在員に同道していた家族も日本に引揚げ始めている。これには水と空気の公害問題も大きく影響している。
 サンクトペテルブルグでの日中首脳の立話の意義は小さくはないが、これについて世界に住む中国人にアンケートを取ると首脳の握手程度では関係修復などあり得ないと考える人がほとんどだという。中国が日本に戦争を仕掛けるのは、国内の不満をかわすためであり、日本が原因というわけではない。もはや戦争を仕掛けることでしか国内が収まらないという。
 ゴールドマン・サックスは、中国の不動産バブル崩壊よって不良債権の総額が最大300兆円規模に達する可能性があるとの試算を発表した。1990年代の日本の不動産バブル崩壊後の不良債権損失額は100兆円だったし、2008年のリーマン・ショックではやはり300兆円の損失が発生したとされる。
 9月9日には「国籍不明」の無人機が中国から飛んできた。その数日前には中国の長距離爆撃機宮古島方面に飛んできた。たちまち尖閣諸島を武力で獲ることは難しいので、心理作戦で日本国民の動揺を誘う作戦を行っている。
3.韓国
 韓国は李明博前大統領が竹島を訪問してから1年になるが、韓国の与野党とも自らの不人気、国民の不満を反日問題に転嫁しようとしている。G20でも朴大統領は、日本は過去の歴史を無視していると非難している。日本では朝鮮近現代史の書籍の出版が相次いでいる。彼らのいう歴史を学べば学ぶほど、何が問題なのかと聞きたくなる。惜しむらくは、こうした文献は学術書でない限り、よほど過激なことを書かないと英語に翻訳されることは少ないのではないか。
 さて最近の韓国は安全保障も経済も中国に委ねようという方向に動いているようだ。韓国の中国向け輸出は全体の25%を占めるので当然かもしれない。韓国の対中投資額は565億ドルで中国の対韓投資規模の12倍を超えるという。韓国が中国側につくのは彼らの選択だが、中国の混乱の影響をもろに受けそうだ。
 2015年の米軍からの作戦指揮権移譲は予定通り進むのだろうか。朝鮮戦争の時は、米第八軍の指揮下にあり、米顧問が大隊までに配属されていて、作戦指揮は米顧問がとっていたという。もっとも朝鮮戦争自体、韓国と台湾をアメリカの防衛前線とした「アチソン・ライン」の外に置いたことによって起きたというのがハルバースタムの「ザ・コールデスト・ウィンター」の見立てである。そのことに異論があるわけではないが、個人的にはアチソンが何故そう考えたかに興味がある。作戦指揮権移譲がなされた後、米軍は朝鮮半島に留まり続けるのだろうか。力の空白は乱気流を生じさせる。
 話を歴史を学ぶための韓国現代史の文献に戻す。3月8日の中山成彬議員の「従軍慰安婦問題」がねつ造であることを証明した国会質疑に協力された水間政憲氏が2月にPHPから出された「ひと目でわかる「日韓併合」時代の真実」の写真をみると、日本政府が、日韓併合時代に現在の物価換算で14兆円にもわたるインフラ整備を行ったことの凄さがよくわかる。世界最大級の水豊ダム、東洋随一のハイテク橋だった鴨緑江鉄橋、上水道と下水道の整備、道路、学校、駅舎の建設当時の写真資料が添付されている。その設備の立派さには本当に驚かされる。
 4月には、時事通信の韓国特派員だった室谷克実氏の「悪韓論」(新潮社)が出た。韓国の公式統計や代表的な新聞報道を逐一引用して悪韓論を書き上げた。韓国の日常的な腐敗、売買春天国の在り様には驚かされる。それにしても「息を吐くように嘘をつく」というフレーズは強烈だ。普通の日常生活では、とてもそんな表現を使うことはできないが、日本で出ている韓国関係の文献ではよく眼にするようになった。
 7月には、ハート出版からヨーコ・カワシマ・ワトキンスさんの「竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記」の邦訳が出た。1986年にアメリカで刊行後、数々の賞を受賞し、全米の中学校の教材として採択された名著の待望の日本語版である。大戦末期のある夜、小学生の11歳のヨーコは「ソ連軍がやってくる」とたたき起こされ、母と姉・好(こう・16 歳)との決死の朝鮮半島逃避行が始まる。欠乏する食糧、同胞が倒れゆく中、抗日パルチザンの執拗な追跡や容赦ない襲撃、民間人の心ない暴行もかいくぐり、祖国日本をめざす。終戦前後の朝鮮半島と日本で、日本人引き揚げ者が味わった壮絶な体験の物語だ。
