政権の寿命と盧武鉉政権の亡霊

1.政権の寿命 
 政権支持率の低迷と裏腹に、この1ヶ月ほど、国内外で、野田首相の力量を称賛する文章を時々目にするようになった。与党を分裂させてまで消費税増税に目処をつけたかららしい。本気だろうか。それにつれて政権幹部も強気の発言をするようになった。確かに前任者の2人に比較されれば、誰だって評価に恵まれる。一人は敵味方識別装置が相変わらず壊れたままだし、今一人は人災としての東日本大震災への対応、原発事故への対応の責任を追及されると、むきになって反論しあきれられている。
 では現政権はどうか。円高、デフレの克服はできたのか。エネルギー政策は確立できたか。政治主導を確立できたか。沖縄の問題を解決できたか。対外的な関係を何か改善できたか。国際機関に気前良くお金を出さされて何か得るものはあったか。何よりも、正しい問題設定力を発揮できたかという点で、国民一人一人が政権を直接評価すべき時が近づいている。
 先頃、政府は国家戦略会議において、「日本再生戦略」なる原案を決めたという。これで平均名目成長率3%実現を目指すというが、新たな天下り受け入れ先となる機関の設立以外については具体的内容がない。特にエネルギー資源は成長戦略と整合性がとれていない。こうした作文を平気で国家戦略として出してくる政権の寿命が長いはずがない。行き当たりばったりである。
 デフレ経済における消費増税は狂気の沙汰である。「日本の官僚機構の弊害は、一旦思い込んだら思考が停止して、周りが見えなくなり、合理的思惟と総合判断が消し飛んでしまうことだ」と1990年代半ばに小室直樹先生が書いていたことを思い出した。その時は国際金融センターがシンガポールに移ってしまった。今度は何を失うのだろうか。一日延びれば、一日損をする状況に陥っている。
 先週も興味深い報道があった。政党として、民主党の「大学改革ワーキングチーム」は同学年人口を現在の70%から95%を高等教育の対象者とすることを決めたという。これに新たに4兆円を投じるという。かつての高校全入運動の大学版である。正気だろうか。目標は若年失業者を現在の10%から3%へ減らすことだという。 全国800大学を「学修大学」と「研究大学」に分けて機能を強化し国際競争力を高めるという。良いことも言っているが、はっきりしていることは、それで文部省の天下り先と大学の教職員以外の雇用が増えるわけではない。失業率も下がらず、出生率も改善しないだろう。高学歴の議員が多い民主党の主張する政策は、理路整然と意図せざる結果が出ることが多い。それが国民にとっては負担なしには済まないから始末に負えない。
2.盧武鉉政権の亡霊
 今ではあまり公言しなくなったが、民主党は、政権交代前も、交代後も中国、韓国との「友愛」が売りだった。これは分裂した新党グループも同様である。首相官邸には、中国と韓国の大使館員が良く出入りしているという。しかし両国との関係はこの政権となって目に見えて悪化した。
 今年は日中国交正常化40周年となるが、中国の漁業監視船が尖閣付近の領海侵入を繰り返し挑発行為を繰り返している。一方、韓国は、6月末に予定していた日韓軍事情報包括保護協定(General Security Of Military Information Agreement GSOMIA)の調印を韓国側の事情で突如延期した。外交上、異例のことではあるが、個人的にはあまり驚かなかった。それは昨年の12月に「親日反日の不条理 官房長官談話の罪」「南北朝鮮のこと」という題名でも取り上げた状況の延長上にある事象だからだ。韓国大統領選に向けて反日運動が選挙の燃料となるのだろう。野党の候補者は盧武鉉政権で側近だった人が大統領選に出馬するという。
 日本大使館の正面の公道の上に建てられた慰安婦像に日本の政治団体の人が「竹島は日本固有の領土」と書いた木をたてかけたことが韓国ではテロだと報じられたようだ。そう報じられているうちに今度は日本大使館の正面に1トントラックが突っ込むという本当のテロ事件が起きた。韓国当局は反日には限りなく甘いため、外国公館100メートル以内のデモ禁止も日本大使館には適用されないという。韓国では相変わらず「反日無罪」だと産経の黒田勝弘記者は伝えてきている。
