エネルギーを中心とした内外情勢

  1.安倍内閣の始動
  2.麻生財務大臣の為替レートの見方
  3.北極海航路とロシア
  4.発送電分離の是非
  5.南アフリカの石炭液化技術
  6.中国の水増しと水不足
  7.米国シェールガス革命と雇用
1.安倍内閣の始動 
 今年の冬は思いのほか寒くなった。その原因は北極で氷が解けて、低気圧の位置が変わり、寒気団が南下してきたことが原因だという。日本では「地球温暖化」といわれるが、政府間委員会の名称のIPCCのCCは気候変動(Climate Change)だった。少し時間軸を長くしてみると、気候変動が、政治経済の変動となってあらわれつつあるのではないか。
 あまり思い出したくないが、民主党政権の最初の失敗は、自分の記憶では「2020年までに、CO2を1990年比25%削減(2005年比で30%)する」と宣言したことから始まった。条約参加の条件としていた米国も中国も結局参加しなかった。15%削減でもその実行は難しいとされていたが、何の計算と検討もなく25%削減としたとしか思えなかった。3年後の総選挙では、様々な政党が10年20年で原発ゼロと言い出したが、選挙に入る直前のドサクサにまぎれて、民主党政権は、2030年代に原発をゼロにすると、家庭の月当たり電気料金は現在の15千円から32千円になることを発表していた。明らかに国民に対して不誠実だった。そして未熟だった。
 自民党政権が26日に成立し、その日からフル回転で多くの政策の見直しが始まった。全速前進“Full Steam Ahead”という言葉が適切に感じられる。自民党は総選挙で原発立地の県で全て勝った。滋賀県の女性知事を看板にした日本未来の党は分裂し事実上消滅した。小沢グループは別の政党を立ち上げるという。
 新政権がしたことは、まず拉致被害者の会と面談することだった。最初の視察は、福島原発と、警戒区域が今春解除され村民の帰還を進めている川内村だった。誘致した金属加工場を視察し、「働く場があって初めて帰ろうということになる。我々も(支援を)スピードアップしていきたい」と語った。物事の考え方が、まともだと感じるのは自分だけではないと思う。「原発安全神話の中で原子力政策を推進してきた反省に立って、復興に取り組み、責任あるエネルギー政策を進めていく」とし、「復興行政が縦割り化している」とも指摘し、根本匠復興相に態勢見直しを急がせる考えを示した。一つ一つの言葉の奥行きと適確さを感じる。
 中国、韓国を除く各国首脳との電話会談も盛んに行なわれているという。ロシアのプーチン大統領北方領土問題について話あうことになったようだ。その内容が具体的なので少し驚いた。ロシア側からのリークもあったのかもしれないが、着実に進展しそうな報道だ。
2.麻生財務大臣の為替レートの見方
 麻生財務大臣の発言にもグッと安心させられた。主要3通貨のうち円高は突出していると指摘。同時に米国に対してドル高政策を取るよう注文をつけたという。 2009年4月のG20の首脳会談で「通貨安競争はやらないという約束をした」が、当時に比べても円高水準にあり、その上で約束を守ったのは日本だけだとし、「外国に言われる筋合いはない。通貨安に急激にしているわけでも何でもない」と強調した。さらに「通貨が安くなるといって良かったと言っているのは輸出している人達だけ。輸入している人は通貨が安くなれば迷惑する」とも述べたという。こうした発言が報じられれば、誰だって安心する。世界は何故、総選挙で民主党が大敗したのかを納得したのではないか。
3.北極海航路とロシア
 10月、11月に北極海航路の開発が進んだ。ロシア政府系天然ガス独占企業のガスプロムは、北極海航路を利用したLNGの輸送に世界で初めて成功したと発表した。同社がチャーターした輸送タンカーが、北九州市戸畑区の受け入れターミナルに到着した。地球温暖化による海氷減少に伴う同航路の活用に向けて弾みがつきそうだ。ノルウェー北部ハンメルフェストを出発。原子力砕氷船も伴走しながら、バレンツ海、カラ海、ベーリング海峡などを経由し日本に到着した。シェールガスが米国で出始めて、行き先のなくなった中東の天然ガスが欧州で販売され、玉突きで、パイプラインを使ったロシアの天然ガスの販売量が落ち込んでいるという。この航路の開発によって、欧州向けのパイプラインの経由国の要求を抑えるとともに、ヤマル半島などでの大規模なガス田開発とアジアを結びつけたいと考えているのだろう。
