アイスランドへの中国の進出   

 アイスランドは人口30万人弱の北緯64度65度66度(ノルウェーの“中部地域”に相当)といった緯度線の通る北大西洋上に浮かぶ火山性の島だ。国土の半分はツンドラでコケと地衣類におおわれている。ちょうどアメリカ大陸プレートとユーラシア大陸プレートの継ぎ目に当たり、欧州最大の氷河とともに、巨大な間欠泉や温泉がある、風が1年中やむことがない島だ。住民の96%はプロテスタントで、ケルト人とバイキングの子孫だ。住民のほとんどは海岸沿いの街、中でも首都のレイキャビクに集中している。
 11月25日に、そんな国のニュースが久方ぶりに報じられた。中国の不動産企業によるアイスランドでの広大な土地購入計画について、アイスランド政府は法的要件を満たしていないなどの理由で購入を許可しない方針を決めたという。マンション建設やリゾート開発を手掛ける北京の企業が、アイスランド国土の0.3%に当たる300平方キロの土地を購入し、「リゾート」を建設する計画を進めていたという。土地所有者は売却に同意していたが、アイスランド政府がそれを認めるかどうかについて審査していたという。 
アイスランド政府は「先方が希望している土地の面積を考慮しなければならない。外国の投資家にこれほど広大な土地を売却した前例がない。アイスランドの独立と領土主権および国民が自国の資源から恩恵を受けるチャンスを守るため、外国人への土地売却に制限を課する規定がある」と明らかにしたというが、中国企業の現地代理人は、「計画の却下に驚いている。アイスランドの法律に購入可能な土地面積に関する規定はない」とコメントしているという。
 この計画の背後には中国政府の存在が疑われ、北極海航路の確保や大西洋での戦略的な足がかりを得るのが狙いではないかとの見方があった。
 気候変動によって、北極海が短縮物流ルートとして、また新たな天然資源の開発地帯としての可能性が表面化しているのは事実であり、日本でも海洋政策研究財団が、その両面から様々な可能性について調査している。北極海ルートにはロシアの北を通る北東航路とカナダ北部を通る北西航路が検討されている。海賊が多く、保険料も高いソマリア沖を通るスエズ運河ではなく、北極航路を経由すれば氷がない夏季には欧州との距離は5500-6500キロ(25-30%程度)削減される。北極海は日本と中国への「高速ルート」の役割を果たす可能性があり、北欧の海運関係者は、北欧が中国から欧州への新たな玄関口になる可能性もあると考えているようだ。そして北朝鮮羅津港吉林省黒竜江省がつながれば、上海などとの中国国内の物流自体が良くなることに加えて、この港が北極ルートの拠点となるとみている人たちがいる。
 北極海の可能性についての見方は否定はしないが、アイスランドでの土地取得に関しては、個人的には全く別の見方をしている。アイスランドはその2つのメインの航路からは少し外れているため、わざわざ給油のためによることも考えられないのである。中国企業の行動は、全てを一度は軍事的意図から見るべきと考えている。流言飛語の類とも思えるかもしれないが、以下の事実を並べてみると、嘘だと断定もできないと思う。

1)アイスランドの載った小さな世界地図に定規を当ててみると、アイスランドの首都のレイキャビクから、3300キロのところにローマやモスクワがある。念のため、最近見つけたIATAの国際空港コードを入れると距離が出るというネット上のコンテンツを利用したところ、それぞれ3298キロ、3280キロだった。ちなみに米国のワシントンDCのダレス空港までは4527キロだった。
3000-3300キロというと中国の中距離弾道ミサイルの射程として注目されていた距離だ。豪州北部のダーウィン近くの基地に米軍が配置されるとの発表の際に、この距離の外側にある基地としての利点が報道されていたばかりである。無礼千万な推測だが、仮にアイスランドにこの弾道ミサイルが持ち込まれれば、東欧やギリシア以外のヨーロッパの主要都市のほとんど全てが、この中距離弾道ミサイルの射程に入ることになったと考えられる。中国は、米国空母対応を目的とした対艦弾道ミサイルとともに核弾頭が搭載可能な中距離弾道ミサイルとして射程3000キロないし4000キロのミサイルを持っていることが知られている。
2)リゾート目的なのに、なぜそう疑われるかというと、この8月、試験航海を始めた中国空母ワリャーグ6万トンも、当初は旧ソ連軍の遺物としてスクラップとして売却される予定が、マカオの中国系民間会社が「海上カジノ」用に1998年に購入したものだからである。トルコ政府が、ボスポラス海峡ダーダネルス海峡を動力装置の無い大型艦が曳航されて通過するのは危険であり、外観が既に航空母艦であるとして、難色を示して時間を稼ぎ、時間をかけてようやく中国に回航されたが、2002年に大連に入港すると、いつの間にか、空母としての整備が始まった経緯がある。この8月には空母としての完成式典がなされ、1年後に航空機を載せて東シナ海南シナ海での任務に登場する予定だとされている。練習艦隊の空母としては上に乗せられている装備が多いとの見方をする専門家もいる。南シナ海の安全保障にについては、台湾やインドネシアへの米国戦闘機の売却がなされ、更には、米国空母がベトナムカムラン湾への寄港が実現されたことなどにより対応がとられつつある。後は尖閣諸島である。自衛隊は奪われたら奪い返すとの演習を行っているが、奪い返すよりは、最初から守る方がはるかに簡単なことは誰もが知っている。
