想定の内外 

    1.集団的自衛権の議論
    2.邦人人質事件の後で
    3.想定の内外
    4.想像の翼

1.集団的自衛権の議論
 集団的自衛権の議論はやはりおかしい。沖縄返還にあたって、日本は朝鮮半島有事でも米国に基地の使用を認める姿勢を示したときから、実質的に集団的自衛権の行使を容認してきたという考え方に、自分は賛成だ。日米安保条約は第6条で、日本だけでなく極東、つまり韓国と台湾やフィリピンの防衛にもコミットしている。1969年の佐藤栄作首相は、朝鮮半島有事の際、「日本は米軍の基地使用について前向きに、かつすみやかに態度を決定する」と米国のナショナル・プレスクラブで演説した。米国にとって日本の基地は極東防衛に決定的に重要で、日本がそれを認めなかったならば沖縄は返ってこなかっただろう。だから北朝鮮が韓国を攻撃すれば、日本は自分が攻撃されていなくても、韓国防衛に出動する米軍に基地提供という形で武器、弾薬、兵力の補給を支援することになる。それは本質的には日本の集団的自衛権の行使である。米軍と一体になって武力行使をするのと基地提供ではレベルの違いはあるが、北朝鮮からみれば、日本と米国は一体だろう。
2.邦人人質事件の後で
 シリアにおけるISILによる邦人人質事件では結局二人の邦人が殺されることとなった。ただ正直に言えば、2年前の2013年1月のアルジェリア人質事件で10人の邦人が犠牲となった時と比較して不思議と無力感がなかった。死者に鞭打つ気はないが、シリアでなくなった二人のうちの一人がシリアに行ったのは民間軍事会社設立を目的としたものだというし、今一人のフリーのジャーナリストにしても、どこのメディアと口約束し何を目的としてシリアに行ったのかがわからないからである。戦場の子供の悲惨さを報道するためと言われてもピンとは来なかった。漠然と彼らの無事を祈っていても、いかなる意味でも彼らを英雄視することはできなかった。メディアがどんなに奇異な安倍批判をしても、事件後の安倍内閣の支持率が大方のメディアの世論調査の支持率で5%上昇したことはそう考えている人が多かったことを物語っているのではないか。
 その後、野党の政権批判は下火となった。人質交換交渉の対象となったヨルダン空軍中尉の殺害方法には本当に腹が立った。多くの日本国民は、ヨルダンやトルコは今回の人質交換交渉で日本人のために多大な配慮をしてくれたと思われる。安倍首相が「日本はヨルダン国民とともにある」との言葉を述べたことが多くを物語っているのではないかと想像する。
 戦争難民に対しての2億ドルの人道支援援助がおかしいという日本の国会議員がいた。800万人と言われるシリアの戦争難民は寒さに震えひもじい思いをすべきだとでもいうのだろうか。拘束された2人の立場を考えていない安倍首相の発言が問題だと批判する野党の指導者が何人かいた。いい加減に八方美人は止めたらどうだろう。彼らの言うことが正しいとすれば、日本の政策を変更するには、日本人の人質をとって脅せば良いことになってしまう。自らの人気取りのために発言する人達を偉くしてはならない。
 ただ安倍政権に明らかにしてほしいことは、自らの意思に反して日本国内から誘拐され北朝鮮に拉致された人々をどう取り戻すかということである。国会では、相手国の同意を得たうえでの「自衛隊による在外邦人の救出」が一つのテーマになっているそうだが、北朝鮮による拉致被害者と拉致の可能性がある特定失踪者を合わせて数百名の人々の救出は、どう考えるべきなのだろうか。拉致問題は人道の問題とされているが、普通に考えれば、主権が侵害されている。自衛権が認められるならば、所在の確認の問題はあるものの、奪還することは自衛権の範疇にあるというのが私の理解である。「自衛隊による在外邦人の救出」は、既に喫緊の課題であることはハッキリしている。きちっと実のある議論をしてほしい。同時に、駐在武官派遣の増員や大使館内での序列の引上げ、更には日本独自の情報機関と国際的な情報発信機関の創設についても着実に進めてほしいと願っている。
3.想定の内外
