コミュニケーション能力についての備忘録

1.就職活動とコミュニケーション能力
 やや旧聞になるが、昨年7月に発表された経団連アンケートによると、新卒の採用選考時に企業がもっとも重視していた能力は「コミュニケーション能力」だという。9年連続で第1位だそうだ。これに「主体性」と「チャレンジ精神」の続くという。ここ数年、教育や就職関係の資料・文献を読むことが多いが、このコミュニケーション能力という言葉が、実に色々な場面に登場する。コミュニケーション能力には様々あることは承知しているが、大雑把に国語力と考えて話を進めたい。
 10年程前の県立商業高校の就職指導の先生たちの座談会の記録を読んでいると、商業高校の出身者は国語力と語彙力が無いために、就職しても、周りの人とコミュニケーションがとれず、すぐにやめてしまう生徒が多いというのが先生方の一致した認識だった。だから国語力こそ生きる力だと考えて授業に力を入れていると語られていた。実は2年前に同じことを大学生の就職活動支援の専門家が言っている。彼に言わせると、ニートといわれるグループの人たちのコミュニケーション能力は、総じて劣っているという。
2.国語能力と入学試験
 中学受験が専門の塾の先生に言わせると、入学が難しい大学受験の名門中高一貫校ほど、国語の試験で記述式の入学試験問題の比率が多いという。数ある教科の中では国語の能力がもっとも大切なのだという。大学受験で大きな要素を占める英語にしても、英文和訳の試験は英語の力もさることながら、国語力の試験と考えて良いのかもしれない。ほかの教科書も、日本語で書かれているので、日本語の力が大学入試には直結するというのである。
3.国語能力と語彙力
 少し学術的な文献には、成績の良い子は、勉強ができない子の4.6倍の語彙力があると書いてあったりする。また外国語の能力はいくら努力しても、その人の母語の能力を超えることはないというのが定説である。日本語の語彙が貧しい日本人の英語やフランス語は、同じように語彙が貧弱だという。ただ、それぞれの言葉に必要な基本語彙数には差がある。基本的な日常会話をするのに、英語やそのほかの言葉では2000語が必要だという。2000語というと、少し前の中学3年間に英語で習う語彙数が2000語と言われていた。今はゆとり教育で語彙数がへらされて1600語とか1800語というレベルらしい。
 日本の大学に来る留学生に長年、日本語を教えている先生は、日本語の基本的な日常会話には、6000語が必要だと言っている。基本語彙としての2000語と6000語の差がどうなっているのかを勉強したわけではないが、それぞれの専門家の話をそのまま受け売りし、数の数え方にしても、幾つと言う場合もあれば、何頭という場合もあるので日本語は3倍難しいと説明することにしている。本当は、日本人にとっても英語は難しいので、2つの言葉や文化に距離があるといった方が正確なのだろう。
 日本語の上級者と初級者を比べると、その語彙には質・量ともに大きな差があって、それは言語の運用能力を、かなり反映しているという。単語を覚えただけではその言語を上手く使えるようになるわけではないが、単語を知らない人は、言葉を上手く使えない。そうした状況は英語でも同じだ。例えば、TOEICで100点成績を上げるためには新たに単語1000語をマスターしなければならないといわれているようだ。
 日本語の語彙力がどの程度必要なのか考えたこともなかったが、小学生レベルで5000から2万語、中学生レベルで2万ー4万語、高校生で、4万ー4万5千語、大学生だと4万5千−5万語とされているようだ。英語の語彙数の調査を読むと、小学校に入る前の子供は、やはり1−2万語の語彙を習得しているというのである。基本会話に必要な語彙数の差はあっても、この数は日本語と英語で変わらない。基本語彙とこの1−2万語の差が何であるかは、よく判らない。大人が友人や家族といった気のおけない相手と交わす会話で用いている語彙は、大学卒業者であっても、どうも、この1−2万語ではないかと言われているようだ。
4.語彙の習得と読書
 どうやって子どもの語彙数が増えていくのかというと、初めは、当然ながら母親や家庭環境やテレビの影響が大きそうだ。3歳ごろから絵本や雑誌など読んでいるときに、自然と新たな語彙を獲得しているのだという。
 これから素人なりの計算を展開してみる。1日25分間の読書をしたとすると、1分あたり200語のスピードで年間200日読むと仮定すれば、子どもであっても、年間100万語の言葉に接していることになる。経験的には未知語が現れる割合が3%以下の場合ならば苦労なく意味を推測できるという。読まれるテキストの中に1.5%から3%の新しい単語が含まれているとすれば、子ども達は最大で年に15000〜30000語の新しい語に接することになる。テキストから未知語を習得できるのは最大でその未知語の15%を獲得することができるそうだ。子供達が年間15000〜30000語の未知語に接しているのなら、最大で年間に2250〜4500語の言葉を覚えることになる。言葉を習得する年齢では、1日平均で6〜12語を、自由な読書から習得していることになる。もっともこの数値試算は、高めに出ているようだ。8〜28週に渡りアメリカの5年生について放課後の活動を調べると1日に20分以上本を読む者は全体の10%に過ぎなかったと報告されているからだ。
 日本語での調査事例として、岸本裕史先生の調査がある。岸本先生は、小学1年生と6年生に、先に述べた国語辞典を使った簡易なボキャブラリー・サイズ・テストを行い、あわせて読書量や読書スピードを調べて、ある年齢の人々が平均してどれくらいのボキャブラリーを持っているかを調べた文献がある。
 その経年変化を観察すれば、習得語数が出てくる。調査データによれば成績最上位グループは1年につき5000語を習得しているという。語彙数と読書量の相関もさることながら、小学1年の時には、成績によって、習得語彙数が、2000語から7000語であるのに対し、6年生になると、習得語彙数は8000語から37000語と大きく開いているという。それだけ読書量の差があるのかもしれない。
 コミュニケーション能力についての文献の整理をするつもりが、いつの間にか習得語彙数の話になってしまった。