2012年 新たな日本の創造  

 2012年が始った。多くの人々に幸多かれ願う。ただどう考えても、大きな変化の年となるのは避けられそうもない。主要国で、政権トップの交代が一斉に行われる。日本でも昨年9月に成立した野田内閣は財務省政権運営の主導権を渡すことによって、最初の100日を乗り切ることができたものの、政権浮揚力を失い、今年の前半には総選挙が行われる。
1.政界再編の始まり
 国会は嫌いで、すぐ閉じるが、「素案、大綱、・・・」といった言葉遊びが好きな内閣である。政府は、今後の経済戦略を、「経済成長と財政健全化を両立をはかり、デフレ脱却を図り、欧州の危機を無視せず、復興特需の増加が見込める今後2年間に政府・日銀一体で政策を総動員し、消費税を含む税と社会保障の一体改革に着実に取り組み、幅広い層の人々が成長の果実を享受できる分厚い中間層の復活を目指して自由貿易の推進する」とし、「年金の支給年齢を引上げ、同時に65歳までの雇用を義務付ける」という。そして増税の党内における了解を取り付けるために、「国家公務員の削減をし給与に手を付ける」という。場末の顔見世興行もかくやと思える在り様であり、ものごとの大小、後先の区別がつかなくて、頭の中がこう混乱していては、身がもたない。東北の復旧復興は望めないばかりか、次の危機が来ても対応できない。
 消費税は10%に上げても、経済成長なしに全ての社会保障費用を賄うことができない。消費税を段階的にあげていけばインフレ期待が生じてデフレ脱却すると主張する学者がいるが、国民が望んでいるのはインフレ期待ではなく経済成長なのだ。消費税導入直前の1990年当時の計算では消費税は税率15%となることが見込まれていた。当時の計算でも1955年生まれの人が利子率ゼロで預金するのと同じと言われた年金なので、現在まともに計算すれば、それよりはるかに条件が悪化しているはずだ。65歳までの雇用の義務付けは、公務員や教職員組合対策なのだろう。弱者や若者対策にはならない。問題は消費税ではなく、経済成長策なのだ。ハッキリしたことは、結局、民主党にはもう誰も首相候補がいないことである。
 大阪府知事・市長のダブル選挙で勝利した橋下旋風は、公務員制度改革などを通じて全国的に第三の政治の核として広がる勢いがある。地方制度革命の全体像も徐々に姿を現しつつあるが、大阪がまず乗り越えなければいけないのは、かつての社会主義国のような自治体の労働組合と教職員組合といった組合と弱者保護を理由に故無く生活保護を受けている既得権グループとの戦いである。ここの部分の正常化なくしては、自治体の活性化はあり得ない。そしてその橋下グループと選挙でぶつかるのは民主党の支持母体である連合と既存政党のグループである。労働組合を束ねる連合の会長は、総選挙の実施に反対を表明しているが、短期間に首相を次々と変えるべきではないという理由しか挙げれなかった。逆に、自民党みんなの党は、橋下グループを自陣に加えるための努力をするものの、彼らが打ち出す以上の包括的な政策イメージと自らの独自性を打ち出せない限り、その存在意義と求心力が問われることとなる。
 最大野党の自民党自体が消費税10%を公約にして参議院選を戦ってきたのに、消費税増税反対を理由に総選挙は戦えない。総選挙の争点は、消費税ではなくて、外交安全保障と経済成長論であり、そのベースとなる「日本のかたち」である。そうしたテーマを掲げてこそ、2012年に行うべき総選挙であり、それは政界再編の始まりとなる。
2.アジアの平和 
 外交安全保障は難しいものといわれているが、順序立てて話せばわかるのが日本国民である。憲法の前文を読めば、現実の世界はそんな理屈で動いていないことは小学生にも明らかである。民主党政権の唯一の功績は、政権運営の迷走と混迷によって、外交安全保障政策とリーダーシップの重要性を国民に理解させたことだ。
 東アジアで、言論の自由、学問の自由がある数少ない国としての日本では、今も1945年から1952年の間の米国占領下における植民地政策としての空想的な理想主義の影響が未だ十分に克服できていない。この時7000冊を及ぶ書籍が禁書とされ、思想統制がなされ事実が曲げられた部分がある。そのため、大ざっぱにいって1890年から現在までのこの120年間の歴史教育が十分にできていないと思われる。日清戦争前後からの歴史的事実を淡々と学べば、現在の中国や南北朝鮮の主張にどう対応すべきかがわかる。事実に関する安易な妥協が、理不尽な主張を生んでいるに過ぎない。民主党の保守派とされる野田首相でも、きちんとした反論できないため、その能力と覚悟が疑われている。
 昨年の11月に、米国の安全保障政策が大きく変わったことが誰の目にもはっきりとなった。南シナ海を中国の内海にはしないという政策が明確に打ち出された。しかし中距離弾道ミサイルもあって、インド、ミャンマーシンガポールインドネシア、オーストラリア、グアムというように防衛ラインを今までよりぐっと南下させて考えていることが明らかになった。
