機種選定の政治力学

 1968-69年に導入が決定されたF-4代替の航空自衛隊の次期戦闘機の機種選定は、26日に製造メーカー3社による具体的提案が行われ最終段階に入った。政府はこの中から年内に機種を決定することとなった。本来は2008年度に機種が決定される予定だったが、最有力候補とされたF-22の技術流出を懸念した米国議会の禁輸措置があり、その決定は延期されていた。機種の選定については、専門家が日本の防衛に最も適したものを選ぶべきだと考えるが、事案の性質上、国内外から様々な思惑と圧力が作用するものと考えられる。そうした政治力学について考えた。
1.国産戦闘機の開発と製造
この9月には、F-2支援戦闘機の生産が終了し、最後の2機が自衛隊に納入される。追加的には東日本大震災津波で被災した18機のうち、6機が補修されて使用されることとなっている。
 F-2は1980年代後半に、戦後初の国産の支援戦闘機開発FSXとして計画された。日本が当時、自主開発を目指したのは機体と兵装だけだったが、米国から「日本が自主開発するFSXには米国製エンジンを供与しない」という激しい批判と強硬な申し入れにより、米国戦闘機F-16をベースにした共同開発を行うこととなった。共同開発とはいうものの、米国ゼネラルダイナミックス社の技術者にとっては、事前に米軍の許可した技術しか開示を許されていない派生型の開発だったが、日本の技術陣にとっては、主翼一体成型の技術やデジタル飛行制御システムなどの準備してきた新しい技術をF-16の機体の制約の中で自由に組み込む新たな戦闘機開発だった。外形が似ているだけで骨組みの配置も独自の軽量化設計がなされているという。結果としてかなり評価が高い機体に仕上がり、支援戦闘機の主目的である接近したドッグファイトならば、相応の水準に達したと言われている。
 開発の過程で、日本が開発した技術は米国側に移転をすることとなった。そのことは、結果的に現在の世界の航空機用炭素繊維複合材料の分野で、日本が70%を生産する契機となった。最新のボーイング787においても日本企業が主翼一体成型を担当し、軽量化や燃費、整備性の向上に大きく貢献している。
 現在選定が進められている戦闘機として、F-22が買えないならば、このF-2をベースにした改造を行うべきという意見もあった。現時点においてベースとなったF-16の発展型の購入を台湾が切望していることから考えても、この意見には、かなりの合理性があったと推察される。ところが現実には、既に、2004年8月に、当時の石破防衛庁長官が、F-2の生産を130機から94機に削減していたこともあるかもしれないが、機種選定の候補に上らなかった。数量削減理由として、単発エンジンのためパワーアップが難しく性能向上と新しい装備の追加が難しいこと、1998年に北朝鮮テポドンが飛んできたため高額なミサイル防衛への研究参加と実戦配備にお金が捻出する必要があったことなどが説明されている。ミサイル防衛の完成が2年遅れることがつい数日前に発表された。
問題の戦闘機用のエンジンについては、推力10トンのF-15用のエンジン、推力13トンのF-2用のエンジンとも、日本でライセンス生産されている。ちなみにF-22は推力15トン、推力重量比10の高性能エンジンを2つ積んでいることもあり、そのステルス性と相まって最強という評価を得ている。航空機のエンジンは、燃焼器、圧縮機、タービンなどの耐久性・耐熱性が要求される精密部品の塊りであり、その研究開発には費用と時間がかかり、製造のための設備投資額も大きい。米国のGE、P&W、英国のロールスロイスが3大メーカーとされ、後発メーカーが容易には参入しにくい業界構造にある。日本のメーカーが技術を持っていなければ、技術供与もうけれないことも十分考えられるため、ステルス技術実証機「心神」を開発し、その中で推力5トンの推力重量比8という世界水準のエンジンを開発した。既にその派生型の6トンのエンジンは新型対潜哨戒機P-Xに搭載され2007年に初飛行に成功している。現在、推力10トンのエンジンの新たな研究開発が始まりつつある。10トン以上のエンジンの研究には、単にエンジンの開発する費用だけではなく、数百億円規模の追加投資を要する大型の新しいエンジン運転実験設備も必要となる。ステルス性について言えば、心神モックアップはフランスに運ばれ、フランスの実験施設でステルス性の試験を終えているとのことだ。ステルス性は戦闘機自体の構造とともに、機体の表面塗装がポイントでなるが、日本のメーカーの技術がもとになっていることが明らかになっている。
