事実を明らかにしない方が変だ

 中国の石油会社の海洋調査船が、日本の研究機関が地下資源を見つけた奄美大島の西の海底を勝手に調査していた。石油会社は中国軍の利権だとされているので、民間なのか軍なのかは定かではない。APECの前に何もできないだろうという判断なのだろう。
 民主党政権は貧する鈍するで、どうも物事の大小の判断が国民と大きく乖離し始めたと思われる。政府はビデオ流出の犯人探しに夢中だが、それよりも大事なことがある。44分のビデオの内容の核心部分は、短いバージョンを見ていた国会議員によって詳細に語られているので、機密とする合理的根拠がない。国民の関心は、むしろ残りのビデオの公開にある。というのは官僚OBや自衛隊OBで、政治家以上に信用のある人たちは逮捕するシーンの公開が重要だという。どうやら中国漁船に乗り込んだ海保の職員が海に落ちて、それを銛で突いている場面があるという。真偽の程はわからない。しかし真実は何なのか、国会議員は国政調査権を活用しその疑問に答えるべきだと考える。国会議員にも公開できない機密にはしかるべき理由が必要だが、戦略的互恵関係という言葉だけでは説明がつかない。戦略的互恵関係とは、「日中両国がアジア及び世界に対して厳粛な責任を負うとの認識の下、アジア及び世界に共に貢献する中で、お互い利益を得て共通利益を拡大し、日中関係を発展させる」ことであり、具体的には、「政治的相互信頼の増進、人的、文化的交流の促進及び国民の友好感情の増進、互恵協力の強化、アジア太平洋への貢献、グローバルな課題への貢献」だという。しかし事実が明らかにならなければ、日中友好など期待してもされても困るだけだ。民主党は自らの政治的延命のために、事実を隠しているのではないかと考える。
 昔仙台に、「親無し、妻無し、子無し、版木無し、金も無けれど、死にたくも無し。」とうそぶく人がいた。質素な自給自足の生活をし、「諸外国は土地を奪って領土を拡張することを国是としており、その勢いは年々強まっている。早晩わが日本も標的になる。何の防備もなければ、たいへんな危険にさらされる。国の経費を節約して、軍備を整え、海岸沿いの要地に砲台を設けなければならない。なかでも、わが国の南北の諸島は軍事的に重要である。これらの諸島の重要性を認識せずに放置すれば、外国に占拠され侵略拠点にされてしまう。そうなれば取り返しがつかない。」と政府を批判した。18世紀後半の林子平の「海国兵談」の物語である。この本の出版は誰も引き受けず、版木も自分で彫ったという。発禁処分となり、版木が無くなると自ら書写して世間に海防の重要性を訴えた。子平の死後十年あまりたって、東の国境でロシアとの事件が起こった。お上に許されて子平の墓ができたのは、死んでから50年後のことだったという。今回のビデオによる内部告発は、たとえ時の政権の怒りに触れようとも長期の国益にかなう行動だった。
 機密漏洩に対する罰則強化は、スパイ天国と言われる日本においてはかねてより一つとされていた。しかし機密保全自体、インテリジェンス体制全体の中で判断しなければならない。わが国のインテリジェンス体制の本質的欠陥は、専門家によれば、まず第ーに、国家の最高レベルでの意思決定を行なう首相や内閣に、集約・評価を経たインテリジェンスが届くようになっていないこと、第ニに、情報組織間で情報共有が活発でないこと、そして第三に、機密の漏洩やスパイの侵入を防ぐ手立てが弱いこと。しかしそれには同時に国民の権利が不当に侵害されていないかを含めて、国会が国のインテリジェンス活動全般を監視する体制が整えることが必要だとされている。つまり、機密保全も大事だが、国民の知る権利が不当に侵害されてないかどうかを国会で議論監視することが大切なのである。「政府と国会が一体」などというおかしな論理はここにおいても破綻する。孫子によれば、優れた指導者だけがインテリジェンスを使いこなして、大きな事業を成し遂げるという。 しかし今問われているのは首相と官房長官の判断が本当に優れているかどうかの検証である。優れていなくとも妥当なものであってほしいというのが自分の願いだ。