フランス破れたり  今そこにある危機

 アンドレ・モロワの書いた「フランス破れたり」という本の翻訳が昭和15年11月に発売され、当時の日本で爆発的に売れたようだ。フランスが第二次大戦の緒戦でフランスが瞬時にドイツ軍に敗れ国家の崩壊した出来事を描き、その背景をフランス人の眼から考察した本だ。E・H・カーという英国の政治学者が書いた「危機の20年」と合わせて「なぜ平和は失われたか」をテーマにした本だ。2005年に中西輝政教授の解説でウェッジ社より復刊された。本棚にあったのだが、今回初めて通読した。特に中西さんのファンというわけではなかったが、本文以上に中西さんの解説・問題意識が数年前に今日の日本をとらえていることに驚かされた。

 第一次大戦後、多くの人命を失い、国力の疲弊したフランスでは国中に反戦平和思想が充満した。国際連盟を強化すれば戦争は起こりえないと多くの人が考えていた。ユダヤ人に対する迫害もデマではないかという議論が大勢を占め、対独宥和策策が生まれてくる。ドイツの経済が発展すれば独裁体制も落ち着き民主主義の国になるという希望的な観測にしがみついていた。何事につけ国家を否定し民意がすべてということになり世論に従っておけばよいという風潮が主流になっていた。1940年の悲劇を引き起こしたダラディエ首相は、平気で前言を翻すが性格的には温厚で人好きのする「ほっとする人間性が魅力」だったこと。

 そしてフランスはどうすべきであったか。第一は、強くなること。国民は祖国の自由のためにいつでも死ねるだけの心構えがなければその自由を失ってしまうこと。どんなに経済が低調であってもどんなに国防が不備であっても、それさえあれば民主主義はギリギリ守られること。第二は、敏捷に行動すること、政治がおかしくなり行き詰まると先送りにすることが増える。第三に、国の統一を保つこと。第四に、外国の政治の影響から世論を守ること。祖国の統一を攪乱しようとする思想から青年を守ること。そして指導者が高潔なる生活をすること。指導者には精神の強さと義務感の強さが必要であること。

 モロワは戦後、カナダのケベックにわたりフランス国旗が翻るのを見て深い感銘を受けたといわれている。国会議員でありながら、国旗に敬意をはらわない、国家意識のない政治家が増えた日本はどこへ行くのだろうか。政権交代以降、正確に言うと、本年8月に米国の雑誌が騒いで以降、今まで関心がなかった日本の政治について考えることが多くなった。もし、米国政府高官の発言とそれに対する鳩山首相の受け止め方や指示が報道通りなら、我々は悲劇に真っすぐに向かっている船に乗せられているのかもしれない。