 軍事費削減圧力もあり、空軍、海軍の部隊で南シナ海を守るという方針だが、その防衛ラインの外側にある沖縄の海兵隊をはじめとする陸上部隊は徐々に削減されることになる。その地域の国々が自らの力で自国の防衛を担わなければならないことになった。実はアジアの平和にとって重要なのは南シナ海だけではない。チベットが重要だ。チベットの人権問題の悪化も気になるが、アジアの水源の水利が適正に運用される必要がある。気候変動が大きくなりつつあり、アジアの洪水とともに渇水、食料生産に気をくばる必要がある。
 米国の防衛ラインが南下すれば、日本は自らの防衛力を強化しなければならない。直ちに米国がいなくなることはないが、米国が自らの経済を立て直すためには大幅に軍事費を削減せざるを得ず、2020年を超えて日米安全保障条約が続くことは期待できないとの見方が有力だ。ハーバート大学のハンティントン教授やシカゴ大学ミアシャイマー教授は、米国は2020年以降、日本を守れないだろうと予測している。それ以降は「中国の勢力圏に吸収される」か「中国の脅威から自らを守るために核武装せざるを得ない」かになるという。核武装の準備には数年かかり、日本の経常収支の余剰はこのままいくと2020年以降はマイナスになるとの見方もあることを考えれば、これから数年間でその決断を下さなければならない。
 日本は気がついてみると米・中・露・北朝鮮と4つの核保有国に囲まれている。中国が、零八憲章程度の自由を実現できない国であり続けるならば、日本がそのグループに入ることなどあり得ないことだ。
 眼前の問題は、南北朝鮮の問題である。北の権力継承がうまくいかないとすれば、様々なシナリオが予想される。韓国で働く邦人を保護するために自衛隊を派遣できる法律を整備するとともに、北のミサイルやテロ、集団難民の到来に備えなければならない。また日本の主権が侵害された状態からの回復、すなわち、拉致被害者の救出計画や竹島の奪還計画も必要であろう。既に自衛のための出動は可能であり、そうでなければ、自衛隊の意味がなくなってしまう。この問題に野田政権と民主党は全く対応できていないし、これからも対応はできないだろう。
 経済との関係でいえば、日本が自らの核保有を議論するだけで日本のGDPは1%あがり、実際に保有すればGDP2-3%はあがるという議論がある。核を保有すれば、第一に、海外からの日本への投資が増える。第二に、日本企業が海外で安全になる。第三に、日本政府の背筋が伸びて外国にきちんと意見を述べたり交渉ができるようになる。第四に、外国が日本にゆすりたかりをしなくなることでGDP4%成長が期待できるという議論である。色々な事実を勘案すると冗談のような本当の話だと思われる。
 昨年10月末に世界の人口は70億人を越えたという。2050年までに世界の人口は90億人を突破し、今世紀中に100億人に達することが見込まれる。2050年までには、アジア、アフリカ、中南米が世界の人口の85%を占める。アジアの人口は2050年の50億人をピークに減少に転じる。中国も、2040年を過ぎると人口の伸びが止まり、急速な高齢化に直面する。それまでの30年間、如何にアジアの平和を守るかが、日本の外交安全保障の課題であり、それが次の総選挙の隠れた主題である。
3.民のカマドの再興 経済と社会の改革
 ここ数年間の経済の実績から考えれば、潜在成長力はGDP1%程度といわれている。しかしそれでも日本は世界的な不況が訪れようとしている中で、経済成長を大幅に底上げできる数少ない国である。それには思い切った政策が必要であり、昭和6年(1931年)の犬養毅内閣で4度目の蔵相に就任して、金輸出再禁止、日銀引き受けによる政府支出の増額などの手法で日本経済を建直した高橋是清に注目が集まっている。
 民のカマドを再興するには、健康、学校、信仰、社交、そして安全保障といった分野で、新しい事業ややり方が創造されなければならない。人口や年金の問題ばかり議論していると、将来のことは全て決まっているような気になり、だんだん憂鬱な気分になってくる。経済成長は労働力の伸び、資本ストックの伸び、全要素生産性の伸びの3つで決まる。人口減少社会となれば行政機関にも手を入れなければならない。ロボットなどを導入して生産性の伸びを上げることも重要だ。
 自主防衛力が強化されれば、航空機産業も資源開発産業も育ってくる。国際金融の商売も最後は軍事力がものをいう部分もある。防衛費は現在GDP比1%程度だが3%となってもそうおかしくはない。人口減少を問題にする人もいるものの、日本には世界一元気な60代70代がいる。大いに働いてもらうことも良いと思う。また時には日本のカジノで遊んでもらうのも、社交ダンス大会で踊ってもらうのも大事ではないだろうか。規制を緩和すれば競争力のある医療・介護産業を育てることもできるし、ロボットスーツで筋力の衰えをカバーすることも可能だ。
