森の国日本(2) 荒廃と山地酪農

 東京農工大の「森林・林業実務必携」(朝倉書店07年)という辞典を傍らに置きながら、引き続き森林関係の新書を何冊か並行して読んでいる。何が起きているのか、一般に報道されることが少ないため、今一つはっきりしなかったが、四手井先生の考え方を骨組みとして仕事以外の時間を森林関係の読書に充てている。まだ全ては読んでないが、森林文化協会の井原俊一さんが書かれた「日本の美林」(岩波新書97年)、研究者で建築家の白井裕子さんが書かれた「森林の崩壊 国土をめぐる負の連鎖」(新潮新書09年)が興味深い。
1.荒廃の構図(「日本の美林」6-12頁より) 
 里山の雑木林が姿を消したのは戦後まもなくの頃だ。燃料革命がおこり化学肥料が普及し、薪と落葉がいらなくなった。経済成長が始まりと、セメント、砂糖と並んで針葉樹が不足した。特に針葉樹は52年から61年の10年間に2倍に高騰した。スギ、ヒノキこそ次に目指すべき「いい森」だと誰もが考えた。里山の持主たちは広葉樹の雑木林を切り、スギ、ヒノキ、マツを植えた。スギ、ヒノキは育成期間は薪炭用の広葉樹の倍の40-50年かかるが、15-20年で間引きして足場丸太や柱材を売り、植林費用を賄えば最終収穫期の木材収入はまるまる手元に残ると計算した。現在その木々が収穫期迎えた。円高が進み木材供給量の8割は外材となった。仮に50年たったスギの山を切っても跡地に植林すると何も残らない。収入は期待できないから手入れもしない。里山の針葉樹は、当然荒れていく。逆に経済価値が高まったのが、奥山に残されていた広葉樹だ。ブナ、ミズナラトチノキなどは家具材、内装材として人気が高い。奥山の国有林は自然度が高く貴重な動植物も多いが、今、その広葉樹を切らなければ経済が成り立たない。
 以下は、白井さんの「森林の崩壊」からの森林に関する部分の読書メモ。
2.蓄積量は増えているが、林業としての生産性が低く放置されている 
 世界の森林率は30%しかないが、毎年1000万ヘクタール消失している。日本の森林面積は減ってはいない。木材蓄積量は毎年8000万㎥増えている。木材の総需要量が毎年9000万㎥前後で推移しているので数字だけ見れば国内でほぼ自給できそうだが、現実には2割しか生産されず、8割の木材を輸入している。
 *北欧、オーストリアでは木材蓄積量の成長量の7割を生産(伐採・製材)している。
 戦後に造成された人工林1000万ヘクタールが伐期を迎えている。大量密植した人工林を放っておけば、日が差さなくなった森は下草も生えず木の根も浅く、一たび雨が降ればゴッソリ「山抜け」(山地崩壊)する可能性があり危険。
 日本の林業の生産性は欧州の1/10であり、林業の機械化、山林所有者の共同化などの政策によりこの50年間で差が開いた。林道の密度は、欧州では急峻なオーストリア国有林で32m、民有林で49mも整備されているが、日本は手作りの作業道を合わせても16mしかない。90年代から欧州で開発された高性能林業機械は数多く導入されたが、なだらかな丘陵地帯でしか使えず、導入台数は多くても活用できていない。
3.山の地所の境界と所有者がわからず、所有権も強すぎる
 木を切りたくても山の持ち主がわからない山林も多い。土地の長老たちに尋ね歩くような山林が存在している。地籍調査、土地分類調査などを含めて「国土調査」と呼ぶが、国有林を除いても日本全体で2006年度で47%しか行われていない。大阪、京都、三重などでは地籍調査は2%、6%、7%の進捗率でしかない。境界線も所有区分もはっきりしない。持ち主の特定は登記簿頼みだが、現在の所有者が登記されているとは限らず、現況とは一致しない団子図となっている場合も多い。土地課税台帳もあるが個人情報保護法都道府県でも見られないという。このほかに森林資源状況を把握するための森林簿や施業図が作成されているが、所有者が他の都道府県に行ったとなると大変な作業となる。日本の場合、山に立っている木は庭木と同じで、所有者の同意がなければ1本も切れない。荒廃林でも所有者の許可なく立ち入ることが難しい。
