ドラッカー・ノート

 大学時代から読んではいたが、30歳を過ぎてから折に触れて繰り返し読むようになったのがピーター・ドラッカー氏の著作である。2005年になくなられて数年たつが、今も特集が組まれブームが起きている。膨大な量の著作があるが、最近は専ら「実践する経営者」(2004年、ダイヤモンド社)を繰り返し読んでいる。読むたびに共感する所があり、新しい発見がある。ウォールストリートジャーナルに30年間書かれてきた論説のうち経営に関するものを上田惇生さんが編訳したものだ。
 人口構成や産業、市場、価値観、科学技術、経済・社会のトレンドは時代の進むにつれて変化する。成功するイノベーションは、この「既に起こった変化」とそれが一般に認識されるまでの時間のズレを利用する。企業成長の戦略は「既に起こった変化」と「自社の強み」を考察することによって生まれる。成長するためには、絶えず枝葉を落してコストを削減し、機会のあるところに的を絞って自らの強みが大きな成果を生む分野に集中しなければならない。成長は絶えず新たな事業資金を必要とするので、利益よりもキャッシュフローを中心に運営する必要がある。2−3年後の財務構造と資金調達を想定し資金調達先を準備しておくが必要である。また将来必要となる情報、特に会社の外の情報、市場で起きていることの情報も必要となる。事業の評価、事業の機会、事業への脅威は、会社の外の世界にある。特に本来、自社の顧客であってもおかしくないノンカスタマーについての情報を意識的に収集しなければならないという。そして絶えず5年後の事業にとって最も大切な活動は何かを考え、誰がその活動の担当するのが適任かを問い、その選んだ人間に、肩書や報酬を変えずに、まずその活動の実質的な責任を持たせて育成することが重要だという。人材育成には時間が必要であり、事前に準備しなければ、企業は成長を続けることはできない。さらに事業のスクリーニングやコスト削減の方法、合弁会社や企業買収が成功するための原則、研究開発をカイゼン・展開・イノベーションの3つに分けて効果的にすすめる方法、中でもイノべーションの管理方法を説く。ベンチャー企業や家族経営の同族会社、成長期にある中堅企業、世界的な大企業に対しても、ドラッカーの考えていることの基本は変わらない。マネジメントの中核にあるものは起業家精神だと説いている。
 1909年にウィーンに生まれ、2度の大戦を経験し、米国で多くの企業の生成流転を観察してきたドラッカーは、リーダーシップは重要だが、カリスマ性は良いものでも、望ましいものではないという。リーダー共通の資質特性があるわけではない。真のリーダーは人間のエネルギーとビジョンを創造する。組織の使命を考え、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持するという。優れたリーダーは、たとえ失敗しても他人のせいにしない。有能な部下を集め、前進させる。野心的な部下はリスクではあるが、凡庸な部下にかしずかれるリスクよりは小さい。また、何よりリーダーシップで必要なことは、ごく当然のことだが、部下の多くの信頼を得ることであるという。そのためには公言している信念と行動は少なくとも矛盾してはならない。部下がリーダーに従うのはリーダーの賢さというよりは真摯さへの確信だ。同時に経営能力で評価すべきは、経営者の意欲、真摯さ、創造性、社会性やその組織の現在の業績ではないと主張する。現在の業績は過去の経営の結果であり、現在の経営が明日の事業を左右するからだと厳しい。市場における地位の変化、イノベーションの成績、資金・資源・人材の生産性の実績、キャッシュフロー、収益性などの5つの尺度のトレンドが問題だという。
 「日本は今、社会的にも経済的にも東西の架け橋として新しい時代に突入しつつある。そのため、産業、教育、医療、政治、行政のあらゆる分野において、思考と姿勢の転換が求められている。純粋の国内産業さえグローバル経済に巻き込まれつつある。いかなる保護主義的措置ともかかわりなく、eコマースによる新たな国際競争が激化している。起業家精神がこれほど必要とされている時代はない。・・・悲観的になることは誰にもできます。確かに良い状態ではありません。しかし世界がすべて良い状態にあったことなどありません。・・・われわれはいろいろなことに悩まされています。ところが、それらすべての問題にもかかわらず、われわれは生きてきました。」