「円高・株安」を乗り越えて  

 独自の視点を持つ歴史家の鳥居民さんは、民主党の小沢氏を日清戦争の時の伊藤博文内閣の内閣書記官長だった伊東巳代治氏に似ていると評した。その見識、腕力、胆力は飛び切りだったが、この闘争心にあふれた政治家は同輩や部下が自分と違う考えを持つことを許さなかったこと、また、あらゆる情報と機会を自己の財産を増やすことに利用したこと、そしてその2点が原因で最後の元勲になり損ねた人物だという。民主党代表選の行方は定かではないが、夏の暑さも政治の混迷もまだしばらく続く。
 ただ経済情勢は急を告げている。「円高・株安」だ。円高は95年6月以来の水準だそうだ。ここ数日、内外の市場関係者が公然と日本政府・日銀の無策を批判しているが、これはかなり珍しい。大臣たちが入れ替わり何度も「事態を注意深く見守っている」とコメントするのを聞く度に、少しあきれた。市場もそう反応しているのかもしれない。株価はとうとう9000円を割りこんだ。
 今回の円高は、ドル安、ユーロ安の中で進行している。米欧は輸出を拡大するために通貨の下落を享受しているようだ。元は30%切上げられても驚かないが、事実上ドルにリンクしている管理通貨だ。中国やOPECも英ポンド、カナダ・ドル、円に外貨準備を移しているとされるので為替相場に介入しても影響を与えるのは難しそうだ。円高圧力が当面解消されないなら、それを活かして新興国の企業を買収したり、資本参加を積極化すべきだろう。また政府は1兆ドルを超す外貨準備を活用して、政府系ファンドを創設し海外資源の開発に乗り出すことも考慮すべきだろう。
 国債の債務残高を考えれば公共投資を拡張することもままならない。この15年間、「円高と株安」が起こるたびに、米国の学者や政府要人がやってきて「日本の金融緩和が必要だ」「インフレターゲットを設定してデフレから脱却することが必要だ」と度々力説していたが、米国の資金調達は容易したかもしれないが、日本の景気回復には効果が少なかったのではないか。日銀にはいつも金融緩和圧力がかかっているはずだ。他国の通貨供給量の伸びが高いのでどうしても何も手を打っていないのではないかと観てしまう。
 金融緩和だけでは問題は解決しない。金融政策はブレーキとしては有効だがアクセルではない。経済自体に、ほうっておいても前に進もうとする推進力がある場合に効果があるが、そうした推進力は先進国には不足しがちだ。そうした推進力を阻害する要因には資産デフレや貿易協定、規制緩和の遅れがあるのではないか。資産デフレについていえば、バランス・シートを通じて企業や個人の体力を奪う。転換するため原資として「株価と地価」に梃入れを図る方策を検討する必要があるだろうというのが自分の考え方だ。株式投資信託、不動産投資信託等の拡大と、そうしたルートを通じての実質的金融緩和が必要ではないだろうか。
 こうした手を打ちながら、雇用と産業の長期的競争力の基盤となる研究開発力、そして通貨や経済力を担保するための安全保障への対応力を強化する政策を考えたい。どういうわけか日本には「円高・株安」を乗り越えていく不思議な力が備わっている。
 最後に、最近見つけたちょっといい言葉。「資本と人口のゼロ成長状態は、人間的進歩の停滞を意味するものではない。そこには従来と同様、あらゆる種類の知的文化と道徳的ならびに社会的進歩の可能性が開けている」(ジョン・ステュアート・ミル