米中の狭間で  東シナ海と南シナ海(3)

1.普天間問題と東シナ海
 2010年の日米安全保障条約改定50周年に向けた「日米同盟の深化」についての協議延期が米側より通告されたと報じられた。普天間問題の混乱は、日米関係全体に深刻な悪影響を及ぼし始めた。コペンハーゲンでの日米首脳会談も断られたはずだ。首脳会談を決裂させ、両国関係が悪化しても、そのことを理由に鳩山さんが退陣しても、その後の両国関係に良い影響を与えないからだ。首相は大統領と会う前に主権者である日本国民の前で自分の決断と所信を述べるべきだ。なぜ政治家やマスコミがそう言わないのか不思議だ。一方で10日より、民主党の幹事長と国会議員140名を含む630人という大部隊が訪中する。草の根交流だそうだが胡錦濤主席とも面談するし、続いて幹事長自身は韓国大統領を訪問すると報じられている。

 05年の日米防衛協議では、沖縄の米軍基地は、朝鮮半島有事と台湾海峡有事に備えるためにも必要だ言われていた。現在の北朝鮮は「脅す力、ごねる力」はあっても戦争を起す経済力はなさそうなので、半島有事の可能性は限定的に見える。しかしここにきて台湾は、香港のように中国に組み入れられるのか、それとも一定の距離を保つことができるのか、微妙な段階にきているようだ。日本の台北事務所の大使が余計なことを言い更迭された。台湾の将来は台湾の人々が決めることだが、ここで米国が沖縄から引き揚げる印象を与えれば台湾の政治に決定的な引導を渡すことになりそうだ。次は尖閣諸島であり沖縄の問題となり、日本人の問題となるというのが私の見方だ。折から日中両政府が共同開発で合意したはずの東シナ海のガス田は、いつの間にか中国が天然ガスの掘削施設を完成させた。海上自衛隊の哨戒機が今月8日に確認した。中川昭一さんの見識を思い残念に感じた。

 民主党は、政権交代後も米軍基地の国外移転を検討したいと言っていたので、沖縄では既に「基地があった方が良い」と主張すると選挙に勝てない状況が作り出されているという。ここ数年の米軍再編の中では、第3海兵遠征軍は司令部がグアムに移り実働部隊は沖縄に残る計画になっていた。もし本当に海兵隊がグアムに移転したら、沖縄県民の期待はさらに高まり、嘉手納基地もグアムに移ってくれと言い出すだろう。沖縄には現在、中国、韓国の居住者が増加していると言われている。在日外国人に地方参政権を付与したいという民主党の政策がここでも影を落としている。普天間の問題は、ここにきて、どうやら東シナ海全体の問題となってしまったというのが現在の観察結果だ。

 米側に立って考えても、グアムに全面移転するのも良いと考える人はいるだろう。人工衛星による通信ネットワークが軍用・民間用ともに充実しているため、指揮や誘導のために前線や前線に近い場所に居る必要性が薄れてきた。思いやり予算のようなものが削減されれば一般的に海外基地を維持運用するのには巨額の費用が掛かる。無人兵器によって遠隔攻撃する戦闘形態は、死傷者も少なく軍隊と国民の支持が得やすい。冷戦終結後はイデオロギー面の後押しもないため、どの国でも駐留への抵抗が大きくなっている。テロ攻撃を防ぐためには、弾道ミサイルによる攻撃から距離をとりたいとも考えるだろう。
 しかしそれでも沖縄に基地を置いておくべきと考える人は、技術上の理由を超えて、やはり原油の輸送の海上輸送航路を守りにくくなること。受入国との関係において一度失った海外基地は容易には再取得できないこと。誘導兵器はどれだけ精密であっても人間の判断力や観察力には及ばないし、人工衛星による通信ネットワークという脆弱性があること。前方展開する基地が無くなれば正確な情報の入手に支障が出ること。更に今後しばらくの間は制空権確保のためには航空基地が必要なこと。友好国が侵略を受けた場合に必要な地上戦力を短時間で本国から輸送できるか疑問なこと。最低限、海外の港湾を使えるように海軍基地を残すべきこと。友好国に侵略しようとする国は、米軍基地の存在によって米国との開戦を覚悟する必要があり、それ自体が侵略を抑止するという理由で現状維持を主張するだろう。
 どちらの意見も米国や米軍内部にあると考えるが、同盟国の首相の敵味方識別装置が壊れているのでは、怖くて現状を変更できないと考える。