 ガスプロムによれば、北欧から北東アジアに輸送する場合、北極海航路を使えばエジプトのスエズ運河を経由するルートに比べて距離換算で約40%、日数換算で約20日の短縮が可能となるという。今回の航海では、前半のバレンツ海やカラ海でほとんど海氷がなく、その後、ラプテフ海からベーリング海峡にかけて最大で厚さ30センチの海氷に遭遇したという。
 北極海航路(Northern Sea Route、NSR)はロシア・シベリア沖の北極海を通って大西洋側と太平洋側を結ぶ航路である。ヨーロッパから北西に向かい北アメリカ大陸の北を回って大西洋と太平洋を結ぶ「北西航路」と対をなす。年間で夏期の2ヶ月のみだが航路として開通するようになったが、北極海の海氷の範囲が縮小し氷結する期間も減っているため、航行可能な期間が長くなりつつある。海賊問題に悩まされるマラッカ海峡経由のルートより短い上に治安も悪くなく、さらにロシア北方の資源をアジアやヨーロッパに運ぶのに適している。ただ一年で使える時期が短いこと、砕氷船の同行も必要なこと、沿岸の港湾も整備されていないことから採算がとりにくかった。プーチン大統領は首相だった2011年から、北極海航路を再建し、世界的動脈へと整備することを目指している。
 北極海の氷は1980年代と比べると、半分以下になった。北極海航路沿岸のロシア港湾には年中凍らない不凍港がある。西から、コラ半島のムルマンスク、カムチャツカ半島のペトロパブロフスク・カムチャツキー、日本海側のウラジオストクやナホトカである。使用可能な期間の問題、海氷の問題、磁気嵐による無線通信や衛星測位システムの問題などがあるが、エジプトのスエズ運河を経由する従来のルートよりも日数で約20日間も短縮が可能で、原発停止で発電用のLNG需要が急増し調達先の多様化が課題となっている日本には朗報だ。
 米国地質調査所の2008年の分析では、北極圏の資源量は、石油が約900億バレル、天然ガスが1670兆立方フィート。世界全体の未発見資源量から見ると、石油は13%、天然ガスは30%も占めている。まさに「宝の山」が眠っている。400以上の石油・ガス田が発見されているが、生産に至っているのは2割にも満たない。ただ、ガスプロムは、今年の夏、新規のガス田開発の無期延期を発表した。コスト高が理由だった。他社の動きも鈍くなった。北米の「シェール・ガス革命」で天然ガス価格が下がることを考慮すると、ここ数年で過熱気味だった北極圏開発熱は、少し落ち着きそうだ。
4.発送電分離の是非
 発送電を分離し電力を自由化すれば、供給と発電設備が増え、結果脱原発が可能と主張する政党が総選挙期間中にあった。しかし、自由化が脱原発の切り札になる可能性は極めて薄いのではないか。他国の事例研究からそう結論付けることも可能ではないだろうjか。ソフトバンク孫社長は「送電事業には事業と旨みがない」と発言しているようだ。必要な投資額に対して、現在の送電料金では利益が上がらないという。
 送電線網が国境を越えて連携している欧州では、電力融通は比較的簡単だ。原発を停止したドイツも近隣諸国と電力の輸出入ができる状態にある。特に隣国フランスは原発により全発電の80%を行っており、電力供給に余裕のある世界最大の電力輸出国だが、1−2月に寒波になると、フランスの電力需要は急増し、輸出余力はなくなった。ドイツでも寒波により電力需要は急増したが、頼みのフランスから電力は来なかった。このため、ドイツは停電寸前だった。多くの原発が停止したままの日本の電力供給の状況も綱渡りであることはハッキリしている。気候次第で、発電所のトラブル次第で停電が起きる。これはこれから、人口が老齢化し、自動制御やロボットを多数導入し生産力を維持しようとする日本にとって電力品質の悪化と価格の倍増は悪夢である。
