尖閣、沖縄そして日本 (2) 

 1920年12月、柳田国男は、豊後の臼杵を出発し日向を抜けて佐多岬で年をこし、正月3日に沖縄に向かい、5日に那覇に着いた。そこで後に沖縄学の祖となる伊波普猷(いはふゆう)と会う。それから八重山まで足を伸ばし、1月21日に宮古島、25日に石垣島に着いた。3月沖縄から戻った翌日、折口信夫の自宅へ行き、沖縄の話をした。この生涯1度の沖縄への旅から柳田の沖縄研究が始まる。日本の民俗学は沖縄から多大の恩恵を受けているとされる。言語、習俗、民俗など、日本でははっきりしなかった問題が沖縄ではまだ生きていたからだ。柳田が晩年に書いた「海上の道」に宝貝の話がある。古代中国では、この宝貝が珍重され貨幣として用いられていた。宮古島の北方の海面下にある八重干瀬(やえびし)という珊瑚礁の群落に宝貝があるというので、多くの中国人がやってきた。風を利用して航海するので宮古島で年を越すために稲の種をもってきた。そして稲作が伝わったというのが、「海上の道」の一番大きなモチーフだという。
 現在でも、日本の海は思いのほか広い。領海と内水の合計が43万平方キロ、EEZが405万平方キロ、あわせて447万平方キロとなる。国土が37万8千平方キロなので、陸地の12倍の管轄水域を持つ。海岸線は8967キロ、これに北方領土の海岸線を加えればメキシコを抜いて世界第7位の海岸線をもつ。複雑な地形と島が多く海岸線が長い。この海を上手く守り、育てることが日本の可能性を広げる。普天間基地の移転は、日本側の問題のほかにも、グアムのインフラ整備とその費用負担の問題があって遅れそうだ。追加的交渉をするならば、グアムの米軍基地を自衛隊も使えるようにできればと考える。1987年に300億円かけて保全工事を行った沖ノ鳥島は沖縄とグアムの中間地点にあり、グアム基地をその西側にある日本のEEZシーレーンを監視する基地として利用できれば都合が良いはずだ。その活動は米国にも貢献し、より双務的な日米安保に向けてのステップとなると考える。
 本年決める新たな防衛大綱について尖閣諸島事件の後で考えると、決定的な意味を持つ。5年後に現在の日本の防衛費の5倍の財政規模をもつと予想される中国の巨大な軍事圧力と、どのように向き合うのかが、今、問われている。米国やアジアの国々、オーストラリアなどともっと連携しなければならない。その上で、個人的には、5年後の日本の防衛費の水準を現在の2-3倍にしなければならないのではないかと考える。GNP比率は2-3%となるが、それは世界的には普通の水準である。ざっくり言って、絶対額で中国の軍事支出の半分程度の支出をせざるを得ないと考えるからだ。本年に入って中国の軍事的な示威行動が頻繁に起きている。しかし、それでも現在、中国が簡単に自衛隊を負かすほどの戦力差はないといわれている。この差を空けられないように全力を尽くすしかない。日本が軍事バランスをとって初めて、日中間の問題は大人の話合いで解決される。大人と子供では、話し合いが始まらない。対米関係においても自立した大人でいることが重要だ。
 まだ民主党が代表選前でバタバタしていた本年8月末、防衛大綱のベースとなる政府懇談会の報告書が出された。簡単に言うと、「もっと能動的な平和創造国家たれ」という考え方だ。兵器の発達によって、危機の発生から有事にいたる期間が短かいため、従来のように装備や部隊の規模を準備しておくことが大事ではなく、それらを平素から常に警戒監視し部隊装備の適切な運用をするという「動的抑止」という考え方が主流になっている。今後直面する事態には、①弾道ミサイル巡航ミサイル攻撃、②特殊部隊・テロ・サイバー攻撃、③周辺海・空域および離島・島嶼の安全確保、④海外の邦人救出、⑤日本周辺の有事、⑥これらが複合的に起こる事態(複合事態)、⑦大規模災害・パンデミック等がある。このうち幾つかは、事の大小はあっても、この1年にニュースとして眼にし耳にしている事態である。
 国連憲章は全ての国に集団的自衛権を認めている。日米安保条約自体が集団的自衛権を前提としたものであることを考えれば、日本政府は今までの政府解釈を早急に是正すべきと思う。また武器輸出三原則を廃止し米国以外の国々とも装備の共同開発や生産などの防衛装備協力を進めることが必要だ。諸外国と共同研究をし、自国のモノづくりの生産基盤を維持することよって日本の安全保障は強化される。実際、最新鋭戦闘機のF35であってもタイフーンであっても新型戦闘機は、数カ国によって開発されている。増額された防衛費を何に使うべきなのか。まず張子の虎では意味がないのでまず所要の弾薬の備蓄、グローバルホークのような無人偵察機の導入、情報の収集分析機能の強化さらには情報庁の設置、秘密保護法の設定、新型戦闘機の導入、ディーゼル潜水艦隊の増強と原子力化、巡航ミサイルの導入、国連PKO部隊に参加するための長距離輸送能力の増強、サイバー戦部隊や宇宙軍の編成、NBC戦対応部隊装備の強化、各種技術開発への投資など様々ある。
 そうした議論は専門家に任せることとして、一般の国民に対して、現在何が起こっているか、平和を創造するために何をしなければいけないのかという情報、あるいは核兵器や戦争学の基本的な知識について、学校教育の中で普及させていくことが必要だと思えてならない。今回の尖閣諸島事件のビデオについて、政府は国民の過熱を恐れて、公開をはばかるムードがあると聞く。我々日本と中国社会との差は、情報が開示され、国民が自らの運命を決めていくところにある。主権者である国民は、日本の領土である尖閣諸島海上保安庁の巡視船がどう行動し、どの政治家、どの役人がどういう根拠で、どう判断し、どう行動したかを知る必要があると考える。