復興と強靭化へのリーダーシップ

 安倍内閣がスタートした。重厚な布陣だ。「全閣僚が経済再生、復興、危機管理に心がけよ」との指示がでているという。重要な課題は複数の大臣が担当するように組み立てられているようだ。チームとしての連携重視ということだろう。
1.最初にやるべきことは福島原子力災害への対応か
 選挙後の政治評論、メディアの意見では、サンデー毎日岩見隆夫さんの考え方が自分には一番しっくりきた。「憲法改正によって、国防軍の創設をと安倍さんが言ったとたん、右傾化批判が集中した。国防軍は右傾化でも危険でもない。自衛隊を正しく“軍”と言い換えようという当然の話で、それを認めようとしない風潮のほうが危なっかしい。国防軍論争は、十分に緊急性があると思う。メディアはせっかちに世論調査するのでなく、論争の深化を助けるのがいい」という。
 7月の参議院選挙まで、国会スケジュールを考えれば、予算と経済中心の国会にしないと時間が足りないそうだ。2月中に10兆円規模の補正予算を仕上げて、5月に本予算というスケジュールだという。対立点や争点は、参議院選挙後に決着をつける方針だという。ただ現在の経済問題は、経済以外の問題と結びついているところに難しさがある。論争の幅と深さ、そして何よりも問題設定の順序が問われている。
 昨日から、かねて読みたかったケビン・メア氏の「決断できない日本」(文春新書、2011年8月)を読んでいる。メア氏が国務省を辞めたきっかけとなった沖縄への問題発言の報道は意図的な「でっち上げ」だったが、米国政府が抗弁することを許さなかったので国務省を去ることを決めたという。彼は東日本大震災が起こると、退職を延期して日本支援の「トモダチ作戦」のタスクフォースの調整官として働いていた。そこには米国側から見た福島原子力災害の現実があった。その著述は具体的で説得力があり共感できる。
 福島原子力災害はまだ終息してはいない。それがこの本の最初のメッセージだ。そしてその問題は、その本が出版されてから1年4ヶ月経つのに今も解決されていないのではないかとの疑問を持っている。新内閣が最初にやるべきことは、まず福島原子力災害への対応だと思えてきた。青山繁晴さんが2012年11月つまり先月表明された福島原子力災害の問題認識とも共通するものだ。
 合意がなくても決断しなくては、問題は解決しない。民主党には遂にそうした人は出なかった。だから福島原子力災害はまだ終息してはいないというのが自分の推論である。あまり血の気が多い方ではないが、改めて日本の民主党政権に対する怒りがこみ上げてくるのを禁ずることができなかった。それは安倍内閣が問われる最初の危機管理の問題かもしれない。
2.福島と東北の復興
 東北の報道に接するたびに、復興の行方が気になる。今、東北では、瓦礫の処理や建設、除染作業の業者には活気があるものの、製造業やサービス業が活性化していないという。中でも原子力災害をうけた福島の避難区域は、まだ復興の緒にもついていない。政府が、地元の声を吸い上げる能力・仕組みの弱さも指摘されている。どこまで復興を加速できるのだろうか。東京電力の福島本社の構想は、もっと評価されるべきかも知れない。意思決定を東京でしていると、地元の自治体や住民にはどうしても不満が残る。メディアのレポートは感情的なものが多く、復興の進捗実態がよく判らない。新内閣の復興庁長官には福島選出の根本匠さんが指名された。
 ①住民の生活再建の枠組みが資金面で明確化しているのだろうか。いつまでも仮設住宅ではないと思う。まとまった額のお金が必要だろう。10年間のアパート費用や宅地所有者から土地買上げは実施されただろうか。
 ②それぞれの地域の将来像はもう固まったろうか。世界的に先進的な第一次産業を形成し、東北全体を再生させる大きなビジョンはできているのだろうか。木材や地熱を中心とする再生エネルギーや東北の製造業を発展させていく仕組みは充分だろうか。
 ③高齢病弱者には災害に一番強いところの一番安全な建築物で生活してもらう算段はできているだろうか。親の介護に心を奪われることなく復興に注力できる仕組みは充分だろうか。
 ④上からの押し付けではない多様な被災市町村に対する復興計画はできただろうか。
