就職活動のための読書案内

 大学4年の10月に解禁となり11月に内定式を迎えるといった昔の就職試験とは異なり、現在の学生の就職活動は3年生の秋から1年かけて行われる。まず秋に就職セミナーを受けて就職活動の準備に入る。11月になると経団連に属さない企業の採用試験が始まり、2月から3月にかけて経団連所属の大手企業も会社説明会を開始する。このため地方の学生はこの時期から東京のアパートを借りるという。4月1日から採用試験が開始され、5月の初旬に最初の内定者がほぼ揃うという。5月以降は地方、中小企業や、大手企業の二次募集が行われ、夏から秋にかけ、内定辞退者の補充が行われ、10月1日に内定式が行われるという長丁場だ。大学3年後半からから4年生の前半という、本来であれば最も充実した勉強が可能な期間を就職活動に充てることは変だと誰しもが思っているが、修正ができない。普通の時代なら、大学4年生の5月の前半に決まれば問題は少なかったが、空前の就職難だ。就職には縁故や学校格差など様々な要素が絡む。適正さとか総合力といってもそのモノサシは不明確だ。SPIという教養試験と性格試験の合わさったものが1次試験で、そこから面接やグループ討議になる。最後は役員面接。試験官は自分のことは棚に上げて、「思慮深くて、物怖じせず、爽やかで、誠実で、謙虚な」人を採りたいと考えるはずだ。これもどんな国のどんな採用試験でも同じではないかと思われる。だから机にばかり向かっていた人よりも、いろいろな業種でバイトをしたり、運動部のマネジャーをやっていたりした人が好まれたりする場合もある。
 就職や仕事について悩む人の悩みは様々だが、時々耳にするコーチングについての本が面白い。「コーチングの技術 上司と部下の人間学」(菅原裕子著、講談社新書 03年3月)という本だ。「自分をコーチングできる人は、他人に対してもコーチングマインドで接し、人の役に立つことができます。コーチングは、あなたの中で、職場で、家庭で、学校で、あらゆるところで人を幸せにする技術であり、人の成長を促す技術です。・・・セルフコーチングマインドが身につけば今よりもっと楽しく生きることが可能です」とある。この本はお勧めです。さらにコーチングのルーツの一つにテニスコーチ、ギャロウェイの書いた「インナーゲーム」(日刊スポーツ出版)というベストセラーの翻訳が紹介されている。自分はまだ読んでいないが、これも新版が出ているので、ちょっと興味がある。
 昔は、一次試験の教養試験と性格検査のほかに、英語の試験が行われたと記憶している。ただそれは入社後に配属を決めるためだったと思う。性格検査を別にすれば、国語、数学、一般常識、英語なので大学入試と同じだ。大学名を隠して試験しても、ほぼ入試の偏差値どおりの結果が出てくるようだ。国語はたしかに誤字が多ければ話にならないし、文章力もきちんとしていたほうが良い。少し手書きの練習をしたほうが良いだろう。漢字はパソコンばかり使っていると書けなくなるからだ。
 文章力は実社会に出ても大事だ。昔、日本興行銀行という企業向けの融資が得意な銀行(現みずほ銀行)があった。民間ではあったが国策を支える銀行として一目置かれていた。その銀行には、「面談記録」というとてもユニークな制度があった。外部の人に会うと、その面談記録を簡潔にポイントを外さずまとめ、関連しそうな部署の人にその日のうちに連絡しておくという制度だ。新人が入行すると上司が真っ赤になるまでそれを添削し、その修正がなくなれば興銀マンとして一人前とのことだった。いかにも情報を大事にする企業らしい制度だったが、それをパソコンなしにやっていたことを考えるとちょっと凄かった。「情報を簡潔に要領よく素早く正確に必要な人に伝える」ことは、どこの会社にとっても必要なことであり、そのベースは国語力にある。国際化された企業ではそれは英語なのかもしれない。日本語でも英語でも、長い文章を字数を決めて要約する訓練が必要だ。要約以外の論文対策は、大学受験じゃないけれど、Z会の「社会科学系 小論文のトレーニング」が役に立つ。もう一度目を通そう。数学については鶴亀算や電車の速度問題など小学校5-6年生のような問題もあるようなので、これはSPIの問題集を買って練習するしかない。数学で知識を問わず能力をというと、どうしても小学生の高学年の算数と似てきてしまうようだ。本当は統計学とかの問題を出したいのだろうけれど、とりあえず「ジアタマ」のチェックしておく意味があるのだろう。
 2次試験以降は、たいてい面接となるが、面接のときの質問は洋の東西を問わず似たようなものだ。英語の勉強もかねて「面接の英語」(有元美津世著The Japan Times刊)を使ったらどうだろう。ほとんどの質問が網羅されている。外資系企業の面接も、日本企業の面接も同じことだとわかる。これに付け加えるパターンとしては「ビルゲイツの面接試験 富士山をどう動かしますか」(03年、青土社)という翻訳本だろう。ある外資系の会社では、「新幹線では一日何倍コーヒーが売れますか」という質問が実際に出たようだ。どの程度、機転がきくか、平常心でどの程度論理的思考ができるかをみる質問だ。かつて日本の陸軍大学の入試面接でも同じような問題が出題されていた。企業は総じて、柔軟で論理的な人が欲しいけれど、しかしそれだけではないところに、世の中の面白さがある。困った顔や頭の掻き方が実に魅力的な人が採用される場合もあると思う。
 以上が就職試験に関わるお勧めの本だが、専門が国際関係ならば、例えば外交青書防衛白書を、専門が経済ならば経済白書と通商白書を読まれることを勧めたい。こうした白書は、昨年たしか41冊発行されているのでその中から2冊くらい通読するとそれを執筆した役所がどこまで何を見ているのかがわかる。まさしく情報の宝庫だし、後ろの注に書き込まれた分析方法は創意工夫の塊だったりする。その中にはビジネスのヒントも必ず幾つか入っているはずだ。また事務系で科学技術に疎ければ、講談社ブルーバックスから興味のわくものを探して意識して読むことも悪くない。お勧めは医学・バイオ分野だが、もちろんロボット、エネルギー、レアメタルでも良いと思います。
 さてそこで問題。昨日9月10日、トヨタは「オーストラリアにハイブリッド車のエンジン工場を建設する」ことを発表しました。なぜそれほど低賃金とも思われないオーストラリアなのか。それを考えるヒントは2つです。「ハイブリッド車と中国」です。そんな問題に何人の学生が答えられるだろうか。(注:最後のような問題は入社試験ではまず出ません。追加のヒントは前回のブログにあります)