3)アイスランドNATO加盟国ではあるが、自前の軍隊を持っていない国だ。それでも2006年までは米軍が駐留していた。経費節減もあって米軍のロシアの原子力潜水艦監視基地とその防空部隊が2006年9月末で撤収された。軍事的な空白ができる見込みがあるとそこを見逃さず進出してくるのが、中国軍の進出パターンである。
 仮にミサイル基地に使えないとしても、米露の戦略原潜の角逐の場であった北極海を監視する拠点としての使用が可能ではないだろうか。
 1974年 米軍のベトナム撤退時 ベトナムからパラセル諸島西沙諸島)全体を占領。
*1954年の第一次インドシナ戦争終結に伴い旧宗主国のフランス退却後、56年中国は東半分を占領。西半分を占める南ベトナムと18年間対峙していた。ベトナム戦争(1965年 - 1975年)が終わりつつある74年1月、西半分に侵攻し諸島全体を占領し、今もその実効支配下にある。一般の人が居住することはできない島そのものにほとんど価値はないが、排他的経済水域(EEZ)内の海洋資源が重視され、近年が滑走路や港が建設されている。
 1988年 ベトナム旧ソ連軍が撤退時 ベトナムからスプラトリー諸島ジョンソン環礁を占領
*1970年代後半にスプラトリーでは海底油田の存在が確認され、広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため各国が相次いで領有を宣言していた。1988年3月ジョンソン環礁の領有権をめぐりベトナム軍と中国軍が衝突(赤瓜礁海戦)し中国が勝った。南北ベトナムの統一後、カムラン湾ソ連が持つ最大の海外基地であり、79年に25年間のリース契約が結ばれていたものの、88年には撤退が議論され始めていた。というのは85年にはゴルバチョフ共産党書記長になり、86年チェルノブイリ原発事故、アフガニスタンからの撤退表明、87年米国レーガン大統領とのレイキャビク会談の後、88年3月の新ベオグラード宣言でソ連の東欧諸国に対する指導が放棄されるまさにその月であり、世界の関心はそちらに集中していた。そして89年11月10日の「ベルリンの壁の破壊」に至るあの時代である。その少し前の6月4日の天安門事件で中国は国際的非難を浴びていた。
 1995年 米軍のスービック撤退後 フィリピンのスプラトリー諸島ミスチーフ環礁を占領
*1992年11月スービック海軍基地クラーク空軍基地を返還し全ての米軍がフィリピンから撤退を完了した年の95年、フィリピン海軍がモンスーン期でパトロールをしていない時に、ここに建築物を建造した。95年のこの中国の行動が各国の警戒心を呼び起こしアジアでは一つの国を例外として軍拡が始まった。スービック基地の撤去に当たっては中国系の住民のフィリピン政府に対する政治的な働きかけが大きかったと言われている。フィリピンは95年すぐに中国に対して抗議を行うものの、建造物は「自国の漁師を守るためのもの」であると主張したが99年には鉄筋コンクリート製施設を建設された。07年には中国農業部南海区漁政局が漁民を組織し、イケス養殖のプロジェクトを始めた。漁政局は領土主権を主張するための部隊である。 
4)アイスランドリーマンショックで、経済は危機に陥り、多くの銀行が国有化され、公的資金投入を巡り、英国・オランダの大口預金者の分まで国民の税金で救済することに国民が反発したために、IMFによる支援やEUの支援を受けることが難しくなっていた。こうしたときに内政不干渉を口実に進出してくるのが中国である。アフリカ諸国への進出、つい先日までのミャンマーへの進出がそうだった。国家経済破綻後、北京政権は、アイスランドへの港や銀行などの投資や買収を加速していたという。警戒しなければならない理由は、ケイマンなどのタックスヘブンや、様々なファンドを通して、真の所有者がわからない形で買収を仕掛けてくることがあるからである。
 2010年7月から施行された国防動員法では、18歳から60歳の男性と、18歳から55歳の女性は、国内外において動員法の対象となり、交通、金融、マスコミ、医療機関は必要に応じて政府や軍に管理され、また中国国内に進出している外資系企業もその動員の対象となるのである。そのことは、北京オリンピック聖火リレーの際にどんな問題が起きたのかを思い出せばよいのかもしれない。問題が起きたのは、日本の長野県だけではないのである。どこの国においても、その国にいる中国人は中国大使館の指揮で動くと考えてよいのではないだろうか。
 こう考えていくと、全体的には「中国は本気だ。」と判断せざるを得ないことである。その長期戦略論と原理原則論に忠実でなければ、党内の権力闘争の厳しい国内で生き残るのが難しく、大国なるがゆえに、その姿を映し出す鏡がなく、舵を切るリーダーも生まれにくい仕組みとなっているのではないだろうか。