4.河川流域ごとの森林計画
 森林計画は158の河川の流域ごとに立てられている。都道府県ごとにまず区域が分けられ、次に川の流域毎に区分する。例えば、岐阜県は5つに区分され、①北部の飛騨高山を含む宮川、庄川の宮・庄川流域。天然広葉樹が多くを占め家具木工の歴史がある。ただ家具用材も海外からの輸入材が増えている。②郡上八幡や美濃、岐阜を含む長良川流域。戦後植えられたスギが多く、災害の被害も多い。③その西にある揖斐川流域。人工林のスギが長良川流域に次いで多い。元々が広葉樹を使う薪炭生産が盛んな地域だったが、上流部における過疎化進み不在村林の比率が45%超と高い。70年代から製材所の原木の7割は外材だったが、ラワンの輸出禁止、現地製材の義務化等により製材量が減少している。④東側の飛騨川流域。伐採された広葉樹はチップ工場に出荷される。木材地場産業は盛んだが地元資源と結びついていない。⑤木曽川流域に分かれる。もともとヒノキが自生する地域。民有林に占めるヒノキの割合は4割。地元の資源をブランド化しているなどの特徴がある。手塩にかけられた人工林は芸術であり、今でも市価の何倍といった値段で取引されるが、歴史ある林業地以外で大量に植林されたスギ、ヒノキ、マツがブランドになった地域はほとんどない。自然保護を重視するか、産業振興を重視するか、その土地にあった森づくりの方針が必要である。
5.複雑な補助金
 森林は、山地災害防止機能、水源涵養機能、保険文化機能、生活環境保全機能、木材生産機能の5つでとらえられ、高、中、低の3レベルに判定され補助金算定の判定に使われる。これとは別に保安林があり、一般会計の枠で整備される。森林組合では、補助金制度がわかるようになれば組合長になれるといわれ、地方自治体では、森林の補助金を正確に理解し説明できる人は各都道府県に2人、全国に100人いないと言われている。おそらく南北に細長く、多様な森林にできるだけ合理的な基準で補助金を配分しようと工夫を重ねた結果、制度を運用すること自体がしんどくなっているのだろう。補助金の悪口を言わない人はいないという。
6.山地酪農
 森林に希望はないのかと思いつつ本を読みながら、二人の先生のことを思い出した。
一人は数年前に講演会で山地酪農のことを教えていただいた京大の柏久(かしわ ひさし)先生。若いときに夢中になって研究された酪農の写真を何枚も見せていただいた。トウモロコシなどの輸入配合飼料がいらない酪農のやり方があるという事実は新鮮だった。山も次第に牛によって整地されていくのは驚きだった。
もうお一人は、お会いしたことはないけれど、池本喜三夫(いけもと きさお)先生。「フランス農村物語」や「農公園列島」をお書きになった先生だ。学生時代に会った出版社の方から読むことを勧められた。ともに東明社から出版されている。題名以外は、ほとんど忘れていたが、なぜだか急に気になり、書庫の奥から探し出して再読した。
「農公園列島」の第1章は「山羊の夢」という文章で始まる。山羊による山地酪農の可能性である。戦前、東京農大を卒業してソルボンヌに留学されていた先生は、バスク地方のフランス側や、ロワール地方でバカンスを過ごし、フランスの農村で山羊が生活に密着した存在であることを知る。山羊は、柔らかな草も好きだが、それ以上に木の葉や灌木を食べる。低地よりも高地を好み、生活力、繁殖力が強く、熱帯から寒帯までに生息する。ところが日本にはなぜかいなかった。自然条件から考えれば日本はもっとも山羊に適していると考えられる。デンマークイスラエルポーランドでは少し灌木が生えていれば必ず山羊を放牧するのが常識のようだ。電流を流した電線で区切って数千の山羊を放牧したら10数年後に数十万に増えるのではないか。その毛はモヘヤやカシミヤとして毛織産業が栄え、その皮で皮革産業が起き、その乳で高級チーズが食べれる。またその肉で缶詰産業が盛んとなることも夢ではないと昭和37年(1962年)に書かれている。
いろいろな制度改革に加えて、山地作業ロボットの開発、牛や山羊の山地酪農という変数を足すのも良いかも知れない。