 もう一つ気になっているのは技術革新の動向であり、送電ロスの問題である。2011年の電力の安定供給に向けた産業構造審議会が指摘したの技術開発テーマには発電技術とならんで、「超電導技術を応用して送電時の電力損失を現行の10%程度まで引き下げる技術」が挙げられた。超電導省エネルギーを進める上で大きな期待を背負う技術である。送電の距離によってロスの大きさも異なるが、日本全体では発電量の5%程度が送電時に失われているといわれる。100万kWの原子力発電所稼働率も考えると、送電ロスは原発10基分に近いものがある。
 さらに、超電導線を送電施設だけでなく、モーターや発電機に応用すれば、無駄な発熱を極めて低く抑えることができ効率は大いに向上する。今後普及すると見られる電気自動車のモーターなどを超電導化すれば効果も大きい。1986年に始まった高温超電導の開発だが、ここにきてようやく本格的な応用の時代に入ろうとしている。発送電分離によって、その技術開発がスピードダウンすることは許されないと考える。
5.南アフリカの石炭液化技術
 現状の化石燃料の価格では、石油火力の燃料代は先述の通り1kW時14から15円、天然ガスで9から10円、石炭で3から4円だ。将来の価格は予測不可能だが、今までの化石燃料価格推移をみると、石炭が最も安い。埋蔵量、生産量から考えれば、将来も多分石炭が最も価格競争力がある。
 南アフリカのサソール社の石炭液化技術が注目を浴びている。サソールは南アで消費される輸送燃料の30%を供給している。同社の技術は間接法石炭液化技術で、石炭を合成ガスに転換した上で、フィッシャー・トロプシュ法 で、一酸化炭素と水素から触媒反応を用いて液体炭化水素を合成する。触媒としては鉄やコバルトの化合物を使う。液化石炭はガソリンに代わる燃料として、20年以内に世界各地で利用されるようになると見られている。液化石炭は自動車や列車だけでなくジェット機の燃料にもなる。しかも環境にやさしく経済的なうえ、多くの地域で簡単に手に入るとという。石炭液化は目新しいものではない。1920年代にドイツで開発され、ナチス軍用車両に利用されていた。しかし最近まで、石炭液化技術はコストが高すぎた。03年までの20年間、原油価格は平均1バレル=25ドルにとどまっており、1バレル=45ドルの液化石炭の出番はなかった。エネルギー安全保障の面で有益で、地球温暖化対策にも威力を発揮するとみられている。世界全体の生産量は今のところ日量15万バレルだが、2020年には60万バレル、30年には180万バレルに増える見込みだ。米国でも9つの州が液化石炭の生産を検討していたが、シェールガス革命でどうなるのであろうか。
6.中国の水増しと水不足
 「経済成長は本物でなければならず、水増しはなくすべきだ」との習近平総書記の発言が波紋を広げているという。発言があったのは11月末、経済専門家との意見交換会の席上だという。中国では地方政府が発表した域内総生産の合計が、中央政府の国家統計局が発表したGDPを上回る事態が続いている。 2011年の中国のGDPは約47兆元(約649兆円)だいうが、31省・直轄市自治区の域内総生産の合計は約52兆元と差は約5兆元だという。中央政府が地方政府幹部を評価する際にGDPを重視してきたため「地方幹部が成績を上げるため水増ししている」と指摘されている。
 実は、誰も言わないが、世界のエコノミストは実はもう一つ経済統計の水増しがあることに気が付いている。それは本当にIMF・世銀グループの中国に関する経済統計が正しいのかという疑問である。