 新たな制度や法律を作る際に、様々な事態を想定して頭をストレッチして検討することが必要になる。しかし安全保障の議論では、周辺国の動向や見通しについて、たとえ事実であったり、十分現実的な見方であっても、政治に関係する人間がその見通しや仮説を述べること自体が問題となる可能性がある。言わずもがなということである。そのことが温和なやり方を好む国民感情と相まって「大人の判断」を理由にした「事なかれ主義」と「場当たり主義」がはびこり事態を悪化させてきた。
 ごく最近の報道で、自民党の防衛専門家は、いわゆるグレーゾーン事態の際に米軍に加え防衛協力を進めている「オーストラリア軍など」も防護の対象にすべきという認識で一致したことを知った。公明党の了解を取るために苦労しているのだろう。切れ目のない安全保障法制をつくるためにはグレーゾーン事態とは、平時と有事の中間にある状態を言う。領海に侵入した外国の潜水艦が退去要請に応じず航行を続ける場合や、漁民を装った武装集団が離島へ上陸した場合などがこれにあたると解説されている。そうした事態を、自衛隊の安全保障の教科書では準戦時と定義し、戦闘こそ起きていないものの、防衛(交戦)海域などが設定され、海上封鎖などによる経済的圧迫が行われ、船舶などの臨検・抑留・拿捕が行われ、重要な地域(水域)陸海空路の封鎖、対象国周辺への軍事力の集中・展開がなされている事態と定義している。この場合のオーストラリア「など」は何を意味するのだろうか。オーストラリアは世界有数の資源国であることから考えて、中東などからのエネルギー資源を運んでくるシーレーンや、南シナ海東シナ海が封鎖や軍事的な圧迫、尖閣諸島周辺での漁業への圧力、更には小笠原諸島周辺にサンゴ密漁船を装って海洋調査船が派遣されること自体も、既に平時ではないと考えるべきだろう。オーストラリア軍だけでなく、南太平洋のフランス軍、インド洋でのインド軍とも協力することを表現しているのだろう。協力できる国とは協力して「法による支配と航行の自由」を守らなければならない。
 しかし何らかのストーリーに基づいて安全保障法制を整備した場合、相手側はこちらの法制を研究し、国際条約や法律が想定しない方法で仕掛けてくるため、結果的に切れ目のない法制であることは難しい。その度に法律を制定して対応していては間に合わない。また国家間の条約だけでは、相手を縛れない。実行計画としてのストーリーは幾つも用意しておくべきだが、それを公表することも出来ない。だから安全保障法制はネガティブリスト方式をとらざるを得ない。ネガティブリストになった場合、禁止されていないことはなんでもやって良いことになる。非常事態に際して、警察や地方自治体と打ち合わせをしたり、個別の許可を求めていたのでは間に合わないこともあるからだ。
 しかし自衛隊を出動させた場合に一定期間内に国会に対して承認を求めることとなっていれば、事後的ではあっても国会承認という検証が安全弁として機能する。年度毎の予算によって行動が制約されているため、結果的に国民を無視した行動をとることはできない。日本以外の国は全部ネガティブリスト方式でやっているのに、日本の自衛隊がそれで問題を起こすことは考えにくい。検討の根本はネガティブリスト方式に置くべきだろう。
4.想像の翼
 メディアの評論家の中には、拙速過ぎると批判する人々もいるが、様々な安全保障シミュレーションで、中国が暴走し日本が戦争に巻き込まれるストーリーがごく普通に想定されているほど、国際情勢が急速に悪化している。今後の世界の可能性について幾つかの現実から、想像の翼を少し広げてみよう。
 1989年6月の天安門事件以降、中国共産党政権は反日を自らの正当性の根拠として延命してきた。何年か前にジニ係数0.62という貧富の格差の広がり計測されたが、それから経済社会は悪くなる一方である。公害による国土の汚染、暴力による異民族弾圧と統治、共産党幹部の国外逃亡と財産持ち出しなど、もはや何があってもおかしくはない状況にある。既に中国の国内産業をけん引してきた不動産のバブルははじけ、石炭産業での大型解雇が始まった。労働単価の上昇と共に組立生産基地としての魅力はなくなった。経済成長率が7.4%とか7.5%だと主張されているが、全くあてにならない。既にゼロ成長またはマイナス成長に陥っていたとしても驚かない。