 エネルギー関係では、送電線を超伝導ケーブルに替えて送電ロスの大幅な低減、蓄電池の普及による電力使用の平準化、コジェネの普及、スマートグリッドを含むスマートエネルギーの普及などやるべきことはいっぱいある。更には異論がある人も多いと思われるが、材料をはじめとして様々な複合技術を持つ日本が、福島の経験を踏まえて世界の安全のために最善の原子力技術を開発するべきだと考える。そうでなければ、エネルギーの配分をめぐって世界の平和と繁栄は実現できないからである。
 日本は、アジアやアフリカの国々が必要とする道路や港湾施設発電所の建設や鉄道・新幹線などのインフラ整備の技術やノウハウをもっていることに加えて、それらの国々の人々の生活向上、能力開発や雇用開発に寄与してこそ男子の本懐だという気持ちがある。日本はそれらの事業の利益をその国に再投資もできる。またアッパーミドルからハイエンドのプロダクトに対する製品の供給もできるが、その国の特有なニーズに合わせた製品開発能力を移転することもできる数少ない国である。
 食料に関しても、最近の中央官庁の議論は近視眼的だと思えてならない。食料自給率は40%とのことだが、金額ベースでは70%位となる。食料安全保障のベースは耕地の確保にある。また日本に現在1000万haある里山の活用も考えよう。かつてのスーパー林道は観光目的であり、大きく自然を破壊した。そうではない林業のための林道を新たな公共投資として建設し、日本の新たな森林産業の基盤とすべきだ。山岳作業ロボットの開発やバイオ燃料、新たな木炭自動車の開発や牛・山羊の放牧による山地酪農も新たな森林産業の一部となる。明治神宮の森が当時の造林学の大家たちが手塩にかけた天然更新の森であることを多くの人々に知らせる努力から始めていく必要があるのかもしれない。日本は世界に冠たる森の国でもあることが忘れられている。
 危機管理強化の一環として、自衛隊を増員すべきではないだろうか。それが最大の危機管理策になることを昨年学んだ。また職業訓練の場としても自衛隊は有効ではないか。東日本大震災でみたあの献身的な働きが日本経済には必要である。通常兵力として10万人程度の増員が必要と考えるが、3か月の短期訓練を世代別10代から60代までの人々のための多様なプログラムを実施してほしい。そうした人たちが、社会に戻れば、地域防災と危機管理の核となるからである。
 デフレ対策では、中央銀行の役割が重要だ。新興国と競争しているから日本はデフレになるというが、同じ新興国と競争している米国やドイツにデフレはない。日銀の積極的な金融緩和とともに、新たな産業の基盤づくりが必要であり、その結果として円高の是正も期待できる。そうした意味では、日銀法の改正が喫緊の課題なのかもしれない。新しい時代を迎えるには、産業構造も金融も、日本全体の地域の構造も情報構造も変えなくてはならない
 社会保障も聖域ではなく、「治療よりも予防」を心がければ、年間33兆円という医療費の削減も可能だ。大阪維新の会の進める地方分権改革は、中央政府だけではできない地方の公務員制度改革を全国で進めることとなる。自衛隊以外の公務員を大幅に削減することによって、税という意味での負担が減り、その人たちが新たな産業で働けば、その産業は普通に考えれば成長することになる。
 更に人口政策に関して述べれば、高学歴化は晩婚化と結びついているのかもしれない。少し前の時代のことを考えれば、高校を卒業したら結婚をして子供が育てるのが普通だった。そうしたことが可能な仕組みを導入・支援することが必要なのかもしれない。子育てが済んでから、あるいは子育てをしながら勉強できるといった仕組みや奨学金が必要ではないだろうか。
 数年前に財政破綻した北海道の夕張市のその時の年齢構成は65歳以上人口43%であった。少し前の新聞に2035年に日本の65歳以上の年齢構成は43%となるとの予測があったので、そうした事態が来る前に多くのことを変えなければならない。夕張を研究すれば23年後の日本の未来予想図となる。東京にも、大阪にもそうした地域があると思う。その地域の人々の生活単位は実に多様で、テレビのホームドラマが成り立つような御宅は本当に少ない。個人情報保護法もあり、あまり実態調査もされていないが、80歳以上で一人暮らしのオバさんもいれば、オジさんと娘、孫の3人暮らしの家もある。年老いたオジさんが亡くなった奥さんの母親やお姉さんの面倒をみている家もある。そうした家族を含めた地域の問題は、いつも若者が集まる政府や企業、大学の先生方には目が届きにくい世界だ。限界集落という未来予想図の現実も踏まえた政策の充実が必要である。
 
 2012年の年頭に当たり、政治、外交安全保障、経済と社会の改革について思うところをまとめてみた。総じて思うことは、次の総選挙が、消費税増税に反対するための選挙という位置づけではなく、新たな日本を創造するための選挙であってほしいということだ。