森の国日本 四手井先生の考え方 

 日本の国土の2/3、2500万ヘクタールを森林が占めている。第二次大戦後の都市開発によって森林は減少しているとばかり思い込んでいたが、営々とした植林活動によって日本の森林面積は減ってない。日本の南北に2000㎞と細長く、その中央を走る山脈の南北で気候が異なる。太平洋側は冬乾燥し、日本海側では冬雪が降る。亜熱帯から亜寒帯までの森林があり、「森林」の博物館といってもよいほどさまざまな種類の森林がある。落葉果樹のリンゴから、常緑果樹のミカンやバナナまでとれる国は少ない。フィンランドの森林化率が66%、スウェーデンが59%、日本が66%だという。日本は、まさに森の国だ。中国の沙漠緑化活動で有名な遠山正瑛(とおやませいえい)先生の努力やインドとネパールで育林・植林の指導なさっている野中長次郎先生の話を聞くと本当に頭が下がるが、まず日本の森の中で何が起きているのかを知るための最初の先生として京大で森林生態学を始められた四手井綱英先生に着目した。年末から「森の人 四手井綱英の九十年」(森まゆみ著、晶文社2001年)という本を読んでいた。以下は例によって勝手気ままな抜き書きメモであり、興味をもたれた方は四手井先生の本や森さんの本を読むことをすすめたい。何せ90年だからいろんな話が出てくる。コン「モリ」とした林が「森」。そばの「盛り」と同じ。四手井先生は、里山の発見者であり、森を遺すために東奔西走し、時に出身母体でもある林野庁に苦言を呈したという大学者。1911年に生まれ2009年に亡くなられた。
   世界    森林面積 39.5億ヘクタール 森林率 30%
   ヨーロッパ 森林面積 10.0億ヘクタール 森林率 44%
   アジア   森林面積  5.7億ヘクタール 森林率 19%
    日本   森林面積 0.25億ヘクタール 森林率 66%
   北中米   森林面積  7.1億ヘクタール 森林率 33% 
   アフリカ  森林面積  6.4億ヘクタール 森林率 21%
   オセアニア 森林面積  2.1億ヘクタール 森林率 24&
   南米    森林面積  8.3億ヘクタール 森林率 48%

 日本の樹木
亜寒帯
 北海道、内地の高山 常緑針葉樹 オオシラビソ、コメツガ、トドマツ、エゾマツ、シラベ
冷温帯
 北海道平野     落葉針葉樹 カラマツ
 本州北部      落葉広葉樹 ブナ、ナラ、カエデ
暖温帯
 近畿以南      常緑広葉樹 カシ、クスノキ
           針葉樹林  ロスギ、ヒノキ
亜熱帯
 九州南部      常緑広葉樹 カシ、クスノキ
 沖縄        カシ、クスノキ、ヤシ、シュロ、ヘゴ、ガジュマル       
1.里山保全 
 里山のことを昔は戸山、外山といったという。家の外の山、山に行く扉のところにある山のこと。林学の分類では農用林という。人の手が入った二次林だとして宅地に開発されたり、ゴルフ場となり開発されることが多かった。灰や人糞などはそこにリサイクルさせなくなった。また里山には常緑樹や落葉樹が植わっていて、その落ち葉が堆肥となった。それを田んぼに使うと林が痩せて雑木と松林になる。山としては痩せているが、日本人の原風景はこれでできている。これを気候的極相林(自然のまま長期安定できる林)である照葉樹林のカシやシイに戻せという人もいるが、常緑樹にすると暗くなる。松林を保つためには落ち葉は集めなければならないし手入れもしなければならない。放っておくと元の常緑樹林に戻ってしまう。山の持ち主がすべてを負担していたら大変。枝を切っても一銭にもならないので開発業者に売って用途変更して住宅地にしてしまう。山を借景にしたければ環境に投資する必要がある。
2.森林生態学 
 造林学は木をどこにどのように生やすか、どこの土壌と合っているか、木をどのように切って天然の新しい後継樹を育てるかという技術の学問である。
 森林生態学は、その基礎として、植生学や植物地理学ではなくダイナミックな物質循環を見据え、森という緑色植物を対象に、光合成による無機質から有機物の生産、植物による呼吸消費、草食動物による被食消費、さらには葉、枝、幹、根や、動物の遺体などの地上への還元、これらの有機物と土壌の中のミミズ、バクテリア、キノコなどがどう分解するかという生態系を量的に把握しようとする学問とのことだ。
 昭和34-35年から、大阪市大の吉良竜夫研究室、東大の佐藤大七郎研究室、北大の舘脇操研究室とともに環太平洋の森林の生産力調査を始めた。4つの大学から院生を出して、全体の林の太さと高さを測った後、標本木を1アール皆伐し、地上部を層別に切り分け各層を幹と葉に分け、枝も大枝と小枝に分け、葉は新葉と旧葉に分け、生産量を測り、大きさを計り、乾燥させてまた重量を測ることから始まった。のちには光合成の速度や呼吸の速度も測るようになったという。この「積み上げ法」が環境調査の標準になった。一番難しかったのは、土の中の根のことを調べることだった。根の容量、分解、吸収、流亡の測定は難しかった。
 現在は日本森林生態学の研究の大部分は日本にない熱帯に集中していて若手の研究者はボルネオの森に行っている。熱帯は樹の種類が多くて覚えきれない。
