南北朝鮮のこと

1.日韓首脳会談 
 18日に京都で行われた日韓首脳会談は、慰安婦問題について首脳同士がお互いの立場を主張して終わったという。次の日の新聞で、日本政府はこうなるとは思っていなかったと報じられているので少し驚いた。李明博大統領は、8月の国会議員入国拒否事件への日本政府の無関心、併合100年の談話、無条件での気前の良い通貨スワップの提供といった日本政府の出しているシグナルをみれば、慰安婦の話を出しても日本とは決定的な亀裂とはならないと読んでいたと思う。そしてその問題が解決済みであることなど百も承知していたと思う。では何故2つ目3つ目の像が建つと言ったのか。それを「脅し」と書いた日本の新聞もあるが、韓国の政治状況をみれば、予測を述べたと考えるべきかもしれない。
2.江南左派の影響力 
 産経の黒田勝弘さんのコラムによれば、「江南左派」という人達がいて、ソウルの高級住宅地「江南」に住みながら、大企業批判や反米的な主張を好み、北朝鮮を擁護・支持する大学教授や文化人がスゴイ人気だという。日本にもかつてそうした進歩的文化人が数多くいた。民主党が政権をとってから、変な人の多くは民主党政権の周辺にいるものの、多くの国民は、その人たちの考えでは国がもたないことをこの数年間で学んだ。韓国の学校で教える歴史の教科書も、金大中盧武鉉の革新政権(1998−2008年)以降、権力に対する抵抗ばかりを讃える左派の史観で書かれているという。北の独裁体制の問題には触れず、社会主義の理想や同じ民族であることが強調され、経済困難や核開発も米国がいじめているからだという説明されているという。しかもこれを大統領が修正しようとしても、なかなか修正できないという。
 今回、慰安婦の問題が韓国でまた復活したのは、8月末に韓国の憲法裁判所が第二次大戦中の元慰安婦が日本政府に損害賠償を求める個人の請求権問題について、韓国政府が日本と外交交渉しないのは「被害者らの基本的人権を侵害し憲法違反にあたる」とする決定を出したことから始まったと思われる。可笑しな決定が出るもんだと多くの日本人は思っている。そうした決定、江南左派の人気、偏った歴史の見方を前提に考えれば、慰安婦像を大統領が撤去するのは困難なのではないか。2つ目3つ目の像が建つと予測したとしてもおかしくはない。
 江南左派がなぜ人気があるのかは何となく想像できる。1997−98年以来、通貨危機があるたびに韓国の人々がかなり痛めつけられてきたことは承知している。もちろん日本の普通の人もずっと経済不振に苦しんではいるが程度が違う。大学新卒の就職率もかなり低いという。そのため、左派の主張する、格差社会の是正と福祉国家論をベースとした政策に魅力を感じるだろう。
 K-POPや韓流ドラマは別として、良くわからないのが、韓国が手当たり次第なんでもかんでも自国が起源といい始めていることである。漢字も、孔子も、印刷術も、漢方医学韓国が起源といわれると目を丸くするしかない。韓国は来年竹島の実効支配を強め、桟橋や宿泊施設を強化するという。それについては日本が見逃して良いはずがない。しかしどのように抗議の意思を相手に伝えるべきか、大きな戦略を立てなければならない。もはや専門の外交官や大使館だけで解決できそうな問題ではなくなっているのではないか。
3.ソウル市長選挙での左派の躍進 
 来年の選挙の前哨戦として注目されていた10月末のソウル市長選では、左派の朴元淳氏が当選した。彼は哨戒艦撃沈事件などの北の軍事的な挑発を韓国が北を刺激したからだと公言する人だという。この市長さんを調べてみると興味深い。世間的には市民運動に熱心な弁護士さんとのことだったが、筋金入りの左派の活動家である。弁護士でありながら、悪法は法ではないと断言し、国家保安法の撤廃、反米と共産主義の容認などを主張している。2008年のアメリカ産牛肉輸入反対の狂牛病ロウソク・デモの時、ほぼ100日間続いたロウソク・デモでは、牛肉の話がいつの間にか李明博批判に拡大していったと言われている。彼は「参与連帯」、「美しい財団」、「希望製作所」などをNPOを作り7億円前後の寄付金を企業から様々な方法で集めて、その半分をロウソクデモに投じたと言われている。「親日人名辞典」を作った歴史問題研究所の理事長を務めたこともあるという。左派の世界では将来の大統領候補といわれている人だという。このままの勢いで左派が統一候補をたてることができれば、来年12月の大統領選でも勝つのではないかといわれている。
4.金正日総書記の死去
