中国の大戦略と日本

 日本の防衛相が、ASEAN防相会議でベトナムインドネシア、オーストラリア、タイ、シンガポールの国防相と個別に会談し、尖閣諸島事件について説明したが、慎重な対応を求める発言が相次いだという。日本の政治家は小中学校の時で取っ組合いのケンカをしたことがないらしい。戦わない日本とここで組んでも何も得られない。自国の国益に無関係なところで中国に逆らっても、得することはない。もし日本に領土問題が存在しないなら、話題にすること自体、かなり変だ。
 四名の日本人が捕まっていた石家荘市は、北京と天津の外延部を取り囲む河北省の省都である。その西側にある太行山脈には戦略ミサイル部隊の基地がある。総延長5千キロに達するトンネルは四方八方に延び、100ヵ所近い作業拠点があり、本物、偽物あわせて数百のミサイル発射台があるという。中国の核戦略は、ドンドン進化している。今から3年前、彼らは弾道ミサイルを使って老朽化した気象衛星を破壊した。有事に際して米国の軍事関連衛星50基を同時に攻撃して破壊する能力をもつのが当面の目標だと考えられている。それにより米軍のミサイル防衛をはじめとする、偵察、戦闘能力はかなり無効化されてしまう。中国を攻めようとする国などどこにもないと思われるのに、中国は防衛費を毎年10%増やしてきた。
 それは何を意味するのだろうか。図書館で探してみると黒野耐さんの書かれた「戦争学概論」(05年講談社)に中国の大戦略の全体像が簡潔に示されていた。個々の現象ではなく相手側の戦略的な意味から考えると、複雑な行動と国際関係がよく理解できるようになる。そして個々の政治家の言動の意味と位置づけもはっきりしてくる。同書は、近代以降の戦争、地政学核戦略、冷戦、テロとの戦いなどを簡潔かつ総合的に論じた良書だ。淡々と書かれているために、平時にはその価値を見抜くのが難しい類の本かもしれない。多くの方に読んでほしいと考える一冊だ。その中から中国の大戦略を私流に5点に要約抜粋する。その他の現在までの情報も集約しているので文責はもちろん私にある。
 中国は、黄海南シナ海東シナ海を海洋国土とする海洋強国の建設を国家目標とし、第一列島線第二列島線への進出を目指していることは最近よく耳にする。歴史的に、1949年10月に建国された中華人民共和国は武力を使うことをためらわない国だ。チベットを併呑し、インド国境で軍事衝突を起こし、1979年にはベトナムに50万人の大軍で侵攻した。また西沙諸島を占領し、80年代には南沙諸島を占領した。いままた日本の尖閣諸島を窺っている。まさに、力により勢力圏を拡大する覇権国への途をすすんでいる。
 (1)世界最強の覇権国である米国が、日本を基地として東アジアに進出し、中国の影響力を封じ込めようとしているので、日本の大国化を阻止しつつ、できれば平和的に米国の覇権をくつがしたい。
 (2)ロシアとの関係を固定し、インドとの関係改善を進め、南の東南アジア諸国への経済的、軍事的影響力を高めていくために、ロシアとベトナムとの国境紛争を、元々の中国の主張からはやや不利でも穏便に解決し、インドとも国境画定の途を大筋つけた。そして自由貿易圏構想などを提示し東南アジアの国々を安心させる。(しかし2014年には南シナ海に空母を投入する。)
 (3)統一した朝鮮半島は中国の影響下に入れるか、少なくとも日米の緩衝国として中立化する。当面は統一に伴う混乱のリスクを避けるため好ましい形での分断を維持する。
 (4)米国から、欧州のドイツ、フランスを切り離し、日本を切り離す。そのため東アジア共同体構想を推進して政治・経済・安全保障で日本を、そしてインドを取り込み、米国、オーストラリア、ニュージーランド、台湾を排除する。
 (5)こうした大戦略のもと、日本が国連安保理常任理事国になることに反対し、必要あれば反日デモを行う。日本を米国から引き離し、中国に従順な国とし、米国の東アジアへの介入を断念させることがポイントとなる。そしてそれを実現するための最大の対日戦略兵器として日本の歴史認識批判というソフトウェア兵器を使う。
 国家中央軍事委員会主席だった江沢民は2004年12月に「長期的な敵は米国、中期的な敵は日本、当面の敵は台湾独立勢力である」と言明したという。05年7月、軍の高官は、台湾統一の際に米軍による軍事介入があった場合、中国は米国に対し核兵器を使うと公言し、その際、日本が米軍の後方支援した場合、「対中宣戦布告」とみなし、日本を攻撃対象とするとした。さらに中国は、セルビア、イラン、キューバ北朝鮮などと同盟を結び、これらの諸国に各技術を提供し、ロシアを含めて世界的な反米軍事攻撃態勢を築くとしている。(北朝鮮イラクの核は中国の後押しを受けている?)