 ⑤震災を契機に理想的な土地利用の秩序を被災地に作らなければならない。区画整理を促進する特別法や短期間に事業を完成するための仕組みはできているだろうか
 ⑥街づくりの原則は、地形に合わせて考えなければならない。少し広い平場の地域には耐震、耐波性の高い建築群で作られた避難拠点はできただろうか。瓦礫や周辺の土石を利用した丘は形成されただろうか。
 ⑦平野の平地では、海岸線から2㎞の奥まったところにオランダ型防波堤にならった緩傾斜で台形の標高20m以上となる高規格道路を海岸線に並行して南北に細長く作られただろうか。
 ⑧投資余力を持つ企業型農水産組織を誘致や2次3次産業の展開は支援されているだろうか。
 都市計画の伊藤滋先生の復興計画は今の状況を読みきっていたのかもしれない。先生ならば、これから、どこに手を打つのだろうか。
3.国土の強靭化と安全
(1)巨大災害の世紀
 科学者の間には、東日本大震災は終わりではなく、「巨大災害の世紀」が幕を開けたという見方がある。我々は東北の復興を加速するとともに、次の災害にも備えなければならない。欧米で盛んな未来学の将来予測では、昔から21世紀のどこかの時点で、大地震や富士山の噴火が起こり、日本に大混乱が起こるというのが定番のシナリオだった。
 こうした国家存亡の災害シナリオが、日本で初めて注目されたのは、小松左京さんが1964年から1973年にかけて執筆された「日本沈没」だった。当時の最先端であったプレートテクトニクス理論に基づいて、日本列島の重さと沈没に必要なエネルギーを、算盤と計算尺と13桁の計算電卓で計算したという。コンピューターが普及しておらず、計算電卓でさえ高価で一般人にはほとんど手が出なかった。
 1995年の阪神淡路大震災の後は、作家の石黒耀(いしぐろあきら)さんが、2002年に「死都日本」を出版された。この本では、九州の霧島山の地下にある火山が巨大噴火を起こし、様々な被害が連鎖し、更に噴火によって生じた地殻の伸張ひずみがプレート境界地震を誘発させ、日本全体が大混乱に陥るという筋だった。2004年の「震災列島」では、東海地震、連動して発生する東南海地震、名古屋への大津波震源域の真ん中の浜岡原発を扱っている。石黒さんは、この一連の著作で、2005年に日本地質学会より表彰されたが、一般での認識は知識の域を出なかった。
 東日本大震災以来、様々な巨大災害を予測する様々な本が出ている。京都大学の鎌田浩毅教授が今年4月に「次に来る自然災害: 地震・噴火・異常気象」という本をだした。それには、太平洋沖で起きるM8クラスの「余震」、首都圏直撃の恐れもある「直下型地震」、富士山も含めた「活火山の噴火」、300年に1度の三連動地震による「西日本大震災」の4つは地球科学の立場から、いつ起こっても不思議ではないと書いてある。
 津波の恐ろしさもよく判った。海岸近くにある石油タンクや化学コンビナートが予想以上に脆弱だということが実感された。震災以降、富士山周辺では地震活動が活発化している。昨年、富士宮市では膨大な量の異常湧水が続いていた。地下にある地下水溜りが圧迫されていたようだ。そのこともあって富士山噴火が、前よりも真剣に議論されている。もとより防災計画作成の一環だが、危機管理の問題に対応しなければ生き残れないと多くの人が実感し始めたからではないだろうか。この感覚を実際の政策に結び付けなければならない。
(2)国土の強靭化の議論
自民党は、国土強靭化法案を既に準備しているという。巨大災害の世紀への対応として早く実現してほしい部分とそんなにお金を使って大丈夫かという部分がある。
 ①三大都市圏の都市機能、政府機能を守るため、コンビナート対策、液状化対策、密集市街地整備、ゲリラ豪雨・治水対策など
 ②老朽インフラのメンテナンス
 ③防災拠点としての公共施設整備
については、災害のシナリオにあわせて、着実に実行していく仕組みを作るべきだと思う。
 ただ少しわからなくなるのは、④国土軸の形成の議論だ。行政機能等の分散化と、本社機能、研究開発機能、データセンター等の地方移転とある。それは個別の企業や団体が判断することだろう。⑤道路・鉄道の未開通部分の解消推進や、国によるハブ空港やハブ港湾の形成といわれると、もっとわからなくなる。