 今、日本では春節による中国人観光客の「爆買い」の恩恵を受けている。それと経済の崩壊とがなかなか結びつかない。米国債を買い入れるという米国との金融面での連携が「元」を事実上の米国ドルとリンクさせ、米ドルのように貨幣発行メリットを享受しているのだろう。そのカラクリが露見する前に「元」の影響力を拡大しようと国際金融機関を設立を急いでいる。変動制がきちんと運用されれば、元の相場は下落するだろう。年間7000億円とも1兆円とも言われる反日活動費を米国で散財していることを考えれば、どんなに用心しても用心しすぎることはない。
 習近平政権の汚職の摘発で、2014年12月、前政権で党内序列9位だった周永康氏の党籍が剥奪された。加えて胡錦濤側近の令計画・人民政治協商会議副主席に対する調査が開始されたようだ。共産主義青年団派の中心人物である。江沢民派との勝負がつけば、次はだれが考えても団派との権力闘争となる。次の常務委員候補は団派で固められている。習近平氏は政治・軍事・外交の全般を仕切るだけでなく、2014年6月に自ら中央財経領導小組の組長となって経済政策の最終決定権を総理の李克強氏から取り上げた。この2人の敵対と暗闘が一層の経済状況の悪化を招いているのではないか。既に、実態は内戦一歩手前なのではないだろうか。江沢民派と団派が連携したとの観方もある。加えて、多業界にわたる夜逃げラッシュが各地で広がり、民間金融の破綻を誘発する悪循環が始まっているようだ。
 今後の中国は7大軍区毎にその動きを見ていく必要があるかも知れない。分裂するとすれば軍区毎に分かれていくからである。そして分裂するにせよしないにせよ、その危険性を外に転嫁しようとする圧力の中で、日中の衝突が生じかねない。その衝突は日本の意思に関らず、中国の都合で起きるので、日本としては軍備を強化し抑止力を強めるしかないのである。その際、米国なしに戦うストーリーも用意せざるを得ないだろう。金融面での協調していることに加え、ウクライナや中東で手を抜けない局面で事件が起きているかもしれないからである。中国が核兵器で脅してきた時にどう対抗するのだろうか。
 朝鮮は南北とも危機を迎えつつある。為替レートが適正化するに従って、韓国の輸出競争力が落ちている。加えて輸出先の経済状況が急速に悪化している。頼みの中国経済はこれから調整過程に入るだろうし、中国系企業との摩擦に悩まされるだろう。市場としての欧州経済も軟化している。総じてみれば韓国経済は既に中国の影響下にあり、中国の大変動をそのまま受けるしかないのではないか。大統領の任期は1期5年だが、朴槿恵政権の任期はこれから3年あるにもかかわらず、既に支持率は3割を割り、レイムダック化しつつある。朴槿恵政権は、米中のはざまで、日本の悪口を言いながら上手くやろうとしていたが、その目論見はもはや成立しない。日韓関係は、ここ数年日本がこれといった悪意ある行動をとったわけでもないのに、悪化をし続けている。韓国はつまるところ、50年前と同じように謝罪と賠償を求めているのである。ところが日本国民は、嫌韓本や朝日新聞誤報訂正事件を通じて、歴史的真実を多くの日本人が学んでしまった。韓国人が「歴史を学べ」と叫べば叫ぶほど、多くの日本人は心の中で「知らないのはどっちだ」と思っているため、今後は適切な距離を置いて行くしかないのかもしれない。米国や多くの日本人が忘れていることがある。それは北朝鮮が倒れる前に韓国において従北政権が選挙によって誕生する可能性があることだ。従北政権の反日政策はもっと過激になるだろう。その前に軍部がクーデタを起こすかもしれない。朴槿恵政権は韓国保守派の最後の希望だったが、反日政策を取り入れることによって何とか選挙に勝つことができた政権だった。韓国が混乱すると、第二次大戦後のように多くの難民が海を渡ってくるかもしれない。その時日本は彼らを受け入れるのだろうか。
