知的な誠実さと国家百年の計  

 2閣僚更迭に伴う改造で財務省主導の増税路線が鮮明となった。しかし統一地方選挙を控えて与野党の対話が進展する兆しは見えない。また与党内の対立はかえって激化しつつある。年が明けて、「日本は断崖絶壁に立っている。国難だ。もう残された時間がない」などと政権幹部が主張しはじめた。正直に言って、個人的には説教強盗にあっているような気になる。国難をになう覚悟があるなら国論を統一するために早期に国会を解散するのも1つの考えだろう。その時間がないならば、早く国会を開いて、必要な法案を通すべく相手を論理的に説得すべきだろう。「総理の決断」は良いが、物事の利害得失をどう判断して、どう決断したのかについて説明がない。消費税の引き上げにそう異論はないが、バラマキ予算を拡大するための増税は御免こうむりたい。更に言えば、もっと議論してほしいのは外交、安全保障であり、経済活性化だと考える。「マニフェストをこれから見直す」というスピード感覚と、残された時間はないという悲壮感は実にちぐはぐだ。
 南半球でひどい洪水が続き、日本海側の町を中心に降雪が続いている。ふと政府が、来年度から炭素税を導入しようとしていることを思い出した。地球温暖化対策基本法は、「温室効果ガスの排出量について、すべての主要国による公平かつ実効性のある国際的な枠組みの構築及び意欲的な目標の合意を前提として、・・・」となっていたが、実質的にCO2削減をしたのは日本だけで、地球温暖化生物多様性の環境問題の提案をした米国は、今ではほとんど参加しなくなったばかりではなく上院の委員会自体がなくなったという。昨年シカゴの炭素取引所も閉鎖された。基本法の精神に反して何故日本だけ新たな税金が出来るのか、合理的な説明は聞いたことがない。変だ。ただ気候天候のブレは年々大きくなっているように感じられる。
 「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズの脱ダム政策はどうなったのか。最近あまり論じられない。八ッ場ダムは多くの知事たちの反対もあり、絶対中止から、予断を持たずに検証をするというところまで戻ったが、とうとうなぜ工事を中止するか論理的な説明が無かった。治山・治水の専門家はどう考えているのだろうか。富士常葉大学の竹林征三名誉教授はダムや治水の専門家だ。昨年10月に「ダムは本当に不要なのか 国家百年の計からみた真実」(ナノオプトニクス・エナジー出版局)という興味深い本を出された。
(以下は私なりの抜書きであり、正しい縮尺の要約ではない。多くの方に竹林先生の本をお勧めしたい。)
1.土木技術者からみた日本の地形 
1)2000kmの日本列島、千島列島、南西諸島の3つの弧は、ヒマラヤ山脈インドシナの山脈、ヒンズークシ山脈の3つの弧の形状と相似形である。
2)太平洋と日本海の海水を取り除き、太平洋の海底と日本海溝、幅500kmの日本列島、浅い日本海の海底面に至る標高差1万m以上の横断図とインドのデカン高原ガンジス川のヒンドスタン平野、幅500kmのヒマラヤ山脈チベット高原の標高差8000mの横断図の形は良く似ている。
3)海水を取り除けば日本列島はヒマラヤ山脈以上の世界一の標高差の急崖(きゅうがい)。日本の都市はヒマラヤ山脈の8−9合目の急崖にへばりついている。日本の川は世界の屋根からの落下流であり滝である。
4)世界の0.3%の国土に10数%108の活火山を持つ火山災害大国であり、20%の巨大地震が集中している国である。
5)国土の半分は降雪地帯で積雪50cm以上の地帯に1㌔平方あたり107名(カナダの50倍,ノルウェイの10倍)が住む豪雪災害大国である。
6)世界で例を見ない豪雨災害大国であり、可住面積の1/4が軟弱地盤、洪水時に河川の水位より低い地帯が国土の10%あり、そこに人口の50%が住み、資産の75%が集積。水害被害は年間約20万棟。ちなみに火災の被害は平均して5万棟。地震の被害は3900棟といわれている。
7)日本には2816水系2万917の河川があり、その総延長は12万3231kmもある。
2.脱ダム論の論点
1)「ダムによる治水計画は過大」全国で毎年140箇所で破堤・決壊が繰り返されている。ダムの有無により洪水被害は歴然と違い、渇水時には水備蓄容量の差がでている。百年後は、全国的に夏の降水量が20%増加すると予測されていること。今までの延長上での確率計算と水収支計算が成り立たなくなっていること。また降雪量の変動は、春の雪解け水の変動とリンクしているので、雪による貯水効果の変動がある。