 来春退任することが決まっている中国人民銀行の周小川総裁は最近、言いたい放題のようだ。「金融改革は国務院に阻害されている。具体的な政策、明確な規則、はっきりとした指針がなければ、改革のしようがない。不動産市場は、6年前には問題が現れていたにもかかわらず、皆嘘をつき数字をでっち上げたていた。不動産バブルは早くはじけたほうがいい。“安定が第一”のスローガンで真実を隠すのであれば、国は大きな代償を背負うことになる。犯した間違いを反省も公表も総括もせず、不動産バブルや巨額な不良債権、海外投資の損失を後任者に負わせている。地方政府は業績のため、粉飾を行い、返済できないほどの巨額な債務を作り出した。しかし、幹部の責任は追究されず、昇進している」
 中国の水不足が言われてからだいぶ経つ。黄河の断流だけでなく、南の揚子江も同じようになるとも言われてきたが、その予言が当たり始めています。南水北調どころではない。中国の場合、量的不足だけでなく、環境破壊によって水質が悪化している。打開策は外国しかないという。日本の国土と水を狙うというひともいるが、それだけではとても足りない。狙いはロシア、アメリカ、カナダ、豪州だと言われている。特にロシアには無理やり入り込む可能性がある。そのことがロシアが日本との協力を考えている一つの要因となっている。
 もう一つ水不足の影響がある。中国には米国より大量のシェール石油・ガスがあるとみられている。問題は、その大半が乾燥地帯や人口密集地にあることだ。石油会社は岩の水圧破砕に必要な量の水を確保できないのではないかと懸念している。「水平採掘装置を作るためにはほぼ常に、基本的に誰かの水田である丘の斜面を部分的に破壊しなくてはならない」と述べた。
7.米国シェールガス革命と雇用
 米国エネルギー省は月次短期エネルギー見通しで、2012年の米国内の原油生産が前年比13%以上増加し日量640万バレルになるとの見通しを示した。日量76万バレルの増加となり、1850年代に米国で民間の原油生産が始まって以来最大の伸びになるとしている。2013年については、日量710万バレルと予想し、シェールオイルの生産拡大で20年ぶり高水準になるという。ノースダコタ、モンタナ、テキサス州のシェール層での掘削活動が増えるという。
 ダウ・ケミカルはこのシェールガスを原料に使い、米国内でのエチレン生産を本格化する。40億ドルを投じてテキサス州に新工場を建設すると発表。2017年の稼働を目指す。新工場の生産能力は年150万トン。住友化学サウジアラビアの合弁工場(年130万トン)を抜いて世界最大規模となる。新工場をテキサス州に置くのは大型のシェールガス田があるため。ダウ社は09年に閉鎖したルイジアナ州のエチレン工場も今年末に再稼働させる。シェルも米国内にエチレン工場を建設する方針で、大型のシェールガス田があるペンシルベニア州を建設の候補地に選んだ。投資規模は数十億ドル、取引先などを含めて1万人の雇用創出が見込めるという。鉄鋼では、ヌーコアが天然ガスを利用する「直接還元鉄」を米国内で生産する計画だ。7億5000万ドルを投じて新工場を建設する。
 シェール革命は1990年代終盤、テキサス州フォートワースから数マイル北に最初の近代的シェール井が掘削されたときに始まった。莫大な金銭的リスクをいとわない独立系小規模会社数社が技術を切り開いた。この技術と鉱物権を保有し利益の一部を得る代わりに土地を売る用意のあった地主、ウォール街によるシェール事業への資金供給、更には既存の大型パイプラインや多数の掘削リグの存在の組み合わせは米国以外には存在しない。米国のシェール鉱床より大きい可能性もあるとシェール層は世界に多くあるといわれているが、米国以外では通常、鉱物権は政府が保有しており、地元民には大規模な商業採掘を我慢する見返りがほとんどない。海外の地質学者はシェール層のある場所を知っているが、そこの岩に破砕技術を使えるかどうかは知らないという。
 総選挙のとき、シェールガスが安いので、シェールガスによって日本のエネルギーを賄うべきと主張する日本の政治家がいた。それが可能ならば、それにこしたことはないが、自国の雇用が問題になっているときに、米国経済復活の鍵となる資源を外に供給するだろうか。エネルギーは食料とともに自由貿易の対象とはなりにくいのではないか。