南シナ海の冷戦 アジアの自由

 大震災から100日がたった。現内閣は退陣を表明しながら延命を目指すという奇妙な状況が続いている。不信任案は否決されたものの、事の本質は、政局ではなく、この人の下では国難にあたって実務が進まないという与野党の議員、識者の共通認識にあると思われる。国民の団結を生み出すものは、核心となる指揮官に対する全人格的な信頼だからである。内閣がこのまま改造されれば、被災地復興を人質に取られたまま、第三の災害がしばらく続く。日本が判断不能に陥るなか、南シナ海の情勢は緊迫の度合いを加えてきた。6月に入ってベトナム海洋資源調査船の海底ケーブルが中国の沿岸警備隊に切られると、普段許されていないと思われるデモがハノイで起きた。13日には、ベトナム海軍が、公海上で10時間に及ぶ実弾演習を行った。また同日、ベトナムでは、1979年の中越戦争以来の徴兵令が出された。翌14日、中国海軍は海南島周辺で旅団規模の上陸演習を行い、香港のメディアを使ってベトナムを討伐すべしとの意見が数多く表明されている。
 中国の外交部報道官は、記者会見で「中国は、武力で威嚇したり、武力行使で脅迫することはない」と述べているものの、今後、数年間に海軍並みの装備を持つ沿岸警備隊を大幅に増強する計画が発表された。南シナ海東シナ海も中国の海だという主張を武力で実現する体制を固めるつもりなのだろう。中国にとっては今は静かにしていても、もうすぐ完成する練習空母を繰り出して尖閣諸島を占領し、数年後に海南島の三亜を基地とする空母を南沙諸島付近に配備すれば東シナ海南シナ海全体の制海・制空権は自分のものだという考えがあるのだろう。エネルギ-資源の確保するとともに、台湾の東側からフィリピンの西側にある深い海を自国の戦略原潜のための聖域にし、東南アジアの制海・制空権を自らのものとしたいと方針は変更していない。そうなるとアジアの航行の自由、日本のシーレーン、アジアの経済の発展は中国に大きく制約されることとなる。既にアジア各国が一様に潜水艦隊の増強に乗り出しており、日本も昨年、耐用年数の延長によって潜水艦の数を増やすことを決めた。米国も南シナ海の航行の自由の重要性にコミットを表明した。2010年7月の東南アジア諸国連合地域フォーラムでは「中国はほかの周辺国と比べ、絶対的な大国であり、南シナ海における領有権に関して議論の余地がない」と中国自ら発言して参加国を呆れさせた。秋には、東シナ海の中ほどにある尖閣諸島で日本の巡視船に対する中国漁船の体当り事件が起こし、その後のやり取りの中で中国の考え方、政府の態度が明確になった。米軍はこの6月にフィリピンと、そして7月にベトナムと合同軍事演習を計画しているとされる。一方、中国はこの7月に南シナ海に海底油田掘削装置を搬入するといわれている。こうした緊張の高まりに、日本は何の対応もできていない。
 戦争と平和、戦時と平時の間には種々の段階があり対処法があると教えているのが、防衛大学校防衛研究会の編著となる「軍事学入門」(1999年6月、かや書房)である。以下同書より、軍事力によるエスカレーションの具体例を引用したい。このブログの流儀に合わせて箇条書きにして表示することをお許しいただきたい。南シナ海制海権・制空権がEEZ内の航行の自由も認めない一国の手に落ちた時、アジアの自由は制約され、アジア全体は一般的に言って「準戦時」に突入することとなる。
戦時
1.主要都市などの重要地点の攻撃
2.工業地帯などの国家の重要地域の攻撃
3.軍事施設の攻撃
4.限定地域(海域)外の軍事施設・艦艇などの攻撃
5.限定地域(海域)内の軍事施設・艦艇などへの攻撃
準戦時
6.防衛(交戦)海域などの設定
7.海上封鎖などによる経済的圧迫
8.対象国に向かう船舶などの臨検・抑留・拿捕
9.対象国にとって重要な地域(水域)陸海空路の封鎖
10.対象国周辺への軍事力の集中・展開
平時
11.艦艇の配備・編成替えなどによる意思の表示
12.武器の売却(譲渡)・教官派遣・留学生の受入による友好関係の拡大
13.共同訓練による友好関係の増進
14.災害救助・医療支援・測量支援のための軍隊の派遣
15.艦艇・部隊などの相互訪問・国家的行事への参加

 アジアの自由を守るため、米国とともに、日本はもっと平時における積極的な努力を積み重ねることができるのではないかと考えられる。武器輸出3原則の見直し、アセアン各国の沿岸警備隊や海軍・空軍との共同訓練、災害防災拠点の設営など日本の資金と技術の活用を考えたい。