 7月の初めに明らかにされたことは個人的には一つの事件だった。盧武鉉政権の時代、韓国政府は米国に「日本を共通の仮想敵国に規定しよう」と提案したというのだ。盧武鉉大統領の指示で提案したようだが、米側は非常に当惑していたと説明されている。
 もう一つは、韓国人の多い北米の都市における慰安婦の碑である。日本が20万人以上の婦女子をabductedしたと書かれている。abductedとは強制的な拉致、誘拐という意味である。その上で、彼女らを慰安婦にしたという。悪意ある歴史の捏造である。
 しかしこのこと自体もその淵源をたどっていくと、盧武鉉政権の時代(2003年-2008年)に遡る。それは2006年の米国で起きたことである。当時米国では全州で、「So Far from the Bamboo Grove(ヨウコ物語)」という実話が国語の副読本として採用されていた。この本が韓国のイメージを悪くしているというので、その採用の取りやめさせることが米国の韓国人の願いだった。それと同時に今度は日本のイメージを貶めにかかったと言われている。
 11才の日本人少女ヨウコは、家族とともに、中国との国境近い北朝鮮の町に暮らしていたが、第2次世界大戦が終わり朝鮮半島在住の日本人には危険が迫っていたという話である。戦後の混乱と危険のなかで、勇気と意思を持って、生き延びるための日本への過酷な旅を成し遂げたというアンネの日記のような実話が気に入らなかったのである。
 米国議会でもおかしな議論が展開されていた。2006年の櫻井よし子さんのブログにはその辺の事情が詳しく書かれている。
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(以下、関連部分 抜粋)
 2006年9月の下院の国際関係委員会で「日本と近隣諸国との関係」という公聴会反日姿勢で知られるミンディ・コトラー氏が意見を述べていたころである。(中略)共和、民主両党の実力派議員から靖国神社や歴史問題についての、多くの事実誤認に基づく日本非難がこのように噴出すること自体、米国での情報戦に日本が敗れていたことを意味する。この国際関係委員会の「慰安婦問題」の決議案が全会一致で採択され、10月上旬に下院本会議で可決される勢いだ。
 「日本国政府は1930年代から第二次世界大戦にかけて、日本帝国陸軍が直接的及び間接的に、若い女性の隷属を許可し、一部には誘拐を組織することを許可した。慰安婦の奴隷化は、日本国政府によって公式に委任及び組織化され、輪姦、強制的中絶、性的暴行、人身売買を伴っていた。慰安婦の中には13歳という若さの少女や、自分の子供から引き離され、拉致された(abducted)女性も含まれていた。多くの慰安婦は、最終的には殺害され、または交戦状態が終了した際に自殺に追い込まれた。20万人もの女性が奴隷化(enslaved)され、今日生存するのはその内僅かである。」米国下院の委員会は上の“事実”を列挙し、日本政府は「この恐ろしい罪について、現在及び未来世代に対して教育し」、「慰安婦問題はなかったとする全ての主張に対して公に、強く、繰り返し、反論すべきだ」と決議したのだ。これは北朝鮮や中国などの主張をそっくり受けついだものだ。選りに選って、それが同盟国の米国下院本会議で決議された。
 この問題は1990年代以降、日中、日韓間で大問題をひきおこし、日本国政府は全資料を集めて検証した。当時の河野洋平官房長官、石原信雄官房副長官らを含めて私は広く取材した。駐日韓国大使だった孔魯明氏には、ソウルで取材した。
 そして判ったのは、「日本政府が慰安婦を強制連行した」事実は全くなかったことだ。私は取材結果を『文藝春秋』97年4月号に詳報したが、かつて、政府の調査によって否定された“事実”が、いままた、亡霊のように、米国下院で蘇ろうとしていることに心底、驚きを禁じ得ない。
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 つまり、米国に建てられた慰安婦の碑は、当時の盧武鉉政権の広報活動の亡霊なのである。櫻井さんは「なぜ、事実に反するこのようなおどろおどろしい決議案が出されるのか。背後に米国議会への、中韓両国による強力な働きかけがあることを念頭に、日本は全力で反論し、進んで事実を明らかにするべきだ。」と書いている。6年たって日本の外務省はどう反論するのだろうか。