人材の育成と日本の将来

 外交に携わる人の資質やリーダーシップを育てるためには、人材発掘育成方法を変える必要があるのではないかという議論がある。日本全体が国際化しつつあるので、程度の差はあっても、一般企業にも通じる話だ。まず、小中学校段階から意識的にディベート能力を養う。そして、社会に出たら早くから若手をニューヨークやジュネーブの国連機関所在地に送りインドやパキスタン、エジプトなどの外交官の議論を聞かせることが必要だという。そこで駆使されるレトリック、ロジック、ディベート能力、相手に確実に届く英語の表現能力、そして外交家としての気概、気迫を実体験はすることから、自らに不足する力に気づき努力することが始まるという。これからは勉強だけなら、インターネットを通じて何処でも学べるようになる。そうなれば、なるほど、自ら気づき、こうありたいと思う直接経験が大事になる。そうした経験ができる学校が重要になると思う。またそれらの国々から人格識見に優れた先生や留学生を招くのも良いかもしれない。
 米国国務省国防省の採用試験でも、徹底的にディベートが重視されているという。10日間以上もディベートをやる。ただ歴史の試験で、良い成績を取れないものは採用されないという。またその試験を通じてコンピテンシーが重視されるという。コンピテンシーとは何か。米国国務省が、学歴や知能レベルが同等の外交官の業績格差が付くのはなぜかということを調査した結果、学歴や知能は業績の高さと業績とさほど関係がないという結果が出たという。むしろ良い業績を出したものには共通の行動特性があること判明した。
  (1)異文化に対する感受性が優れ、環境対応力が高い
  (2)どんな相手に対しても人間性を尊重する
  (3)自らの人脈作りが上手い
  (4)ものごとから逃げず、紛争解決能力を身に着けている
 そうした若者たちをきちっと教育する学校と環境をつくってほしい、というのが日本の教育に対する願いだ。加えて、現代史と軍事の知識が、平和を創造するために欠かせないと考える。中国、ロシアや韓国の現代史だけでなく、タイやベトナム、フィリピン、ミャンマーなどの現代史を学ぶことが日本の選択を考える上で重要になってきたからだ。米国ハドソン研究所の日高義樹さんが05年にだされた「日米は中国の覇権主義とどう戦うか」(徳間書店)という本を再読した。5年前は過激だと思っていたが、日高さんの先見性と見識に改めて脱帽せざるを得ない。賛否は別として大事な論点が網羅されているからである。
 北朝鮮がなくなれば、在韓米軍は撤退すること。常時駐留なき安保は米国自体が検討したことがある計画であること。中国は米国をだますのが上手く、在韓米軍と沖縄の海兵隊の撤退を仕掛けてくること。中国の生活水準が上がれば中国も自由と民主主義を受け入れるだろうという期待は裏切られ、中国はアジアでの覇権の確立を考えていること。そう民衆に主張することによって民衆の不平不満を抑えていること。中国は石油と資源が不足していること。ロシアからシベリアの資源を買収するとともに移住し、巨額の兵器購入を申し出ること。
 11月号の月刊Willの日下公人さんの「繁栄のヒント」はいつもながら、あっさり書かれているが強烈だった。円高を理由にして外国に貸しているお金が返済されないことになるのだろうか。海外からモノを買うと、公害と軍隊がついてきます、では話にならない。彼の発想する政策は、国際的にはもっともな政策なので、説得力がある。そうした政策だけが有効な時代となった。今回のような行動をとる限り、中国は一つの中心であるにしても、中国の覇権の確立は、アジアの人々を幸せにしない。アセアンはじっと見ている。インドがもう一つの中心になるのかもしれない。中東にも大きなグループができそうだ。
 これからは超大国が持つ権力ではなく、グローバル化した情報によって世界が結びつく時代だ。世界は、誰もが経験したことのない価値観が転換する30年間を迎えるとドラッカーは予測した。欧州の一部であると同時に米国の一部であるイギリスと、アジアにありながら西洋化に成功した日本が、多極化する中で米国と世界をつなぐ架け橋になる。そうした役割と責任を自覚した人をどれだけ育て、その識見をどれだけ活かすことができるかが日本の将来を決めるのかもしれない。