英語重点主義 時間の問題

 この11月に小学校と大学で英語教育に関する興味深い発表があった。
 一つは大阪市教委のもので、2013-2015年度の教育目標を定める教育振興基本計画で小学1年生から英語授業を始め、小学校卒業時に英検5〜3級、中学校卒業時に英検2〜準1級の合格を目指すことを検討しているという発表だ。橋下市長の考えに基づくものらしい。
 音声を重視し英語を母国語とする教員の授業も小学校から取り入れるとのことだ。来年度に中学校8校、小学校24校程度をモデル校に指定し、2015年頃に市内全校に拡大する計画を年内にまとめるという。そうなれば確かに進学にも有利だし、就職にも有利であることは間違いがない。
英語検定試験の等級で言われるとわかりにくいかもしれない。英検の等級はTOEIC換算すると、かなりの幅があるからだ。例えば、英検2級はTOEICで380点から650点、準1級はTOEICで700点から900点だといわれている。大阪市教委に確認したわけではないが、仮にその真ん中ぐらいが目標だとすると650-700点が目標だということになる。
 確かにそれは野心的で良い所をついた計画だと思う。日本の大学では英語で行なわれる授業を受けるには少なくとも650点が必要だと設定する大学が多い。欧米の大学の学部で講義を受けるには750点水準の英語力が必要だという。今回計画されている新しい英語教育を受けた大阪の小中学生は、高校で普通に勉強すれば、英語については無試験で、どこの国の大学でも受け入れてくれるのではないだろうか。そのためには家庭学習も含めてざっと3000時間の英語学習が必要だ。小中学校9年間を通して毎日1時間の英語の授業をうけることができるならば、それは不可能なことではないだろう。
 その1週間後に山梨大学の発表があった。山梨大は医学、工学、生命環境学、教育人間科学の4学部からなる国立大学だが、2016年度までに日本文学など日本語の使用が必須な科目を除く全ての講義で英語の教科書を使用し、英語で講義するという。
 全学的な講義の英語化は、国際教育に特化した大学を除けば珍しいという。秋田の国際教養大学三鷹国際基督教大学、早稲田の国際教養学部などで、そうした授業が行なわれている。ただ理工系の学部も含めて、全体として、そうした方針が打出されるのは初めてではないだろうか。いまや理工学部に併設されて英語だけで卒業できるコースがあったり、英語の授業を増やそうと先生方が努力されている大学は数えきれない。山梨大学では2016年の入学試験からは英語の比重を増やすことを検討するという。この英語化路線は学長や理事、学部長など10人で構成 する「グローバル化推進会議」で決定したという。グローバル化に乗り遅れることなく、優秀な人材を育てる環境を整えたいという。
 英語ができると就職にも有利であり、留学生も集めやすいというのがその直接的な理由だろう。実はもう一つの隠れた理由がある。普通の大学の先生は奥ゆかしいので、誰も言わないが、中国や韓国から来る留学生の英語能力は、一様に、TOEICで800点、900点水準なのである。日本の学生の英語力は、それと比べるとお粗末なのである。普通の大学の普通の新入生の平均英語力はTOEICで400点水準だ。そのまま英語を勉強しないままだと、大学院の入学選考で留学生ばかりを選ぶことになってしまう。彼らは語学の才能が特に優れている訳ではなく、高校までの段階で、英語の学習にそれなりの時間をかけているというのが自分の観察だ。
 日本の中学高校の英語の授業時間は、中学1−3年では、合計263時間、つまり3時間30週見当、高校1ー3年では、合計613時間、つまり7時間30週見当、合計で875時間。予習復習などを合わせれば合計で1700時間。受験勉強で300時間加わって2000時間が高校までの総学習時間だ。通常、1つの言語の基本を習得するのにかかる時間は2000時間とされるが、日本語と英語のように大きく構造が違う言語の場合は、その習得に2倍の4000時間かかる。だから、大学入学後、1000時間勉強すれば、大阪の中学卒業生の目指す水準になるし、更に1000時間勉強すれば、欧米の大学卒とほぼ同等のTOEICで900点水準を超えると予想されるのである。前にも書いたが、そう考えると、色々な種類の学習統計の数字の平仄があってくるのである。