 8月23日には、ジョージ アキタらによる「日本の朝鮮統治を検証する1910-1945 」が草思社から出版された。2人の米国人研究者が、あくまでも史実に基づき、可能な限り客観的に朝鮮統治を検証し、日本の統治政策が「当時としては驚くほど現実的、穏健かつ公平で、日朝双方の手を携えた発展を意図した」ものであり、朝鮮の近代化に貢献し、戦後韓国の奇跡的な発展に繋がったことを明らかにした。米国においてこの10年程の間に進んだ日本の朝鮮統治に関する実証研究は、苛酷な植民地支配ではなかったことを論証している。
4.消費税
 消費税の議論が活発になってきた。財務省の働きかけもあって、多くの有識者、多くの与党の政治家は予定通り消費税を2014年4月から8%に上げるべきだという。個人的には浜田宏一先生や、静岡県立大学の本田さん、日本経済研究センターの岩田さんの言うように1%ずつ毎年あげていくというやり方で行くべきだと思えてならない。というのは未だデフレ脱却が図られていないからである。
 多くの人は忘れているが、1年前の夏、2012年7月の株価の日経平均は8700円を割っていて、経済には全く展望がなかった。9月26日の自民党総裁選の時も安倍首相だけが大胆な金融緩和を唱えていた。他の候補の政策は、ほとんど財務省の言うがままの政策で、民主党政権と何の差もなかった。現在、消費税を予定通り引上げろといっているのは、主として財務省の言うとおりのその他の候補者陣営だった。
 社会保障に対応するには消費税を上げていく必要があるが、日本の経済にやっと明るい兆しが見えてきたのに、ここでデフレからの脱却を確実にして経済成長していかなければ財政再建もできない。増税を決めたうえで、法人税の自然増収がはっきりしているために、大型の補正予算を組むという。
 現在、財務省の意見から離れて物が言えてる人は、浜田先生や本田さん、岩田さんたちぐらいではないだろうか。テレビのキャスターは総じて不勉強だし、新聞や大企業経営者は税務調査が怖くて何も言えなくなってしまっている。消費税の重要性はわかるが、1000兆円を超える国の借金の半分は資産と相殺されるし、自国民から調達されているので、あまり問題にはならないはずだ。
 4-6月のGDPも速報の年率2.6%から年率3.8%に改定されたので、景気は良くなったという。本当にそうだろうか。GDPの報道を子細にみると、総合的な物価の動きを示すGDPデフレーターは前年同期比マイナス0.5%と速報値(マイナス0.3%)から拡大している。つまり速報値の時点よりも「デフレがもっとヒドかった」ことが判明したために、実質成長率は上方修正された」のである。つまり「デフレ脱却は道遠し」と報じても良いのである。これから秋にかけて、製品の値上げや、本来、物価に連動して下げるべきだった支給額の是正が始まる。米国経済は少し明るさが出始めているものの、これから予想される中国のバブルの崩壊は、リーマンショック規模の衝撃があるといわれている。ゴールドマンサックスに続いて、シティバンクもこの8月に中国4大銀行の株を売却した。中国国内の権力闘争も一段と激しくなっている。中国国内の矛盾は日本に転嫁しろというばかりに、中国の爆撃機無人航空機による沖縄の威嚇恫喝が始まっている。さらにシリア攻撃が始まるのかどうかわからないが、中東情勢が混迷の度を加えてエネルギー価格はさらに上がりそうだ。
 もっとも可笑しなことは、「消費税の引上げは決まっているから仕方がない」と多くの人を説得しながら、安倍総理が10月に決断すると言って何ら矛盾を感じていない人が言論人が多いことだ。消費税の引上げのタイミングはまだ決まっていないとみても良いのではないか。
 バランス感覚に優れた菅官房長官は「総理はデフレ脱却の鬼だ」と発言してみせた。理屈から考えれば、デフレ脱却が経済政策の最重要課題ならば、消費税の引上げは延期するか、年々1%の引上げにすべきだ。それが浜田先生や本田さん、岩田さんの考え方のようだ。もしそうした考えにのっとって経済政策が進められるならば、安倍政権の長期政権への胎動が始まったとみて良いのだと思う。