2.南シナ海の軍拡
 南シナ海は、北側を中国の海南島、香港、台湾、東側をフィリピン、南側をブルネイとマレーシアのサバ州を島の北辺とするボルネオ島、更にはインドネシアスマトラ島が後ろに持つ島々、西側は細長いマレー半島の先端にあるシンガポールからマレーシア、タイ、カンボジアと続いて、大きなS字状の海岸線をもつベトナムに囲まれた海域です。海南島は、九州、台湾より一回り小さい南シナ海の大きな島であり、ベトナム北部の海岸線の弧の中心に位置している。ハワイと同じ緯度にある亜熱帯の島なのでハワイ風のリゾートとして開発されてきた。

 南シナ海においては、中国とベトナムトンキン湾、マレーシアとベトナムはタイ湾、マレーシアとフィリピンは東ボルネオ沖を巡って排他的経済水域を主張している。南シナ海の中央にある西沙諸島パラセル諸島)については、中華人民共和国中華民国(台湾)、ベトナムの3ヵ国が領有権を主張している。スプラトリー諸島南沙諸島)については、中国は全体の領有を主張し、ベトナム、マレーシア、台湾、フィリピン、ブルネイの5カ国はその一部分の領有を主張してきた。

 現在、中国の海南島の南端の三亜には、中国海軍の大規模な拠点が建設されており、既に最新鋭の弾道ミサイルを積んだ原子力潜水艦が停泊している。スパイ衛星からの監視を避け潜水艦が地下から自由に南シナ海やインド洋に出航できる施設もあり、多数の原子力潜水艦駆逐艦、将来的には空母の停泊が可能なこと。2010年までに中国は核弾頭つき弾道ミサイルを搭載した潜水艦5隻を配備するようになると予測され、他国からの核攻撃を生き延びられるようになる。アジア諸国にとって生命線といえる海上交易ルートに戦力の投入も可能となる。三亜の基地は、ベトナムなど東南アジア諸国からわずか数百キロの距離しかないためかなりの警戒を呼び起こしている。南シナ海の領有権問題でも、中国はまもなく強制的に問題を解決収拾する軍事力をもち、同じく領有権を主張している国々を驚かすことになるだろう。そうした中で、中国が思いどおりに日本周辺に軍を展開させる能力と意欲を高め、日本近海への領海侵犯を続発させているのに、日本の首相が「友愛の海」と言うので驚かれている人が多いのではないか。東南アジア各国ではこれに刺激されて潜水艦の増強が始まったと報じられている。マレーシアは02年、フランスとスペインが開発したスコルペン級潜水艦2隻を900億円で購入を決めた。最新音響探査方式を採用した1隻目が本年サバ州に新設された潜水艦基地に配備され、もう1隻は2010年初めに配備される予定。シンガポールは05年、スウェーデン製2隻を新たに購入し計6隻保有となった。中古だが長時間潜行可能な機能を持つ東南アジア初の潜水艦。インドネシアは、24年までに現在の2隻保有する潜水艦を12隻に拡充する計画で、攻撃機や水陸両用戦車を含めてロシアや韓国などと交渉を進めている。ベトナムは、探知されにくいロシアの潜水艦6隻を購入したいとの計画が報じられている。少し離れたオーストラリアは今年の国防白書で、今後20年間に巡航ミサイルを搭載した潜水艦を12隻体制に倍増すると発表した。またインドも、インド洋を管理するインドへの挑戦だと感じていることが報じられている。マレー半島の西側のミャンマーにも中国海軍の基地が建設されている。

アメリカの安全保障の傘の下で、中国を含むアジア各国は経済発展に専念できた。しかし今、中国の急速な軍事力増強がお金のかかる軍拡競争を生み、アジアの成長を阻害する可能性が出てきた。歴代の米国政権は、希望的観測に基づく対中政策をとってきた。今後は中国の現実を直視し米国の軍事力をもっとアジアに振り向け、同盟国との防衛関係を強化することが、アジア地域に安定をもたらすことになるはずだと考える人がいる。南シナ海においても日本は間接的にその障害になりつつあるのではないか。自由と繁栄の弧は軍拡と緊張の弧となりつつあるのかもしれない。