小学生にエグゼクティブサマリーを読ませるな!

 子供が小学校4年生になった頃、小学校の教科書を見て驚いた。少し経って中学にまた入って驚いた。教科書がまるでエグゼクティブサマリーのような記述で、しかも薄いのだ。これを読むのは苦痛でしかないのではないだろうか。本当のサマリーならば後ろに本文があるので必要に応じてそれを読めば良いが、本文なしのサマリーは始末に悪い。興味が全くわかないようにしておいて、勉強しろとは無理な話だと思う。本屋に行くと同じ出版社から教科書ガイドと教科書準拠問題集が売られている。どうせなら最初から厚い1冊にして、先生が必要なところをピックアップして教えればよいのではないかと思う。予算が足りないなら、本自体は貸与とし、きれいに使えと言って3年に一度しか配布しないというのも一つの方法だろう。もしかしたら教科書無償化が、かえって法の下の平等を阻害しているのではないかと思えてきた。

 25日の日経新聞に米国で教える日本人経済学者の方が特集されていて、学力テストの結果を学校別に公開すべきと言っているなと朝読んだと思ったら、午後に共同通信社が、民主党政権になったら小学校3年と6年でやる学力テストをやめる方針を決めたと書いてある。どこかの町のように、うちは独自の調査テストをやっているので、そんなもの必要ないと言い切れるならば立派である。数年前に何かの会合の帰り、文部省の知人が「文部省の役人の子供で塾に行ってない子はいないよ」と言ったので、「田舎では先生の子供ほど塾に行っているよ」と教えたら苦笑していたのを思い出した。連日テレビでは注目選挙区の対立候補の主張というのを取り上げている。今日は大牟田を地盤とする古賀誠先生がつくった243億円の橋が想定通行量の1/4しか通っていないことを取り上げていた。ただ珍しく古賀さんの反論も取り上げていた。その橋が救急病院に行くための命の橋だというのだ。都会の人にはわからないかもしれないが、田舎に住むと命の値段が都会と違うと感じる瞬間がこの病院問題だ、心臓病や脳梗塞の発作が起きると手術のできる病院までクネクネした山道を1時間以上走らなければならない。実に切ない。そう考えると高速道路無償化にも何となく腹が立ってきた。この地域に住む30万の人々にとって、近くのインターまで少なくとも1時間半かかってしまうからだ。

 以前からWEBや動画共有の仕組みをもう少し別のことに使うないかと考えてきた。さすがに病院の代替は、この情報技術だけでは難しそうなので教育分野での構想を幾つか書き出してみよう。
 
  1)国語館の構想 世界各国の日本語学習者に対して日本語の遠隔育をWEBで行う仕組み。純粋に日本語教室の部分。日本の風物を紹介する投稿動画、ボランティアによる読み聞かせコンテンツで、童話や昔話などが豊富に収録されている。日本の古典や漢文の素読のコーナーもあり、日本人も老若男女が楽しめ、外国人は気軽に日本語を学べる仕組み。多読多聴ができる環境の提供。
  
  2)語学館の構想 日本人に対して、英語を始めとする諸語学の学習教材をふんだんにダウンロードできる仕組み。英語の童話や誰でも知っている本の読み聞かせコンテンツや海外の風物を記録した動画の共有など。多読多聴ができる環境の提供。

  4)国際館の構想 日本で働く外国人のための基本的には出身国の小・中・高課程の遠隔教育。在日外国人の子弟に国籍がないから義務教育する必要がないというのはおかしいし、悲しい。日本に住む子供は、日本人であれ、外国人であれ本人の意思と希望により、貧富の差や、地域に関係なく能力に応じた一定の教育を受けることができることが必要だと思う。

  5)あすなろう塾の構想 小中高の学習と職業教育の授業が動画で入っているサイト。トピックごとに編集され、いつでもどこでもやる気になれば勉強できるサイト。テキストはダウンロードできるか、配布される。

 要は家庭の事情、経済状態、出身地、年齢、国籍に関係なく、きちんとした勉強がいつでもどこでもできるような仕組みとサイトを作ることが必要だと思う。何らかの都合により勉強の復習が必要な人や、もっと先に進みたい人をともに満たすようなサイトを作りたい。そんなサイトがあればいいなあと考えている。無償ならばなお良いと思う。既存の塾や学校の先生から怒られる部分もあるかもしれないけれど、・・・。