 中国軍が米軍と対抗するためには、海洋正面の縦深性(つまり広大な緩衝地帯となる海域)を確保し、米軍の巡航ミサイル、精密誘導兵器から、中国にとって死活的に重要な沿岸部の政治経済中枢を防衛しなければならない。
 だから第一列島線の内側、すなわち南シナ海東シナ海には、資源の調査、開発を超えて、入られたくない。(南シナ海を核の第二撃能力を確保するために聖地としたい。戦略ミサイル原子力潜水艦の配置場所としたい。東シナ海より深い海である。)台湾周辺の制海・制空権を強化し、尖閣諸島を含めて与那国島から沖縄までを占領したいというのが彼らの意図である。(台湾、沖縄、尖閣諸島がポイントとなる。学者を使った理論武装、沖縄への移民、移住の推進?)
 そして、第二列島線の内側、つまり沖ノ鳥島を中心とする沖縄とグアムの間の海域では、攻撃型原子力潜水艦を展開し、必要あれば、米国空母群が自由に行動できないように機雷を敷設する作戦能力を獲得したい。(2021年に投入する原子力空母はその押さえとなる。)
 そのために日本を米国から切り離し中国に従順な国にする。5年後はともかく現時点での日本の軍事力は質的にはアジア屈指だが、外交の手段としては決して使われない。中国にとって有利なこの状況を維持するために引き続き日本の歴史認識の反省を求め続ける。
 こうした大戦略の存在を是認すると、この数十年間に起こったことがかなり明確に説明できる。昨年の民主党政権の誕生とその後の外交的迷走は、中国にとって眩暈のするような戦略実現の機会と感じられたはずだ。しかしこの政権に対する日本国民の失望は、敵味方識別装置の壊れた首相を退陣させた。対米関係修復と延命のみを基本方針とする第二次民主党政権が誕生した。そして民主党代表選挙が行われている政治空白のさなか、尖閣諸島事件がおきた。中国或いは軍部の一部は、日本の反応を確認したかったのだという。尖閣諸島事件のビデオはいまだ公開されていないが、見た人は中国への反感、警戒心を持つという。しかし中国への影響以上に、現政権が破綻に追い込まれるだろう。既に、この事件が起こったことにより、多くの日本国民の静かな変化が観察されている。公開されれば、外交安全保障を軸とした政界再編が俎上に上るものと考えられる。
 世界にとって困ったことは、中国国民が、その防衛と覇権に関する大戦略を修正転換するメカニズムを持っておらず、国がそれに関する一切の情報を、国民の眼から遮断していることである。そして自分の思い通りにならないと時に理不尽な行動をとりがちなことである。
 日本にとって困ったことは、時の政権が自らの延命に汲々として、起きている現実と歴史を観ようとせず、状況は全く変わってないのに、無かったコトにし国民に判断させないばかりか、自分も忘れてしまうことである。

(追記)戦争学概論を書かれた黒野さんは防衛大学校出身の陸将補だった方なので、本来は黒野閣下とお呼びすべきなのかもしれない。彼はその本を次のように結んでいる。「民主主義国家において、政治を監視して適否を判定できるのは国民である。細部の専門事項をのぞけば戦争や軍事は難しい話ではない。主権者である国民の多くの方に、戦争をぜひ勉強していただきたい。」平和を創造するために戦争学を学ぶこと、黒野閣下の教えに改めて感謝します。