国難とは何か 

1.政治短観
 民主党政権となって、最低、最悪の首相が2代続いたが、3人目の首相に小沢派のバックアップを受けた海江田氏ではなく、50代半ばの財務大臣の野田氏を大差で選んだ。党内の宥和とともに、自民・公明との大連立を唱え、財政規律を重視する考え方だという。ここ数日のメディアでの討論を聞いていると、財政だけでなく外交や防衛についても保守派であるため、自民党はかえって戦い難く攻め手を欠くものと考える。国民的な人気では前原氏に負けるものの、年配の政財界人からの信頼は厚い。年度後半の政局を展望すれば、違憲判決もあり総選挙の前には定数是正のための選挙制度の見直しが必要なこと、公明党が、3次補正予算と限定せず、「法案別の協議に応じる」としていることが局面展開の鍵となる可能性がある。

2.為替・食料・エネルギー
 3次補正では復旧復興対策とともに経済対策が議論されることになりそうだ。為替相場でいえば、1年前は90円を切る円高で大騒ぎだったが、今は76円台となっている。円高対策の一環として、ようやく外貨準備のうち1000億ドルを使った海外投資ファンドが設立されることとなった。
 国内の小麦卸売価格は10月からが2%引き上げられる。天候不順による世界的な作物の不作で今年3回目の値上げとなる。世界の食料品価格は軒並み6割前後高騰している。ソマリアでは多くの難民が食料不足に悩んでいる。北アフリカジャスミン革命がおきて半年、リビアの首都トリポリの旧政府側の拠点が制圧されカダフィー政権は事実上消滅した。その結果、リビアの石油生産は回復するとみられて原油価格は下落した。
 極東においても中長期のエネルギー戦略に向けた動きがあった。昨年秋の中国との交渉に加えて、ロシアはサハリンやオホーツク海天然ガスや石油を北朝鮮経由のパイプラインで韓国に売却する権利を北朝鮮と交渉したとみられる。これには北朝鮮の食糧難も大きく影響している。
 国内では原子力災害後の原子力発電所の安全対策と総合的エネルギー政策の見直しが課題となっている。今は原子力発電の縮小が日本の世論の大勢を占めるが、技術力のある日本がこの技術を更に安全なものにできる数少ない国の一つであり、世界経済の発展に必要不可欠な技術であることもまた事実である。