3.日本林業の問題 
 日本は建築でも木をたくさん使うが、初めからスギ、ヒノキの針葉樹に偏っていた。ヨーロッパでも田舎の民家や教会は広葉樹のナラ(オーク)でできている。スギ、ヒノキが使われるのは柔らかいくて扱いやすいから。広葉樹ではケヤキが一番やわらかい。
 奈良時代の終わりには大建築が立てられる大木がなくて、屋久島から運んできた。中国の大きな建物は柱も梁も全て寄木で作り金具をはめている。800年とか1000年とかの大きな木の森というのはあり得ない。孤立して生えている木か、森林の中で一本だけとび抜けて大きい木で自分の枝を自由に広げられる木でないと大きくはならない。お互いの専有面積があり葉の量も決まっていて、太くなると呼吸量が大きくなり、光合成の釣り合いが取れなくなって枯れるしかない。森林だったらブナ林で200年木、スギ、ヒノキでも300年木が最も大きい。
 日本の造林は、どうも室町時代から始まったらしい。江戸時代には各藩が競いあったが、照葉樹林帯でもカシやシイではなくスギやヒノキを植えて手間をかけるというオカシなことをしている。三重県の尾鷲ではヒノキの造林をずっとやっていて3代くらいでダメになった。下の植生がないので、土壌が雨で全部洗われてしまう。4代目はマツしか植えられなくなる。人工造林は繰り返せば繰り返すほど土が悪くなる。特に同じ樹種だと早く悪くなる。江戸時代からスギ・ヒノキ一辺倒というところが日本の林業の最大の問題。植えても木が良く育たないところまで植えてしまう不良造林が多いという。土の栄養が良いところは林地の2割から2割5分しかない。日本の国土の7割は森となっているがそのうち植林地が41%。適地は多めに見ても30%なので残りの10%では良い木が育たない。しかも人手不足で下刈りや手入れができない。自然林は様々な種類の樹でおおわれているため、いろいろな木の種類や大きさの組み合わせで育つが、同齢一斉単種林の人工造林はそうはいかない。後継者問題も頭が痛い。良い道具ができたので、70過ぎまで働けるが、後継ぎがいない。
4.森についての誤り 
 森は材木を生産するだけでなく風害や火事を防ぐほか、保水力や水源涵養力もあるというが、正確ではない。森に雨が降り地中水、地下水となり河川へ流れ出すのを重力水といい、土が吸って木がそれを吸うまたは地表から発散するのを毛管水という。木も生きているので水をずいぶん使う。重力水、毛管水を合わせて連続で土が吸えるのは200㍉、多くみても300㍉でそれを超えると表土から水があふれ出す。雨が降らずに、土が乾くと木も土も地中水、地下水を吸ってしまうので川への流出量が減る。
 林野庁が長くとってきた皆伐一斉人工林という政策は木材生産という面では効率的だったが、風水害、病害虫には弱い。川沿いのところは河辺林、広葉樹林を残しておくべきだが、スギ、ヒノキを植えると同齢一斉林なので、根の深さ太さが揃っている。九州の阿蘇で水害があったときは川べりの森林がみんな倒れてその材木が根も葉もついたまま海に流れ出し流れ着いた四国の港を埋めるということがあった。挿し木造林は一本の樹から作って増やしたものが多く、同じ性質で太さも高さも全部揃っている。見た目にはきれいでも脆く人手がかかる。そんな人工林が日本には1000ヘクタールある。人手がかかる危険な林だ。ドイツでは1930年代に人工造林をやめ全部天然更新になった。戦前には一部で天然更新が取り入れられたが、戦後は人工造林万能となった。日本ではササが生えるために天然更新がうまくいかない。枯殺剤をまくと川に流れて問題が起こる。林野庁の独立採算の特別会計の中で完結して考えるのは無理がある。
5.森の効用
 ①森の最大の効用は森が炭素を貯蔵すること。陸地の30%が森林で、その森林が固定している炭素の量は、空気中の炭素の量と同じで林地に腐植として含まれている炭素の量もそれとほぼ同じ。つまり空気中の炭素の2倍を森が蓄えている。光合成で酸素を出してくれると考える人がいるが、それに見合うぐらいは呼吸で酸素を使っている。②森は人に安らぎを与える。③風水害を防ぐ。④川の水をきれいにする。⑤植物や動物が育つ条件を整える。⑥温度を低くしたり騒音を防止する。⑦木材を生産する。
6.自然の保護
 人間の自然破壊のスピードに行政が追い付いていない。森林も世界経済の中にあり、国産材の自給率も20%となっているが、いかに森と付き合い手入れしていくかは、生産一辺倒の考えでは続かない。かといって自然保護だけを唱える人々もそこが浅い。農業や林業がなかったら人間は生きていけない。原生林を守れと言っても、日本に原生林はほとんどない。人が作った二次林も一緒に保存しなければ守れない種は数多くある。標高1000mを超える豪雪地帯に林道を作るのは無茶だと考えるが、絶対反対とか一本も木を切らせないということではなくてルートをよく考える必要がある。みんなが日常的に森に入って、木と親しんで、木工や炭焼きをやってみるところから始めるしかない。森の大事さに気が付いて理解が深まればみんなでカンパもしよう、税金も使ってもよいという話になる。林業をやっている人も、木を切って売るだけではなく、山全体、国全体の自然をまもる仕事をしているという誇りを持ってもらうマイスターのような制度が必要だ。