 先端軍事技術は基本的にギブ・アンド・テイクであり、同盟国といえども自らの技術力や経験なしには開示されない。そのため、日本が買ってきた米国の兵器は、値段とは無関係にダウングレードされていることは世間一般にはあまり知られていない。技術には大きくいって幾つかの開発領域がある。大きな進歩を成し遂げるためには、1)コンセプト設計、つまり、どんなものを作るかという構想とアイデアの領域。2)そのコンセプトを実現するためにスーパーコンピュータを使った基本設計の領域。3)設計通りに物を作るための製造技術の領域。さらには4)あたらしい技術を可能にする材料分野の開発技術が必要である。日本には潜在力があり、円高の中で、モノづくりの分野の一層の高度化を図るとすれば、宇宙航空分野や医療医薬分野に本格的にシフトしていかざるを得ないことも事実ではないだろうか。
 またこうした最先端の技術開発を支えるためには新たな国家制度や組織を作らなければならないことも指摘されている。まず第一は、スパイ対策である。防諜法の制定が必要だ。第二は、他国のサイバー部隊に対応できるセキュリティ部隊の充実が必要だろう。第三は、民主制を守りつつも、機密を守れる予算・決算制度の導入である。この3つの法案と制度が国会で議論されるのはいつのことだろうか。

2.アジアの軍事バランス 
 もう一つ考えなければならないのが米軍の動向である。中国の国防費は毎年2ケタで伸びているため、このままいくと控えめに見積っても2020年に中国の軍事予算は米国を上回ると考えられている。米軍はアジアだけでなく世界全体をカバーしているため、アジアだけで見ると米中の経済軍事バランスは中国優位となる可能性が高い。ロシアも軍備大拡張へ舵を切り始めたことが明確になりつつある。「勢力均衡のみが平和を守る」と考えれば、好むと好まざるとにかかわらず、日本はこれから急速に自主防衛力の充実をはかるしかないというのが自分の考え方だ。中国・ロシアだけでなく北朝鮮といった3つの核保有国に囲まれて生きていくには、軍備の充実を図るとともに、自主防衛力の充実を図り、集団自衛権を認める必要がある。3カ国から核で脅されているのにもかかわらず非核3原則を掲げる意義は何もない。
 米国の経済規模は、世界の2割程度だが、軍事予算は世界全体の5-6割を占めている。米国は、国を立て直すためには、どう考えても今後、軍事費を削減せざるを得ず、その結果、今後10年間に国際構造は急速に多極化していくものと考えられる。また米国内の選挙対策もあってパレスチナの国連加盟に拒否権を行使せざるを得ない米国は、これからもイスラム諸国との紛争に巻き込まれ続けるかもしれない。そうしたことが積み重なって米国は次第に東アジアから撤退して行かざるを得ない状況に至る可能性がある。普天間問題に関連して1兆円かけてグアムの基地を整備するよりは、辺野古への移転を実行したうえで、アジアの防衛力整備に1兆円を使うべきだとの意見が出てきている。
 日本にとって最悪のシナリオは、ある日突然、中国と太平洋の分割を協議する米国政権が現れないとは限らないことである。インドは一つの国に1/3以上の兵器の供給を仰がないという政策をとっているようだ。米国はアジアからの撤退を絶対しないと言っているし、そう言い張るだろう。しかし想定外を想定するのが安全保障の第一歩であり、米国だけに一方的に依存する外交政策や国防政策は危険すぎるといわざるを得ない。
 今はヨーロッパのソブリン危機が騒がれているが、著名な投資家のウォーレン・バフェット氏は2016年以降のある時点で米国は対外債務に耐えきれなくなり深刻な財政危機と通貨危機を引き起こし、国内は動乱状態になるかもしれないと心配しているようだ。特に2009年以降、かなりのドルを印刷して通貨市場に投入したことは決定的だったのかもしれない。米国は10年以内に国債の大暴落と国際通貨危機を引き起こす可能性が高いのはないだろうか。ドルが基軸通貨でなくなれば米国経済は低成長を余儀なくされる。
 ド・ゴールは「自国の運命を自分で決めようとせず、友好国の政策判断に任せてしまう国は、自国の国防政策に興味を失ってしまう。自国の防衛を他人任せにするような国は独立国としての存在理由を既に失っている。」と言っていた。日本はそうした国になってしまっているのかもしれない。
 日本のなかにも、ユーロファイターという欧州の戦闘機を導入すると米国の機嫌を損ね、日米同盟を損ねるとの見方がある。しかしNATO軍の米軍との連携をみてそれが事実だとは思えない。次期戦闘機が、輸入であってもライセンス導入であっても自主開発でも構わないが、2015年以前により多くの戦闘機を有効な位置に配置し抑止力を高めておくべしというのが国際環境から見た日本防衛の第一歩だと思えてならない。日本の指導者のガッツが試されている。2007年に麻生さんが唱えた「自由と繁栄の弧」という構想には志があった。