グローバル化と人材育成  

 今年の春、松下電器産業に採用された新入社員のうち2割が日本人で8割が外国人だという。昨年はついに社内の公用語を英語にすると言い出す企業も出てきた。就活においても、英語の試験を含む一次試験でエントリーの足切りをしたうえで面接が始まる。中には一連の面接の中で外国人面接官による英語面接を行なう会社もある。また採用を内定した学生には、入社後ではなく入社前に3週間ほどフィリピンやベトナムに送り海外研修を実施する会社もあるようだ。大手商社の中には、英語は当然として中国語の習得を促す会社もある。一方、就活市場に人を送り出す大学側においても、グローバルな人材育成が先生方の一つのキーワードになっている。そこでは日本人学生の英語能力の底上げ、英語による講義の実施と単位の修得、外国人教官や留学生の受け入れ体制などが議論されている。
 「破壊と創造の人事」(楠田祐、大島由紀子著2011年6月、ディスカバー21)という本が、企業の人事部門の動向を知るうえで興味深かった。その中からグローバルな人材育成について興味深い指摘を4点あげる。
 1)グローバルな人材育成では、韓国のサムスンが先進的だ。入社3年目から課長代理のクラスの中で、業績と潜在能力を認められた人材を選抜し、1人に1つの国を割り当て1年間赴任させる。その1年間に何をするかは本人の関心と興味で決める。家を探し学校を探すのも自分で行い1年間その国で生活し、1年後にはその国についての地域専門家として本国に戻ってくるという。1990年から始めたこの仕組みで育てた4000名が戦力となって世界各国でシェアを伸ばす基礎となっている。日本のNECも将来売上の50%を海外で上げるためのインフラとして2008年から新入社員のうち30名を選抜し海外駐在に起用し始めた。
 2)グローバル化を加速するため、企業は外国人採用を増やしたり、M&Aで海外企業を買収する。しかしそのあと、文化の異なる人や組織をうまくマネジメントすることが難しいことに気が付く。現地法人の処遇や雇用形態を棚卸してグローバルな報酬制度を何とか作っても、それでうまくいくわけではない。
 3)欧米の大手人材コンサルタント会社の役員の経験をもつ早稲田の大滝令嗣教授は、今までの日本人海外赴任者のように本社や日本の工場を向いた連絡調整役ではなく、これからは同じ地域の複数の拠点や現地の提携企業と連携して「面」の展開をはかり、大きな市場の変化に対応できる人材が必要だという。グローバルに成功している欧米企業の場合、3−4万人の製造業ならば200−300名(5%前後か)のグローバルビジネスリーダー(GBL)がいるという。GBLの定義は、「戦略ミッションを背負う存在であり、自社の企業の文化を伝達でき、海外経験があり、現地の歴史や文化にも関心を持ち、現地スタッフから尊敬される、本社のトップが目を配りしながら育成する人材」との由。GBLはとても短時間では育たない。語学の問題もさることながら、違う価値観の人たちと仕事を進め、コミュニティを作り上げていくという能力が求められる。
 4)人材マネジメントを経営のバリューチェーン(付加価値連鎖)の中で位置づけるものとして注目されるのが2005年にハーバートビジネススクールより提案された「ワークフォース・スコアカード」の考え方だ。これにより会社の戦略目標と人事部門としての目標の間に、集団としての人材開発の目標を設定することが可能となり、戦略を実現するための人材マネジメントが明確になる。人材育成の仕事は、人事などの担当部門だけではなくトップも含むラインマネジメント自体の仕事であり追求すべき目標の一部として考えなければならない。
 バランスト・スコアカード   
   財務的な成功←顧客の成功←業務プロセスの成功←労働集団としての要員の成功(学習・成長の視点)
 ワークフォース・スコアカード   
   労働集団としての要員の成功←要員のスキル←要員の行動特性←要員の行動姿勢と組織文化
 HRスコアカード   
   要員の行動姿勢と組織文化←人事制度←人事実務の実行←人事スタッフが持つべきスキルと競争力

 このように考えてみると、グローバル化のための人材育成は、単なる語学や個別のスキルの習得だけでは十分ではなく、全人格的なものであり、歴史や文化などの教養の習得、多国籍な集団の中での生活経験、多様なプロジェクト集団への参画経験などを通じて行われるものと考えられる。YOUTUBEでみた「中国で最も有名な日本人」と言われる加藤さんの話も興味深かった。加藤さんは山梨の高校を出て秋から北京に行き、北京大学で学部4年と大学院2年を学んだとのことだ。そこで、ゼロから中国語と英語を身に付けたという。中国語の先生は、売店のおばさんと辞書だという。中国の大学は全寮制なので、北京大学の外国人用の寮には100か国の留学生が学んでおり、寮の共通語は英語なのだそうだ。時に国際関係の授業では、ただ一人の日本人として、日本政府の考え方の説明し弁護する中で、興味深い分析能力と発言力を身に付けたようだ。
 そういえば、日本でも100か国の留学生が学んでいる大分県立命館APUは「寮で生活を共にする中で多文化調整能力を育てます」という広告を航空会社の情報誌に出していた。