池本農業政策大観を読む(2) 国土の活用、水の活用

 7月に入って、メディアは民主党の分裂を追いかけている。主流派と反主流派と新党の3つに分かれるらしい。しかしその差に意味があるとは思わない。次の総選挙のテーマは、彼らが主張する反消費税や反原発、更には社会保障の在り方ではない。問われているのは、政権交代後の政権運営への評価であり、日本の立て直しと経済の活性化にむけた問題設定力である。the financial picture(財政状況)も大事だが、それだけがthe Big Picture(大観、大局)であるとは思えない。
 前回に引き続き、「池本農業政策大観」について書く。その本は新書版よりやや幅広の190頁余りの本である。フランス農村物語、農公園列島などの池本先生の著作や戦後の農業政策の意図を正しく理解するためにも、その内容を記録しておきたい。池本先生の略歴に続いて、本文は、第一章世界史転換と日本農業の課題、第二章農政の部、第三章教育の部、第四章結論。そして付録として、先生の「庶政一新と新農業教育機関の提唱」がつけられている。
 さらに言えば、この第三章と付録の論文が、鐘紡が戦前に寄付するはずだった「幻の慶応大学農学部」の構想につながるモノと考えられる。ただ、その全貌の解明には更に調査が必要であるため、そう推測していると書いておこう。以下、第一章と二章の農林水産業の地域政策・産業政策全体の考え方を中心に話を進める。70年前に書かれたという制約はあるものの、今日の姿を映し出す一つの鏡であり、今日でも興味深い論点を幾つか提示していると思う。
 農業政策の目的は、国家の必要とする一切の農畜産物の経済的生産、農民生活の幸福と向上、健全有能なる国民人口資源の涵養育成にあるという。この3つを合理的調和的に計画実践することが重要だ。①合理的食糧政策の樹立:衣食住のうち食については国土及びそれに準ずる地域において確保されなければならない。②適正農家の育成:人口過剰と耕地の不足が赤字農業の原因であり、規模の拡大と適正化が必要である。主要食糧の確保、軍馬生産、防寒用繊維・皮革・毛皮の供給、有機質肥料である厩肥(きゅうひ)の増産、畜力・機械力の利用を総合的に考えなければならない。③林野経営の確立:国土の大半を占める林野の生産力を高めれば、国富増大に寄与する④治水利水:水が日本にもたらした幸福と災禍は、計り知れない。農業だけでなく、工業用水・電力源として産業的な意義が大きい。アジアにおける産業の地位を決定する最大の条件の一つともなる。アジアに対して日本の政策と技術が模範と指導を供給すべきである。⑤農政機構と農村自治の再建⑥理想農村の社会的総合的実験場の設置⑦教育及び教育制度の革新:健全有能なる人口の増減は、国家興亡の分岐点である。古語に曰く農村は人口の苗床にして都市は人口の墓場なりという。教育および教育制度の革新があって初めて農業政策が完成するという。
 池本先生の考えは、農林水産業に限らず、工業、地方自治、教育、税制にまで及ぶ。地域政策や産業政策の時間と空間は、本来そこまで考えが及ばなければならないのかもしれない。
 まず合理的な食糧政策がどうあるべきかという指摘には少し驚ろかされた。日本は米作りと決めてかかるのは可笑しいという。過去3千年の日本国民の主要食糧は米穀以外の五穀と蔬菜類であること。国民が、白米を食べるようになったのは最近であり、日本の古武士の骨格体力が今日の日本人よりはるかに優れていたこと。米作技術の進歩は著しいが、畑作技術はほとんど進歩していないこと。日本の水田は区画が小さく耕地の2割以上は道路・水路・畔道にとられていること。合理的な輪作、労働需要の平準化ができてないこと。畜力・機械力使用の貧困であること。家畜飼育と厩肥の生産の不振と金肥の大量使用による生産コストの上昇があり、周期的な災害があること。国民食糧研究所を中央と地方に作り、地域ごとに、多種多様な農畜産物水産物を合理的に選択採用すべきこと。それによって国民の栄養と味覚、食料需給における質と量、安全性と経済性を確保しすべきこと。学校や軍隊を通じてその新食糧の食育を行うこと。
 そして国土の大部分を占める山林、山間地の活用を訴える。山羊のように、傾斜地を好み、雑草、灌木、樹葉のすべてを食し、肉、乳、皮革等の利用価値の高い家畜を飼育して生産性を向上を図れば、畜産物の増産が可能になること。そしてそれを加工する産業工業を振興すること。海外には、まだ十分に開発されていない沃野があり、その食糧生産と連動して道路交通網をすべきだが、それらは国内用の食糧としては過大視すべきでないこと。過大な農村人口を削減するとともに、農村工業を振興すべきこと。
 治水利水は日本農業にとって死活的に重要だが、それは国民全体の問題であること。水があることが近代化学工業と発電にとって特に重要であり、日本は水に恵まれていること。今後のアジアの産業は水を一つの立地条件とすること。
 今までの日本は水の利用が拙劣であったこと。洪水や干ばつ、鉱山や工場排水による被害が著しかったこと。洪水と干ばつの被害を防止できれば、農業被害の8割は防止できること。干ばつによる水力発電量の減少が日本の工業力の大きな制約条件となっていること。水害・干ばつの被害を防ぐためには広範な国土計画の緩急軽重を誤らざる遂行と管理運営が必要であること。重要なことは、発電に用いた水を農業、工業に用い、支障がなければ、飲料水に用いること。何回か繰り返して使うことである。日本における水の行政は、内務省農林省逓信省に分かれ混乱しているが、水の行政は唯一の機関に管理されなければならないこと。これは、日本だけの問題ではなくアジア全体の問題でもあり、水の政治的技術的指導は日本のアジアにおける役割の中心の一つとなると考えられること。