3.国難とは何か
 東日本大震災、福島原子力災害は確かに大変な問題だが、国難とは思わない。復旧復興の遅れ・収束の遅れは人災の要素が大きい。この春から首相官邸周辺は20幾つの委員会が開かれ連日大忙しだったという。しかし6月末に出された復興会議の結論で強調されたのが「増税すべき」という文言だけだったのには心底呆れ怒りが込み上げてきた。「仙台港の水深を20メーターのハブ港湾とし復興の核とする。被災地域に立地する企業の法人税を雇用人員に比例して今後5年間免除する」というような案がほしかった。しかしそうした案はトップダウンでしか出てこない。
 孫子の兵法では、統治を5つの要件で考察する。即ち、①道(民意を統一しうる基本方針)②天(タイミング、陰陽、気温、時節)③地(距離の遠近、地形、土地の広さ狭さ、環境条件の有利不利)④将(指導者の知恵、信義、仁愛、勇気、威厳)⑤法(制度や組織の運用と訓練)である。多くの委員会が開かれたが、原子力災害特別措置法は読まれた形跡はなく、自衛隊のほぼ半数10万人の大動員にも国家安全保障会議はついに開かれなかった。将と法がなくては国が治まるはずもない。
 世界の現状を俯瞰して、「基軸通貨の力に陰りが見え、TPPのような自由貿易協定という名のブロック経済化の唱えられていること、周辺への領土的な野心をもつ新興国の存在と世界的な景気後退などの事象をとらえて現在の政治経済環境が1930年代の前半と似ている」と考える人が増えている。更に世界の人口は65億人から100億人となる時代がすぐそこまで迫り、世界の若年失業の増大はこのままでは新たな危機を引き起こしかねないと考えられている。日本の指導層が、30年一日の如く、自国の年金と税金の話だけしてて良いはずがない。どんなエリートも長年1つの組織、1つの価値観で育つと思考が固まる。想定外が想定できなくなる。ここに本当の意味での日本の国難がある。
 1930年代の歴史の帰結が戦争であるならば、空想的な平和主義を廃し、戦争を抑止するための方策を議論し実行する必要がある。軍事史からみた戦争の構造的要因は3つある。
 1)地政学的対立
 典型的には海洋国家と大陸国家の対立だ。大陸国家は土地をの占有と使用の権利によって階層社会を造るが、海洋国家では全員が力を合わせて船を漕ぐ事が必要であり平等関係を重んじる。
 2)国体の対立
 共和制と絶対王制の対立、社会主義と資本主義の東西冷戦が事例としてあげられる。
 3)国力の不均衡
 国力は、人々の人口、国民性、国民の団結・規律・士気、教育訓練、産業経済力、政権の統治力、外交能力、軍事力の8要素からなる。これが国によって異なるうえに、時代とともに消長する。しかし国際社会における既得権益は国力の消長に応じて容易に変更されることはない。そのため既得権益の現状を維持したい国と変更したい国が出てくる。一般に軍事的に弱体な国家が強力な武装国家に隣合わせると戦争は避けられないとされている。
 安全保障の確保は、いつも危機の予測から始まる。危機の管理には3つの原則がある。第一は、予想される危機に対しては悲観的に準備し、いったん危機が起きたら楽観的に冷静に対処すること。第二は、初動対応いかんで危機管理の優劣がきまるため、初動対応に全力を尽くすこと。第三が平素の準備である。危機は事前に予測できないため、危機を現実のこととして平素から十分に準備することが必要である。危機管理は平時には安全保障の問題であり、外交・軍事的な意味での安全保障、自然災害からの安全保障、伝染病や公衆衛生といった分野での安全保障、エネルギーや食料、水などに関する資源の安全保障がある。この2年間は、そうした様々なタイプの安全保障への準備が不十分だったことを本当に実感されられた。
 3月の東日本大震災の後、自衛隊は最大動員数で陸海空3軍の約半分の10万名が動員された。関東大震災のときは5万人の動員だとされる。これから関東・東海・東南海という3つの地震の連動に準備しなければいけないとすれば、少なくとも20万人前後の自衛隊員を動員する必要があるのではないだろうか。動員されてない10万人で日本防衛にあたっていたが、日本の混乱している間に、中国は日中境界線上の海底油田の単独掘削をはじめ、韓国は竹島ヘリポートをつくり宿泊施設を拡充した。そう考えると自衛隊の総定員を少なくとも30万人前後に増やさなければならない。同時に地域ごとに平素から警察・消防や行政と連携をとりながら災害やテロといった有事に備える部隊が必要ではないだろうか。多くの命を救うためには、何より自己完結型の組織の拡充と平素の計画・訓練・連携が何より重要だ。予備自衛官制度の拡充も必要だろう。国際的な義務としての国連軍への参加や他国が災害にあった際に駆けつける第一陣として部隊の整備、軍事的空白が問題となっている島嶼部の防衛を考えても増員は必要だと考える。またそうした総定員の拡大の中で、宇宙やサイバースペースでの防衛力、更にはインテリジェンス部門の能力の拡充整備を図る必要がある。そうした想定は官僚組織の中からはなかなか出てこない。
 政治が、安全保障を確保し、経済を再び成長軌道に乗せ、企業は戦略的な組織編成と事業展開を行い、大学が魅力ある人材の供給と新しい科学技術の研究開発をしなければ、日本に未来はない。ひるがえって、人がいて、技術があって、お金があって、資源が買えるのにもかかわらず、経済成長しない国の在り方は、かなりおかしい。“Japanification”とは消費者が消費を拒み、企業が投資を控え、銀行が現金を抱え込んで、日本のように長いデフレで経済が活力を失うことと意味するという。そうした時に消費税を上げても一層経済の縮小が進むものと考えられる。政策の眼目は何よりもデフレの脱却と雇用の拡大に中心を置かなければならない。そうだとするならば、免税債の発行や相続税の廃止とともに、資産の活用を促す幅広く薄い資産課税も検討課題に上って来ないだろうか。