 19日の昼に金正日総書記の死去が発表された。死去のニュースでかき消されているものの、15、16日の両日、米朝が北京で接触し、北朝鮮側は食糧支援の代わりに、6カ国協議再開の前提として日米韓が要求しているウラン濃縮停止などの事前措置の履行を受け入れたとされている。米国側監視要員30〜50人の受け入れを認め、ビスケットなどの栄養補助食品を支援することで両国が暫定合意したと伝えられている。17日に亡くなったのならば、16日の合意は金正日に承認の上になされたということになる。2か月程テレビに出てなかった有名な女性アナウンサーが死去のニュースを読んだこともあって、もっと前に死んでいたのではないかという人もいる。後継は28歳の三男となったが、それで体制が安定するのかどうかに世界の注目が集まっている。中国は不測の事態に備えて警備部隊を平壌に派遣したと言われている。
5.拉致と核兵器巡航ミサイル
 多くの日本人の頭に浮かぶのはまず2つのことだと思う。まず、第一には拉致問題だ。1970年代から80年代初めにかけて北朝鮮工作員が日本に侵入し秘密裏に数多くの日本人を拉致した。国家の最大の役割は、国民の生命と財産を守ることであることを考えれば、この問題の解決なくして、日本は国家たりえない。2002年9月の訪朝で、金正日自身が特殊機関による拉致を認め、5人の拉致被害者とその家族を帰国させることができた。しかしまだ数多くの拉致被害者が残っている。民主党では、外交通と呼ばれている人でも、朝鮮半島のことになるとかなり甘くなるので全く安心できない。第二は、北の核兵器の問題である。2006年7月には日本海に向けてミサイル発射実験を行い、10月に核実験の成功を宣言した。この時から問題の性質はがらりと変化したように思われる。米国が米朝実務者協議を行うようになり北朝鮮に対するテロ支援国家指定を解除したのである。米国は核保有国には絶対には戦争を挑まない。北の核は米国には届かないし、同じ朝鮮民族である韓国に向けたものではない。中国やロシアを狙ったものでないとすれば、普通に考えれば日本を脅すための武器である。日本は中国、ロシア並びに北朝鮮核兵器で狙われている。北朝鮮が核実験を行ったのは、安倍首相が共同で北朝鮮に対処しようと中国での話し合いを終えて、ちょうど韓国に向かう飛行機に乗っていた時だったと記憶している。2003年8月から行われていた六ヵ国協議は、結局、北の時間稼ぎをにしかならなかった。2010年になると米国の核専門家に対してウラン濃縮施設を公開するなど、核を恫喝外交の手段としてきた。
 安全保障上、気にしなければいけない国がもう一つある。それは韓国である。韓国も現在、射程300キロ、弾頭重量を500キロの弾道ミサイルをもっていて、その射程1000キロkm以上に伸ばしたいと米国に要求していると2011年の初めに報じられている。 もっとも射程1500キロとされる韓国国産の巡航ミサイルの配備は2010年から始まっている。北朝鮮だけでなく北海道以外の日本はその射程に入っている。竹島の実効支配の強化の背景には、このミサイルの整備が進んだこともあると考えられる。
6.今考えなければいけないこと
 金正日が亡くなってから、北朝鮮への援助を再開をという人が増えている。本当だろうか。90年の金丸訪朝以来、日本は2国間交渉のために150万トンの米をタダ取りされ、韓国の金大中盧武鉉政権は、太陽政策で10年間に100億ドルもつぎ込んで、2回核実験された。日本でも、政権の人気が落ちると拉致問題の解決と北朝鮮との国交回復で、一気に逆転だと考える政治家が多い。菅直人前首相ら党幹部の北朝鮮系の政治団体への億を超える寄付が明らかになり、前閣僚と北朝鮮の国交正常化交渉担当大使が中国の長春で極秘に会談していたことを考えると、民主党もそれを考えていたのかもしれない。この1週間の動きをみていると、現実的には中国が経済、政治、外交などで北朝鮮の新政権を支援し、自陣営への組み込みを強めているような気がする。韓国はどう対応するのだろうか。他人任せではなく拉致された人々を助けに行く算段をしなければならない。
 日本の軍事専門家が心配しているのは、権力の移譲に伴う混乱である。1)日米などとの対立を演出して国民の統制を図るために弾道ミサイルを発射する場合 2)軍の統制が利かなくなり、強硬派が韓国軍と衝突する場合 3)大量の難民が日本海を越えて日本国内に流入する場合 4)国内に侵入・潜伏する工作員がテロを実行する場合、などのシナリオが想定されているという。しかし混乱が生じても、今の法律のままでは自衛隊が韓国にいる邦人を迎えに行くことすらできない。来年韓国に左派の政権が生まれたら、米国は、果たして韓国にとどまり続けえるのだろうか。
 米国の政治学者のハンティントンやミアシャイマーが言うように、2020年を超えて、日米安全保障条約が存続する保証は何もない。経済を立て直すためには、軍事費を大きく削減するしかないからだ。日本が中国の勢力圏に入るのが嫌ならば自前の防衛力を整備していくしかないのではないか。