素晴らしい経験ができる街を創ろう 街づくりノート1

 「経験経済」(Experience Economy)という言葉は耳慣れない言葉かもしれない。時代が過ぎるにしたがって、経済的価値の本質が、「コモディティ」、「商品」から「サービス」に移り、今後は「経験」に移ってくるのではないかという仮説だ。サービス経済が成熟してくると、サービス業においても価格競争が始まる。そのなかで付加価値をとるためには、「経験」、すなわち、「顧客を魅了し、サービスを思い出に残る出来事に変えること」が追求されるようになる。
 「経験」には4つの領域がある。演劇やコンサートなどの「娯楽経験」、テーマパークのアトラクション、カジノ、スポーツカーレースなどへの参加といった「脱日常経験」、学校やカルチャースクールのような「教育経験」、美術館やパリのカフェに座りぼんやり眺めるといった「審美経験」である。これらの領域が重なり合えばあうほど、「経験」は豊かになる。たとえば、エデュテイメントという言葉があるが、これは「娯楽経験」と「教育経験」の重なった領域を指し、そこでは様々なビジネスが生まれている。街並みや自然環境の美しさは「審美経験」の領域であり、その中での店員さんや街の人々との触れ合いは、客席と掛け合いをしながら進められる即興劇という「娯楽経験」と考えることができる。
 商品やサービスを提供する際に、これらの経験領域を重ね合わせて、如何に豊かな経験を作り出せるかが今後の企業間競争の鍵となるものと思われる。こうした考え方は、今後の地方間競争の時代における都市の経営や街づくりにも応用できる。豊かな自然を基盤とした農業・漁業とその加工品、別荘・マンションや観光を中心とするサービス業が主体の地域においては、特に有効な考え方ではないだろうか。
 「娯楽経験」の観点からは、顧客を引きとどめておくためには、どうすればもっと面白く楽しめる経験を提示できるかを考えてみよう。特に天候が悪いときにその地域でどのように過ごすことができるかは、依然として大きな課題である。
 「脱日常経験」の観点からは、顧客が夢中になって参加できることは何かを考えよう。その地位ではどんなメニューが提示できるのだろうか。
 「教育経験」という観点からは、どんな情報や活動が、顧客や顧客の子供・孫といった家族の知的好奇心やスキル獲得意欲を刺激するかを考える必要がある。今後ますます重要となる自然・環境・エネルギー・健康・趣味・余暇についてどのような教育経験が提供できるのか、教育関係者だけではない幅広い議論がおこっても良いと思う。
 顧客をいつまでも“そこに居たい”と思わせる力である「審美経験」という観点からは、街をより魅力的で興味深く快適にするためには何ができるのか、顧客が自由に“居る”ことができるような雰囲気を如何に演出できるかを考えよう。救急医療も含めて、老若を問わず、安全で安心な、そして、心楽しくなるための街づくりが必要だと思う。また一企業、商店、個人だけでは実現できない街並み景観のデザインはどうあるべきか、またそれを如何に実現していくかについての議論を始める必要があると思う。
  *コモディティ:農産物、水産物、鉱物など自然の産物・素材。
 **参考文献:「経験経済 エクスペリエンス・エコノミー」B.J.PineⅡand J.H.Gilmore著、電通「経験経済」研究会訳、2000年2月、(株)流通科学大学出版