 必ずしも国土の改造整備には反対ではないが、そのことによって建築土木工事以外の新たな産業が勃興することが必要だと思う。また人口に合わせて、都市をコンパクトにすべきという考え方もある。そうしなければ、国全体としての経済成長率は上がらない。強靭化のために、どの程度、冗長性をもたせるべきかについての考え方が必要だろう。無条件の強靭化論にはブレーキが付いてない。高速道路の議論で、もっと重視すべきは、救命救急病院との時間的な距離の関係である。そこまで否定すると、命の値段に差があるようで、話がまとまらなくなる。
(3)防災拠点としての公共施設
 全国的に防災拠点として整備すべきは、災害時の避難先ともなる22000ある小学校、11000ある中学校ではないだろうか。耐震化とともに、飲み水とトイレと自家発電設備と1週間程度の石油備蓄を考えたい。予め、小中学校にマンホールがたくさんある下水管を配管しておけば、非常時はそれを囲って仮設のトイレとすることも可能になる。大きな半屋根のスペースがあれば、それは普段は雨天体操場ともなるし、災害時の炊事スペースともなる。それに加えて、臨時のヘリポートとして使用できる空き地を事前に整備しておくことが必要ではないだろうか。
阪神淡路大震災のとき、兵庫県の80億円掛けた衛星系防災通信システムは無傷だったが、自家発電設備の冷却水タンクが倒壊して発電できず使えなかったという。まさに失敗は周辺で起こるとの失敗百選のパターンそのものだった。無線の周波数の問題もわかった。本来ならば、自衛隊の通信システムに最優先で与えられるべき無線の周波数の問題はまだ解消していないのではないか。
(4)自衛官・予備役の増員
 大きな災害が起きた際に都道府県知事から災害救助の要請がなされて、自衛隊が出動する。災害が起きた際には知事の判断が必要というが、もっと臨機応変に動けるようにしたらどうだろうか。非常時にはトップと連絡を取れず、現場の責任者が判断しなければならないこともある。部門ごとにどこまで独自に動けるのかを予め決めておくことが必要だろう。
 必要性がわかりながら、誰も口にしないことがある。東日本大震災の際、自衛隊は最大動員数で陸海空3軍の約半分の10万名を動員した。関東大震災のときは5万人の動員だとされる。関東・東海・東南海という3つの地震の連動に準備しなければいけないとすれば、少なくとも20万人程度を動員できる体制をする必要があるのではないか。多くの人命を救うためには、何よりそうした自己完結型の組織の拡充が重要だ。
 防衛費の縮減によって、任期つきの自衛官の採用がずっと減らされてきた。専門化が進んでいるために専門職以外はいらないとの考え方をとっているという。しかし普通に考えれば、3年間の程度の任期つき自衛官を毎年3-4万人ほど採用し、任期が終わった人たちを、警察、自治体、消防、警備保障会社で優先的に採用してもらうというシステムが在っても良いのではないだろうか。もちろん適性によって、そのまま自衛隊に残り、宇宙やサイバースペースでの防衛力、更にはインテリジェンス部門の能力拡充に進む人がいても良いし、任期終了後も、予備役としての活動してもらうことも必要だろう。そうした方法で、10万人ほどの防衛・防災要員を新たに確保すべきではないかというのが自分の意見である。それは場合によっては、学業と平行して勤務できるシステムもあって良いのではないだろうか。
 同じ教育を受け、どの組織はどう動くかわかっている人たちがあるボリュームでいることが、社会の絆を深めていく。年月が経つうちに、地域ごとに平素から警察・消防や行政と連携をとりながら災害やテロといった有事に備える仕組みが自然と出来上がるのではないだろうか。また職業訓練の場としても有効である。そうした人たちが、社会に戻り企業で働けば、地域防災と危機管理の核となる可能性がある。
 東日本大震災で指揮を取った人は、総じて良い学校を良い成績で出た弁の立つ人たちが多い。中央官庁でキャリアをつんだ人もいる。東京電力の人々も優秀だ。しかし非常時に、そうした平常時の評価はあまり役立たなかった。非常時のリーダーシップをもった人材をどう育てるのかが、今後の日本社会の大きな課題なのかもしれない。