政治ノート 2つのINTEGRITYと日本の新生 

1.2つのINTEGRITY〈インテグリティ〉
 昨年来の日本や世界の政治と経済を自分なりに考えてみて、ここ1−2週間頭に浮かんで離れない英単語が1つある。それはINTEGRITYという言葉だ。これを今年の世の中の出来事や物事を考える際のキーワードとして考えてみたい。手元にある一般的な英語の辞書ではINTELLECT〈知性)という単語の3つ前にある。2つの意味がある。1つは、誠実さ、つまり言動が一貫していて誠実であること。もう1つは、TERRITORIAL INTEGRITY〈領土保全〉ということである。民主党の迷走は、日本の迷走であり、場合によると領土を失う懸念がある。領土を失えば、国民全体が平和で落ち着いた生活を享受することが難しい。

2.ズルズルとした政権崩壊  
 首相の政治資金問題が国会で議論されないうちに、財務大臣が健康上の理由で辞職し、「官僚なんて馬鹿ですから」とうそぶく副総理が財務大臣となった。経済金融は得意ではなく、多くは期待できなそうだ。また事業仕訳は財務省の振付であることが認識されつつある。大声をあげた環境問題の新条約に対する合意は形成されず、京都議定書の義務だけが残っている。一言で言えば、名誉欲に目がくらみ、主たる交渉相手の実情に対する認識不足が原因である。ただ、これからも、国民の経済力を犠牲にした無理な約束だけはしないでほしいと願う。東京地検特捜部が政治資金に関連し民主党幹事長を任意で事情聴取を行いたい旨を表明している。JALの法的処理が目前に迫っている。普天間は5月に先送りとなり米国の信頼を失った。外務大臣は米国国務長官に面談ができずにいる。できない言い訳など聞いてもしょうがないと思うのが普通だ。民主党内の保守派は沈黙し、政権党の党内議論はまったくないまま何かに脅えているようだ。野党自民党は依然として元気なく、攻撃はまだ始まっていない。しかし、ズルズルとした政権崩壊が始まっている。この亀裂は次第に大きくなり、景気の底割れとともに拡大する。

3.米国のアジア政策と中国のヘゲモニー、そして外国人地方参政権
 2000年9月に中公新書より出版された白石隆教授の「海の帝国 アジアをどう考えるか」という第1回読売・吉野作造賞を受賞された本がある。その中に興味深い一節(192−193頁)がある。「アメリカのアジア政策にあってはアジアにおいて(アメリカに代わる)いかなるヘゲモンの存在も許さない、ということが基本になっている。またアメリカのヘゲモニーはその軍事力、経済力、知的能力、社会システムの活力など、きわめて多岐にわたる力によって担保されている。」今から10年前は確かにそう考えられていました。そのヘゲモニーに対する挑戦がおこるとすれば中国だが、その当時は当分考えなくてもよいだろうとし、中国がヘゲモニーを掌握するとはどういうことかを具体的に考えている。
「東アジアにおいて中国がヘゲモニーを掌握するということは、中国を中心に東アジアの地域秩序が再編される、ということである。・・・まず安全保障から考えれば、それは、東アジアの地域から全ての米軍基地が撤去され、日本海から南シナ海、インド洋に至る海域に米国第七艦隊に代わって中国艦隊が遊よくするようになるということだろう。また経済的には中国が技術革新のリーダーとなり、中国市場が世界最大の市場となり、そして中国が東アジアにおけるエネルギー供給を支配するということである。」現時点で中国がこうした意思を持って東アジア世界を考えていることを否定できる人は少ないのではないか。特に民主党政権になってこのビジョンは大きく前に進みだした。首相の持論とされる「駐留なき安保」は、日本の自前の防衛力の飛躍的な強化なくしては、中国のヘゲモニーの確立に役立つことは間違いない。

