仮説としての政界展望 2012年6月26日

 先週末から、メディアは、消費税増税民主党の分裂騒動ばかり報じている。個人的には、「分裂」というより崩壊が始まったと考える。また「社会保障との一体改革」というよりは単に増税といった方が的確だろう。3党合意ができた時点で、既に政策としての民主党は消滅している。目先の動向を別にして、ではどうなるかというのが次の問題である。
 好悪を別にして考えれば、分裂するグループは、総じて当選回数が少なく選挙地盤が弱い。政権運営にも直接携わってはいない。ここで「政策」を失ったら次に主張することはない人が多い。一方、民主党の執行部は、鳩山・菅・野田の3政権の実質的運営に携わってきた人たちであり、集団として考えれば、首相を補佐しえなかったことも含めて一般の国民から見れば、迷走・混迷・停滞の源泉だった。昨日の野田首相の議員総会での演説にしたところで、前の総選挙の時に彼が何を言っていたのかを思えば怒号を浴びても仕方がない。分裂するグループにしても、テレビで良くしゃべる人は、いかにも信用できないし、あてにはならない人が多いため、損をしていると思う。 
 それよりも、きちんとした国家感をもち、為替・エネルギー・雇用の問題について的確な問題設定ができる集団に政権を担ってほしいと考える。小選挙区制を前提にして考えれば、この国は、二つの勢力の併存という形で、政治が運営されざるを得ない。自民党公明党民主党増税に関する合意が成立したからと言って、連立政権が発足したわけではない。選挙管理内閣を別として、ここ数年間の政権運営失敗の責任まで自民党公明党が負えるはずもない。
 大胆な仮説を政策を基軸に考えれば、次の選挙では(自民党公明党民主党)対(大阪維新の会みんなの党+立ち上がれ日本)という政策連合が生まれるのではないかと思えてならない。後者は老・壮・青連合とも考えられるし、政権運営経験のない民主党政権の教訓を踏まえた連合となるのではないか。政策的なバッティングは存外ないと考えられる。石原都知事と橋下市長本人が次の総選挙に出るかどうかは、それぞれの抱える懸案の進展次第だろう。
  既存政党グループ 対(より明確な国家感+行革+道州制重点)グループ

 次の段階で去就が注目されるのは、立ち上がれ日本の人々と親しい保守本流を自認する自民党安倍晋三元総理のグループである。今回、民主党から分裂するグループが、果たしてキャスティング・ボートを握るほどの勢力として生き延びられるかどうかはわからない。
 このブログで、たびたび述べてきたことをまとめると、リーダーシップは重要だが、カリスマ性は良いものでも、望ましいものではないし、リーダー共通の資質特性があるわけではない。真のリーダーは人間のエネルギーとビジョンを創造する。組織の使命を考え、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する。優れたリーダーは、たとえ失敗しても他人のせいにしない。有能な部下を集め、前進させる。リーダーシップで必要なことは、ごく当然のことだが、部下の多くの信頼を得ることであるという。そのためには公言している信念と行動は少なくとも矛盾してはならない。部下がリーダーに従うのはリーダーの賢さというよりは真摯さへの確信である。
 付け加えれば、個人的には「学問」があることが重要だと考えている。学歴や物知りということではない。人気取りではなく、根源的にものを考える能力のことである。異文化に対する感受性が優れ、環境対応力が高く、どんな相手に対しても人間性を尊重し、自らの人脈作りが上手く、ものごとから逃げず、紛争解決能力を身に着けている人が、大きな仕事を成し遂げる。開かれた国益をベースに国家目標を描き、リーダーがリーダーらしく振舞い、下からの意見がきちっと積み上げられることが重要だ。現実を冷静に評価して、あるべき方向に大胆に取り組むというリーダーが日本にも必要である。
 すべては有権者の判断であり、来年の参議院選挙までを踏まえたプロセスである。願わくば、今回の一連の政治変動を、何があろうとも日本の国家再生の端緒としたい。