 北朝鮮北朝鮮でその自壊が間近に迫っていると言われている。金政権が崩壊すれば韓国に百万人単位の難民が流れ込むことになる。韓国内は想像を絶するほどの大混乱に陥るだろう。その際の邦人救出の計画を立てなければならない。北朝鮮の国民が地続きの韓国になだれ込めば至る所で殺人やテロが頻発するだろう。その被害は在韓米軍の兵士たちにも及ぶ。ただ李氏朝鮮でも500年続いたことにを考えれば北朝鮮のような国は存外しぶとい。北に拉致された数百名の日本人を奪還しなければならない。
 最終的に朝鮮半島がどうなるかについても考えておくことが必要だろう。仮に、反日感情によって統一された統一朝鮮が成立するとすれば、日本にとって厄介である。韓国は日韓基本条約において、朝鮮半島における唯一の合法政府を主張しておきながら、西ドイツのように自らの負担で統一を図る意識がない。これまた日本の援助頼みということらしい。かなりレベルの高い人たちでも本当に危なくなれば日本が助けてくれると思っているらしい。忍耐と寛容をもって接し、報酬と援助を与えれば敵意を溶解し敵対関係を好転しえると思ってはいけないとマキャベッリが説いていた。お金を出さされた上に核兵器で脅し続ける隣国の成立に何故、協力しなければならないのだろうか。日本は早晩、自らの新たな半島政策の立案が求められることになるだろう。
 日本でもウクライナ問題は時として、ロシアが全面的に悪いかのような報道がなされることがある。しかし1年前にクーデタに倒されたウクライナのヤヌコビッチ政権は選挙で選ばれた合法政権であり、現在ウクライナに出来ている内閣は閣僚に外国人が数人入った多国籍政権となっていることは興味深い事実である。イギリスの国防相は、ロシアがバルト三国に介入する可能性を本物かつ現実的な脅威だと表現し、NATOはロシアの侵攻に備える必要があると警鐘を鳴らしているという。本当だろうか。ロシアにとってのウクライナは、米国にとってのキューバのような存在のような国だった。今は東部2州だけが問題であるかのような報じられ方をしているが、もともとウクライナは西部と東南部で、宗教が違い、言語が異なり、片や農業国であり、片や工業が中心の国だった。同時に東南部には資源があった。欧米というより米国はロシアの思惑を読み誤りウクライナ危機を深刻化させてしまった。バルト3国が独立して、元々はそれらの国を支配していた残留ロシア人グループの処遇をロシアの人々は気にしているのである。
 オランダの日本研究者カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、「ウクライナ危機は、米国が中央ヨーロッパやアジア地域での支配強化を目論んでいるために起きている。米国の意図は、経済的な結びつきを強めるドイツを筆頭とする欧州とロシアの関係を分断することにある。ウクライナの親露的な政府を転覆させるため、米国は右翼勢力に資金援助を行なった。その結果、腐敗はしていたが民主的に選ばれた政権が、クーデターによって倒された。欧州各国は米国のやり口を好ましくないと思いつつも、米国に従ってロシア制裁の道を選択した」と指摘している。大多数の日本国民にはピンとこないかもしれないが、自分も同意見である。地政学を学ぶとこれはかなり常識的な観方だとわかる。
 中東においては、トルコ人、アラブ人、ペルシア人の勢力変動の中で、新たにクルドの人々がシリアとイラクの地で歴史上初めて国をつくりだそうとしているかのようだ。「アラブの春」は結果として混とんと敵意を生み出した。米国はドルが世界通貨であるために、多くの戦争を引き起こしてきた。その収束の方向はまだ見えていない。中東においても平和を取り戻し、人々に希望を与える仕組みをどのように作り出すかが問われている。
 総じて、今後の世界において、中国が勝つか、米国が勝つかはロシアがどちらにつくかによって決まる。米国には、中国人指導層の家族が移住し、持ち逃げした資産を持ち込んでいる。そのことを掴んでいる米国政府は現在の中国共産党政権を恐れてはいない。同時に、中国に弾圧されているチベット人やウィグル人の気持がわからないようだ。そしてロシア憎しのあまり、ユーラシアの人々がいかに中国を恐れているかに気が付いていないようだ。そうした指導層が米国の舵取りをすれば米国の衰退は早まる可能性がある。