 外国人地方参政権付与法案を成立させると民主党幹事長が発言している。憲法違反だとの議論もあるが、国会運営規則が改正され内閣法制局長の国会答弁は禁止されそうな雲行きだ。もとより内閣法制局憲法判断の権限役割があると考えるのはやや無理があったが、最高裁判所の裁判官たちがタイミングよく高度な政治的判断を下すかどうかはきわめて疑問だ。この法案に賛成する公明党は、民主党幹事長との強い連携を持つ引退した市川書記長を顧問に起用した。この問題の焦点は第二次大戦後からの韓国籍朝鮮籍を持つ永住者の取扱いではなくて、主として毎年1万人増えている中国等からの新規永住者の取り扱いにあると考えられる。
 加えて、この問題は地方参政権とはいうものの、内政上の問題にはとどまらない可能性が高いことが懸念されている。たとえば日本国内における米軍基地の再編に関連し、岩国の市長が、国籍とは無関係に住民投票を実施し、問題となったことがある。安全保障という国家政策が基地問題において地方政治とつながってしまう。対馬において韓国人の土地取得がすすみ、一方で対馬は韓国の領土だと主張する韓国の政治グループもでてきた。こうした地域は、人口がもともと少ないうえに高齢化が進行しているため対応が難しい面が出てくること。海外事例を単純に述べることは難しいが1つあげる。ミャンマーにおいて、軍事政権は90年の選挙でアウン・サン・スー・チーに負けても独裁を続け国際的に孤立した。中国はそれでも親密な関係を続け、その結果、多くの中国人が流入し北部の大都市マンダレーでは、ミャンマー人の商売を横取りするかたちでの事業拡大や不動産を買い占めがおこった。94年に人口100万人の市民のうち4分の1程度が、中国から移住してきて市民権を裏口申請した人々だったという。もし仮にこうした外国人に対し暴動がおこると、自国民保護を理由に軍隊を進駐させる口実となることもありうるのではないかという懸念がある。つまり外国人地方参政権は、日本の中に外国人租界という外国植民地を生み出す可能性がある。そのため制度設計には慎重な配慮と事前準備が必要だ。韓国が外国人地方参政権を認めたといっても、100名に満たない数の外国人に認めたにすぎないとされ、日本で検討されている事案とは規模とその他の条件が全く異なると言わざるを得ないだろう。

4.日本の新生
 優れたリーダーを持つ国は発展し、そうでなければ衰退するという現実を改めて認識した数か月だった。北岡伸一先生は指導力の条件次のように指摘している。以下は田勢さんとの共著「指導力」(03年日経)からの抜粋要約である。
 「学問」があること。物知りというのではなく、根源的に考える能力があること。またはそうした人たちと深く親しい結びつきを持っていること。福沢諭吉は幅広い視野で日本を近代西洋諸国に伍していかにして発展させるかという問題に取り組んだ。後藤新平は台湾と満州を経営した植民地官僚で幅広い視野と大きなスケールを持っていた。学問の中では歴史と地理が重要だ。日本がどういう歴史段階にあるかを認識し、どの国とどのような関係を結べばよいのかを考えることが重要だ。開かれた国益をベースに国家目標を描き、リーダーがリーダーらしく振舞い、下からの意見がきちっと積み上げられることが重要だ。現実を冷静に評価してあるべき方向に大胆に取り組むという意味のリアリズムでは、明治にあっては大久保利通、大正時代では原敬が世界水準で通用するリーダーだと考えられる。ただ2人とも暗殺された。強力なリーダーは危機の所産であり、平時には出てこない。大臣になるために15年間ボスの言うことをずっと聞いていたら、リーダーシップの訓練にならない。
 どこかの党のように国会議員の給与をもらいながら、政策について議論をせず、研修受けて野次と選挙運動が仕事なんてとんでもない。変な言い方だが、日本は現在危機にあり、強力なリーダーを生み出す機会がある。ボロボロの民主党にも、ボロボロの自民党にも、素晴らしい人がいるのかもしれない。まだ日本には埋もれた人物がいるのかもしれない。そうした人が芽を出し、大きく伸びていく可能性を信じて2010年最初の政治ノートとしたい。