2)「治水事業の便益算定は過大」便益はミニマムの想定洪水被害額を使用しているため過小評価されている。治水経済しか評価されていない。ほかに利水経済、水力発電経済、渇水経済、水質経済、河川環境経済などの価値があると考えられるが、どのように総合化するかが定式化されていない。
3)「水は余っている」建前上の利水権は余っていても、首都圏では数年に一度の割合で水不足に直面している。2700万人の飲み水を支えている利根川を例に取れば水利権量の88%はダムで開発された水であり12%が川を流れている水である。しかもその水利権の1/4はダムなどの水源が出来てなくて、河川の流量が多いときにしか取水できない不安定取水と呼ばれているもの。異常渇水になればトータルの水備蓄量がモノを言う。だから現在一本化されている水利権を2つにわけ、安定水利権と不安定水利権とに分けて表記すべきという議論がある。
4)「環境破壊」近代のダムは環境衛生対策から始まり、近年は湖水景観に配慮した運用もされている。長良川は全国の河川のなかでも2番目の人工河川であり、ほとんどの新聞報道は間違っていること。
5)「緑のダムは幻想」良好な森林は土砂流失かん止効果はあるが、ダムが水補給効果を期待されるのは10年に1度の異常渇水時である。また数十年に1度起こる大洪水には森林がある場合の方が洪水のピークは大きくなる。
6)「切れない堤防などない」軟弱な沖積層の自然堤防の上に何度もかさ上げして構築された堤防の築堤材料は一切わかっておらず、地盤沈下や、地震動、自動車の加重、モグラの穴などにより毎年劣化が進んでいく。
7)「流域対応は面の治水、堤防対応は線の治水、ダム対応は点の治水」それぞれに利害得失があること。治水事業は、国土を知り川の流れを知り尽くして決めるべきであること。堤防の基礎地盤は薄い堆積層毎に物理性状は千変万化、目視以外に有効な調査方法がない。だから堤防の基礎・堤体はともにダムと較べ精度が上げられないし、総延長は河川の長さの2倍ある。
8)「ダムが作れるところは限られている」コンクリートのダムは駄目でも、土を盛られたアースダム、河道内遊水地というコンクリートダムは良いことになっていること。
3.河川管理の難しさ 
1)天井川のメカニズム 洪水には多くの土砂が含まれており、洪水の氾濫を抑制するための堤防を築くと川底が次第に高くなる。そのため年々堤防を高くしなければならない。新たに低い位置に放水路を開削するか、川底の浚渫を営々と行うこととなる。日本ほど天井川の多い国はない。関東平野利根川と荒川、大阪平野の淀川と大和川濃尾平野の木曾三川等。
2)既往最大洪水 例えば利根川の河川計画の対象となる洪水は、1896年に毎秒3750㎥として治水事業が始められたが、その後数度の改定を経て、現在は毎秒22000㎥に引き上げられている。洪水を経験するたびに今までに経験した最大の洪水までは少なくとも安全にという国民の願望がある。国家百年の計として水系一貫の河川計画の対象とする洪水は、100年に1度、200年に1度の確率で予想される既往最大洪水である。
3)自然災害 河川の流路では、地震や大雨による山地崩壊や火山の噴火により変化があり、事前に予測することが難しい。また土砂が運ばれてくる天井川の堤防は切れやすい宿命にある。
4)治水工事の利害 治水工事には莫大な予算と時間がかかり、一見して日常的な利益には直結しないため、住民の協力が得にくいという特質がある。上流、下流、右岸、左岸によっても利害は対立しがちである。しかし洪水に対処するには、堤防で守るか、ダムや遊水地で守るか、洪水氾濫地域には人は住まないかの3つの方法しかない。
4.八ッ場ダムの行方
 竹林先生は、八ッ場ダムの問題について著書の1/3を使って詳細に分り易く解説されている。結論だけ引用すれば、首都圏の治水利水を担う目的の重要性と、7割の進捗状況にあるこの八ッ場ダムを中止するならば、合理的に考えて、現在全国で建設中、または計画段階にある直轄ダムや導水路、補助ダムの143事業は全て中止にせざるを得ない。しかしその代替案はかなり無責任であり、流域の住民が実態を知れば合意を形成することが出来ないものなっているようだ。
5.総じて、個人的に全ての公共事業を擁護する気などは全くないが、ダムや治山・治水の問題においても、民主党の政策はムードに流され、国家百年の計を考えるに足る知的な誠実さと専門家の意見を選択出来るだけの器量を示せてはいないと思われる。